第4話 異世界側にも事情がある?


「カネル。また撤収させたのか?」


 旧釧路地区の東側にそびえたつ、高さ1000メートルの断崖絶壁。

 崖の途中にある洞窟の出口に、いま2人の男が立っている。


 異世界人……。

 虎人こじんの守備司令官に声をかけたのは、騎士のいでたちをした鬼人きじんだ。


 崖の下には鬱蒼としげる常緑樹の森があり、その先には戦場となった人間族の領土――荒れ地が見えている。


 荒れ地まで軍を進めると、そこで人間族の反撃にあって押しもどされる。

 なにか理由でもあるのか、敵は荒れ地を守るだけで森には侵攻してこない。


 いつも自軍が森まで撤退すると、敵もまた自分たちの陣地へもどっていく。これは兵法的に見て、あまりにも常識からはずれた行動だ。


 今回は規模の大きい部隊で侵攻したにもかかわらず、結果は同じだった。

 それに鬼人の騎士が不満を抱いている。


「今はまだ、辺境騎士団が出るような状況ではありません」


 精強な虎の風貌を持つ、オズレン・カネル守備隊長。


 魔人族のひとつ――獣人種には際立った特徴がある。

 普段は人型の体形と風貌だが、体内の魔導エネルギー《MP》を使えば【獣人化】できるのだ。


 亜人や高等な魔物の一部も、獣人種まがいの風貌をしている者がいる。

 だが、獣人化のような【強化変身】はできない。そこが大きく違う。


 カネルはいま、強化変身しているわけではない。だが虎の顔になっている。

 彼はあまりにも体内のMPが多いせいで、漏出する魔導エネルギーだけで、意図せず身体の一部が獣人化してしまうのだ。


 手や足が獣人化すると日常生活に支障をきたす。

 そこで意図的にMP漏洩を頭部に誘導し、頭部のみ虎の風貌に変えている。


 中年というより壮年に近い。人間でいえば50歳くらいか。

 これまでの人生のすべてを辺境防衛にささげてきた男である。


 その彼が、さらに大きいダグラ・レグラント騎士団長を見上げている。


 鬼人種の平均身長は2・2メートル。

 虎人種は1・8メートルだから、どうしても見上げる姿勢になる。


 レグラントは辺境公国の貴族で伯爵の位を持っている。

 純血の鬼人種で、頭部の左右に2本の湾曲した角をもつ逸材だ。赤みがかった皮膚の肉体は筋肉に満ちている。


「レニリアス公王からは、さっさと片付けて公都へもどるよう催促されている。なのに西部守備隊を預けた貴様は、いつまでも威力偵察を続けているだけだ。まったく俺の立場がないぞ」


 公国の辺境部を防衛する役目は、各方面ごとにある辺境守備隊本部が受け持っている。

 カネル守備隊長が担当しているエレンスム守備陣地も、西部方面守備隊本部に所属している砦のひとつにすぎない。


 西部方面守備隊本部は、西の要衝であるカムランの町にある。そこには辺境公国正規軍で構成されている西方軍の司令部も設置されている。


 、エレンスム守備陣地は、合計で26回の威力偵察と15回の牽制侵攻、3回の本格侵攻を実施した。


 今回は4回目の本格侵攻であり、以前の敗退を教訓とし万全の態勢で挑んだはずだった。


 だが、また押し返された。

 ただし作戦通りではある。


 今回の正面侵攻は、あくまで陽動作戦だ。

 本命の侵攻軍は、いま密林地帯にひそみ、じっと夜を待っている。


 夜になれば、侵攻軍1万5000が南西にある海岸を走りぬけ、その先にある敵の鋼鉄飛竜の出撃拠点――偵察に出した影ネズミの報告で《オビヒロ飛竜場》という名前が判明している場所を制圧することになっている。


