魔法使いじゃないから!

すみ 小桜

『―少女がくれた杖―』

 ―1―


 僕は、降りしきる雨の中、全速力で走っていた。皆が傘を差す中――差してなんていられない!


 だって、後ろを振り向けば、化け物が追いかけて来ていた! ゲームの中で言えば、モンスターと言われるモノだ。それは、僕にはハッキリと見えるのに、不思議な事に物体をすり抜ける! つまりは、建物などをすり抜ける! そして、そのモンスターは、僕以外の人には見えないみたい!


 誰一人として、モンスターに振り返る者はいない……。

 なんでこうなった! 誰か助けて~!



 季節は暦上、春。四月の始め。大抵な所なら桜前線が通り過ぎていると思うが、ここは北国――北海道。まだ、日陰に雪が残っていたりする。


 今日は、入学式を終えて最初の日。高校一年生になった僕、あきら七生なおは、びしょ濡れだ! 今、降っているのは雨だが、後少し気温が下がれば、みぞれになるかもしれない。


 寒い。手がかじかむ。っていうか、全身が冷えきってるよ! 走っているのに全然体は温まらない! これ、モンスターに殺される前に凍死するんじゃない? 僕、まだ死にたくないよう~!


 息が上がってきた。ついでに言うと道も上がってきた――上り坂! もう、無理! そう思ったら足がもつれて、水たまりにダイビング! そりゃ、周りの人は振り向くさ! 恥ずかしいから逃げ出したい。いや、その前にあのモンスターから――でも、一度止まってしまうと、足が動かない!


 「これでもクラエ!」


 頭上から声が聞こえ、僕は上半身を起こし見上げた。


 うん? この子は!


 銀色に光る水色の髪に瞳。それと同じ、いや銀色は混ざっていない水色のブカブカのワンピースを着た女の子が、僕に迫っていたモンスターに上空から攻撃を仕掛けた! 勿論、彼女も僕にしか見えていない。


 助かったと安堵するも僕は彼女を睨み付けた! それは当たり前で、彼女が根源だから! このモンスターを出したのは彼女だった。僕は見たんだ! 彼女がモンスターを召喚する所を――






 ―2―



 それは、学校からの帰り道。予報を聞いて、折りたたみ傘を持って来ていた僕は、雨が降っていたので当然差して帰る。暫くは平穏だった。

 そこに、声が響いた。


 「――この世界とリンクする!」


 僕は、辺りを見渡す。雨の中、凛と響くその声の主を探す。僕以外、誰一人探していないその人物を!


 彼女は、まさかの空中に浮いていた! そして彼女の頭上には、光る円が見えた! ファンタジーの世界で言えば――魔法陣!

 それは、不思議と光を放って見えた。


 「お願い落ちて!」


 僕は、レーザー光線でこんな事できるの? 彼女はどうやって浮いているの? って一瞬関心していたら――モンスターが本当に落ちて来た!


 そう、まさに落ちただった! いち、にい、さん……十体も! 魔法陣からボトボトと! それは辺りを見渡し、少ししたら周りの人にかぶりついた! それなのに、かぶりつかれた人は、悲鳴すら上げない。少しフラフラする程度!


 僕は、後ずさりながら『わー!』と叫んで走り出した。その時はまだ、傘をギリギリ差し――持っていた。

 悲鳴を上げて走り出してせいか。そのモンスター達は、僕を追いかけ始めた!


 「私に力を! あの魔物を消滅せよ! えい! ……あれ?」


 頭上で、少女の声が聞こえた。しかも最後に『あれ?』って言っていた。それって何か失敗したって事? いや、そんな事に構っている暇などない! 逃げないと!


 「私に力を! あの魔物を消滅せよ! えい! えい! えいってば! なんでよ!」


 頭上の少女がなんかうるさい。っていうか、このモンスター何とかしてよ! キミの責任だよね? ――もう、追いつかれそう!


 結局僕は、走りづらいので傘を放り投げた。過ぎ行く人は、ジッと不思議そうに僕を見ていた。そりゃそうだ。土砂降りの冷たい雨の中、持っていた傘を放り投げ、全力疾走しているんだから!


 かぶりつかれても、死にはしないのかもしれない。さっきかぶりつかれていた人は、ちょっとよろめいただけだったから。でも、想像したらわかるでしょ! モンスターにかぶりつかれる恐怖!

 きっと僕は『ギャー』と叫び、のたうち回るに違いない! そして、救急車で病院へ。でも、何も問題なくて、これは頭が――違う意味で病院送りさ! ――でも、このままだと、それは現実になりそうだよ!


 そして、冒頭のダイビングに繋がる――これじゃ、睨まずにいれないのわかるよね!






 ―3―



 「間に合った~」


 なんて、呑気に雨の中、額の汗を拭くしぐさなんかしている。

 これ、間に合ったって言うの? 確かにモンスターを倒したけどさ!


 「って、それ出来るなら最初からやってよ! 死ぬかと思った! って、キミ誰? これ何?!」


 僕は指差した。横になって倒れ、動かなくなったモンスター三体を――って、その姿が今消滅した!?


 「……え?」


 指差した先を僕は、ボー然と見つめた。今更だけど、これ夢だよね? じゃないと突然現れて、突然消えるなんて事があるわけない……。

 いや、そもそも目の前の少女が、空中に浮かんでいる事自体があり得ない!


 「大丈夫だった? って、見える人がいるなんてビックリ!」


 彼女は、ビックリと言いながらその表情は全然そう見えない。きっと、僕の方がびっくりした顔をしているに違いない。


 「ちょっとお願いがあるんだけど。これであの魔物倒してみてくれない?」


 彼女は、放心している僕の目の前に『杖』を突きだした。それから、『あの魔物』の方に視線を移す。僕も移す――残っていたモンスターもこっちに向かってきていた!


 「わー。こっち来た! さっきので何とかしてよ!」

 「あれ、高いのよ! だからまず、これ試してってば!」


 と、何とわがままな事を! 値段の話じゃないだろう! 安全性だよここは!

 突き出された杖は、彼女が『あれ?』っと言っていた時に持っていたやつだ。つまりは、使えない代物!


 「それで、僕にどうすれって言うんだよ! 使えない杖じゃん!」


 それにうんって彼女は頷いた。頷かれた僕は、どうすればいいの?


 「だから私には使えなかったの! 予定外だよ! とにかくやってみて!」

 「いや、使い方知らないし……」


 そう言うと、仕方がないなっと偉そうに説明を始める。


 「杖を魔物に向けて、力を下さいとお願いして、あれを倒して!」


 いとも簡単に言った。自分が出来なかった事を!


 「いや、無理! 僕、魔法使いじゃないし!」

 「いいから早く! やってみてよ」


 もう目の前にモンスターが迫っていた! 仕方がない。出来ないと見せないと、あのアイテムを使ってくれそうもない。

 たしか、こんな感じな事を言っていたよな――


 「僕に力を! あのモンスターを倒せ!」


 僕は、軽く杖をモンスターに向けて振った。

 これで、あのアイテムを使って――もらえないかも! 目の前のモンスター一体は、倒れる事無く消滅した!

 僕は、杖とモンスターを見比べる様に見た。


 「な、なんで? 消えちゃったらアイテム使ってもらえないじゃん! うん? あれ? 消滅したからこれ使えばいいのか?」

 「やったー! ほら、次!」


 僕がパニックになってるのなんて、お構いなし! ――自分は出来なかったくせに!


 「僕に力を! モンスターを倒せ! 僕に力を! モンスターを倒せ! って、これめんどくさ!」


 やけになって杖を振ったけど、一回一回台詞を言わななくてはならなくて、面倒だ! もっと短くならないかな? ――例えば、二○ラムとか、叫んで消えないかな?


 もう僕は、ゲームの魔法使いのノリだった。いや、現実逃避してないとやってられないよ!

 だが、ある言葉で僕は、現実に引き戻される。


 「あの子大丈夫かしら?」


 ハッとして、周りを見ると、傘を差した人たちが僕を可哀想な目で僕を見ていた! 周りには、僕一人が杖を振って叫んで様にしか見えていない――そう気づいたらここには居られない!


 僕はとっさに彼女の手を掴み、雨の中、傘の代わりに杖を握りしめ走り去った!






 ―4―



 はぁはぁと息を切らし、二度目の全力疾走! もう一生分走った!

 周りを見渡すと、知らない場所だ。バスで通っている僕は、バス停を通り越し、兎に角走った。逃げる時に、ちょうどよくバスなんかこないし!

 もちろんタクシーも。来てもお金がないから乗らないけどね。


 とにかく知っている場所に出ないと――いや、その前に何が起こったか聞く方が先か。

 僕は、隣で息を切らしている少女を見た。よく考えたらこの国どころか、この世界の標準の見た目じゃない。


 「あのさ、キミ何者?」


 何を聞こうか迷った――正確には、何から聞いたらいいかわからないだけど、取りあえず聞いた。


 「私は、ミーラ。カイミノチニ界から来ました。あの魔物は……魔界の魔王の手下が、私の世界にばらまいたモノなの」


 このミーラさん、驚く事を言った! 魔物は自分の世界にばらまかれたモノって言った! なんて事をするんだ! ――他にも驚くところはあるけど!