 あの凶々しく尻から火を吹き、轟音とともに飛ぶ鋼鉄戦闘飛竜。

 敵の魔法戦部隊を空から降らせる、大型の鋼鉄輸送飛竜……。


 すべての鋼鉄飛竜が、南西部にある広大な飛竜場から飛びたっている。

 そこを潰せば敵は空からの攻撃ができなくなる。


 夜の闇にまぎれて攻撃する以上、素早い制圧が作戦成功の鍵となる。

 今回の夜襲には守備陣地の隊員だけでなく、守備本部と後方の西部軍本拠地から5万もの援軍を得ている。昼間の陽動戦ですら2万を投入した。


 本格的な大規模侵攻作戦だけに、今回ばかりは失敗できない。

 虎顔のカネルが真剣な顔になっている。


「いま対している敵は、我々の知る人間族とは違います。人間の姿をしていますが、まったく未知の存在です。やつらは5年前の大異変と共に現われ、魔法を使わぬ鋼鉄の兵器を駆使し、我々が得意とする魔獣突入戦法を撃退し続けています」


 表現は異なるものの、異世界側の現状認識は間違っていない。

 多数の翼竜を犠牲にして得た飛行偵察情報と、敵地深くに潜入させた影ネズミ――ネズミ系の小型魔獣による密偵情報あっての事である。


「最近では、魔法付与した鋼鉄兵器まで使っています。こちらが従来通りの戦法に終始しているというのに、敵は我々の戦いかたを学び、魔法に関しては真似すらする始末……」


「異世界の人間が、あれほどの魔法を駆使できるのは誤算だった」


 レグラントが憤懣を隠そうともしない。

 それだけ予想外だったのだろう。


「主力の隷属魔獣部隊も、高い防御能力をもつ大型獣や甲殻獣をのぞき、すべて敵の遠距離攻撃で粉砕されています。あれほど遠くを狙える魔法使いは、我が国でも数名といないでしょう。なのに敵は、最前線で日常的に出撃しているのです」


「あのは強い。しかもここぞという時をねらい、大型輸送飛竜に乗ってやってくる。絶大な能力を発揮する敵軍の決戦兵器だ。報告によれば5名を1組とし、最大で3組15名しか観測されていないようだが、それであの戦果は驚かされる」


「彼らは1人1人が、バウム魔帝国で最強クラスの魔人に匹敵するほどです。おそらく……帝都にいる皇帝陛下直轄の魔皇禁軍、その中でも禁軍八将に匹敵する力量ではないかと」


 レグラントは少し考えてから口を開いた。


「人間族の国にまれに出現する、だろうな。前例がないわけではない」


「相手が勇者や英雄であろうと、辺境公国に精鋭ありと言われる辺境騎士団が全力で戦えば、あるいは勝利を得られるかもしれません。しかしながら、いま我が国は大災厄後の復興期ですので、これ以上の国費を戦争につぎ込むと、レーニア辺境公国の命取りになりかねません」


「………」


「ですから私は……可能なかぎりの損耗防止を主眼に、今回の作戦を組みました。願わくば敵の飛竜場を制圧した後は、これ以上の侵攻を行なわず、現状維持とするよう願っております」


 これ以上言うと辺境公国、さらには帝国に対する批判となる。

 表立っての帝国批判は国家反逆罪だ。問答無用の死罪である。

 だからカネルは、虎顔の鼻筋に皺を寄せただけで言葉を濁したのだ。


「言いたいことはわかる。だがレニリアス辺境公王は、その名が示すように、帝国から辺境防衛を命じられた皇帝陛下の尖兵なのだ。辺境騎士団もまた、公王の槍を自称しておる」


「それは……承知しております」


「その騎士団の中核部隊が黒甲騎兵隊だ。いま黒甲騎兵隊は、どこにいる? そう、ここだ。騎士団長の私もここにいる。その意味がわからぬ貴様ではなかろう?」


「………」


 言いこめられたカネルは、黙るしかなかった。


 5年前。

 この世界は大災厄に見舞われた。


 それまでの1600年間、バウム魔帝国は、ルーデシア大陸に敵なしと言われる権勢を誇っていた。


 エルム・ラキュリム・アルマート皇帝の治世となってからも、5年前までは、帝国は最盛期を維持していたのだ。


 帝国の支配下にある4大公国と2大辺境公国、そして18ある諸侯領は、すべて帝都に座するアルマート皇帝の意のままに動く手駒だった。


 ところが【大異変】により、すべてが一変した。


 ルーデシア大陸の半分が完全消滅……。

 大陸中心にちかい4大公国も一部の領地を失い、統治するだけで精一杯の状況となっている。


 ルーデシア大陸の外にある2大辺境公国は、どちらも国土の半分を失い、壊滅的な大打撃をうけた。18あった諸侯領は、なんと7にまで激減している。


 ルーデシア大陸の西にあるソルリア辺境大陸。

 その北部にあるレーニア辺境公国も、西端にあった港町エレンスム一帯が消失し、かわわりに見知らぬ土地が出現した。


 それが、新たにエレンスム断崖と呼ばれるようになった、ここだ。


 辺境公国の東側半分はすべて海と化した。

 以前は辺境公国のほぼ中央に位置していた公都マーレンも、いまでは東海岸に隣接している始末だ。


 辺境公国の南側にある【人外境】――アルカンディア山塊をへだてて存在する【南部大森林地帯】は健在のようだ。しかし国内が混乱しているせいで情報が錯綜し、正確なところはわからない。


 ましてやルーデシア大陸の反対側、帝国本土の北東にある、アムル小大陸のバトラム辺境公国にいたっては、帝国からの飛竜連絡士が伝えた【国土の半分が消失】以外、なにも判っていない。


 考えれば考えるほど、たしかに戦争などしている場合ではない。

 だが皇帝陛下の命令は絶対だ。

 勅命不服従は死罪になるだけでなく、一族郎党すべてが根絶される大罪である。


「敵の飛竜場を奪取したのちも侵攻を続けるのであれば、援軍が不可欠です。とくに敵の魔導兵器や魔法戦士に対抗できる強力な攻撃魔導師部隊と、霍乱魔法が得意な妖人種部隊が必要です」


「ううむ……そう言われてもな」


「この際、言わせてもらいます。騎士団長が最高指揮官として全責任をかぶるというのも、かなり問題があります。帝国の至上命令なのですから、、帝国正規軍から最高指揮官と直轄部隊を出して頂きたいところです!」


「うむ、道理だな。では公王様に連絡をとり、帝国軍の支援が絶対に必要な状況だと説得しよう。うまく行けば皇帝陛下へ嘆願しもらえるかもしれない。もし帝国が動き、正式の【帝国戦争認定】が出れば、かならず援軍と最高指揮官が派遣されてくる」


「そうなれば有り難いです」


 帝国が正式の戦争と認定する。

 そうなれば、この戦いは辺境公国の西端で発生したではなくなる。


 だが帝国は帝国で問題が山積みだ。

 果たして嘆願が受け入れられるか微妙なところだろう。


 結果的に認定されなければ、それはそれでいい。

 この地の戦いは辺境公国の内政となる。


 すなわち【辺境蛮族との小競合い】として処理されるから、辺境公国の自由裁量となる。となれば、いかに帝国であっても直接的な口出しはできなくなる。


 騎士団の団長ともなれば、ある程度の政治的な才能も必要だ。

 それがレグラントにはあるからこそ、いま騎士団を任されているのである。


「ではさっそく、陣地にもどって連絡の手筈と整える。貴様はここで、引き続き指揮をとれ。もし敵が進軍してくる気配を見せたら、ただちに念話士を使って陣地に知らせろ」


 レグラントは、すでに行動予定を立てている。


 敵が攻めてくれば、追いかえすのに公王の許可はいらない。

 だから、ただちに騎士団を出せる。

 敵が攻めてこぬまま夜を迎えたら、敵の飛竜場に対する制圧作戦が実施される。

 これらを踏まえた上での命令である。


「夜には騎士団をここへ移動させる。もし飛竜場方面への支援が必要になれば、すぐに出せるようにな。これで良いだろう」


 そう告げるとレグラントは、洞窟の奥へと去っていく。


 東側にある洞窟入口のすぐそばに要塞化した守備軍陣地がある。

 そこに騎士団の派遣隊もいるため、レグラントはとりあえず戻ったのだ。


「いかに正規軍が強くても、敵を甘くみてはならない。おのが身で戦った者だけが、敵の強さを知っている。自分は見た。悟った。そして知ったのだ」


 虎人特有の無機質なトパーズ色の目が、心なしか揺れている。


 そう……

 百戦錬磨のカネル守備隊長は、いま心の底から自衛隊を恐れていたのだ。

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