 「ごめんね~。対処しきれないから、一旦この世界へ送ってから倒す事にしたんだけど、何故か杖が使えなくて。焦ったわ~」


 全く焦ったように聞こえないのは、僕だけだろうか?


 「あ、大丈夫! あの魔物は魔力を吸い取るだけだから。この世界の人は、元から魔力を使わないでしょう? だから魔力が少ないのは知っていたの。だから被害は最小限!」

 「最小限! って、そんな自分勝手な言い分……」


 何をどう言っていいのか、わからない。魔力? 僕達、少なからず持っているのか? ――いや、そんな事はどうでもいい!


 「酷くない? かまれた人いたよ! ふらついていた! 被害は出てる! それに僕だって、被害に遭った!」


 そう言って睨み付けたのに、ごめ~んっだって! 軽すぎる! ――全然誠意を感じない!

 とにかく、もうしないように言って、残りのモンスターを倒して、自分の世界に帰ってもらおう!


 「取りあえず、残りのモンスターを倒して、さっさと元の世界に帰ってよ! で、二度と今日みたいな事をしないで! そして、もう来ないで!」

 「え? 倒すのは、あなたがやってよ! その杖使えるんだから!」


 なんて、人任せな! なんで、僕が倒さなくちゃいけないんだ!


 「嫌だよ! なんで僕が! キミにだって倒せるじゃないか! 液体せいすいで倒せよ!」

 「え~。あれ高いって言ったじゃん! それあげるからさ。倒してよ!」


 可愛く言ったって――いや、言ってなかった。腰に手を当てて偉そうに言っていた。基本この人、上から目線? 他力本願? ――つまり、わがまま!


 「いやぁ、助かった。さて、言われたように帰るかな。後で見に来るね! 本当はこんなに長居するつもりなかったし」


 いや、僕帰れって言ったけど、モンスターを倒してからって言ったよね? しかも、もう来るなって言ったよね? ――全然、話をきいてないよ、この人!

 って、手を振ってるし! ――待って! モンスターを置いて行かないで!


 シュッと姿が消える一瞬、僕の後ろを指差したように見えた。で、フッと後ろを振り返ったら残りのモンスターが! ――このやろう! 覚えていろよ!


 「僕に力を! モンスターを倒せ!」


 仕方がないというか、やるしかない! で、一体消滅! やったー! ――と喜んでもいられない。残りの三体がこっちに突進してきた!

 結局また走る羽目に! 走りながら台詞じゅもんを発する!


 「僕に力を! モンスターを倒せ! 僕に力を! モンスターを倒せ! 僕に力を! モンスターを倒せ!」


 僕は、杖をブンブン振りながら、全力疾走! 来世の分も走り切った! ――もう人目なんて気にしていられなかった。哀れな僕。

 目が覚めたら夢でありますように! と祈らずにいられなかった。






 ―エピローグ―



 頭が痛い! 体中が痛い! 寒気もする!


 僕は、布団の中でブルブル震えていた。

 何の事はない。寒い中、雨に打たれれば、普通の人間は風邪を引く! 僕は、熱を出したのだ。


 僕も例外じゃなかった! ――普通の人間だ~!

 そう思ったところで、この風邪が――杖が、昨日の事は現実だったと告げている。


 空に浮かぶ不思議な少女。

 僕にしか見えないモンスター。

 そして、そのモンスターを消滅させる杖。


 見えてしまった自分が恨めしい。知らなくていい事ってあるよね?


 貰った杖は、勉強机の上にポイッと置いてある。

 あれどうしよう。なんか嫌な予感がするし、捨てずにおこう。あの人また来るって言っていたし。その時に返そう!


 他人に言っても信じて貰えないだろうし、誰にも言わず黙っておくことにした。僕だって、杖が無ければ夢だと思う内容だ。

 けど僕は魔法使いじゃない! 普通の人間だ! 彼女の様に、空に浮かぶ事は出来ない。


 結局僕はその週、風邪で学校を休むはめになった。散々な高校生活スタートだ。次に来たらミーラさんを杖で攻撃してたたいてやる!

 だって、僕は魔法使いじゃないから!


 大切だからもう一回! 魔法使いじゃないから!

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