第2話 一般自衛隊も頑張っている


 北海道東部。

 帯広から道東自動車道を東へむかうと、かつて庶路川とよばれた湿地帯がある。


 いまは川が途とぎれ一面の湿地帯。

 その先は5キロほど丘陵がつづき、釧路市につながる平野へたどりつくはず……。


 なにもない。自動車道も庶路川も、途絶地点でたち切れている。

 ひたすら広がる、むきだしの地面。焼けこげた【なにか】が散らばる荒野。


 南東方向、とおくに森が見える。

 森の20キロくらい先には、垂直にそそりたつ高さ1000メートルの断崖。


 位置的にみれば、ちょうどあたりだ。

 だがそこに、かつての町並みはない。

 釧路市は地球上から消滅してしまった。


「井上小隊長、偵察ヘリから報告です。敵軍の先陣が第1防衛線を突破しました!」


 無線担当の1等陸士が報告する。

 広帯域多目的無線機トランシーバーをつかって、上空にいるOH-1偵察ヘリと連絡をとりあっている部下だ。


 ここは第2防衛線として構築された庶路川塹壕陣地。

 あくまで足どめ用の仮陣地だから、敵がせまれば総員撤収するよう命令されている。


「重迫の連中は?」


 重迫とは120ミリ重迫撃砲のことだ。

 現在は魔法付与処理されていて、従来の10倍以上の威力を発揮する。


「敵の侵攻速度にあわせて即応連射するとのことですが、彼我の距離が5キロをきったら撤収するそうです」


 敵は異世界の魔人帝国に所属する【レーニア辺境公国】の軍だ。

 強力な魔法を駆使する魔人のほかに、巨大な魔獣や万単位の魔物、空をかける飛竜などがいる。


 ――バシュッ、バシュッ!


 後方の塹壕内から、たてつづけに圧搾音が聞こえはじめる。

 数十発もの重迫撃砲が連射される音。

 最大射程はRAP弾で13キロ。敵軍はそこまで来ている。


 作戦では、遠距離からの砲撃やミサイル攻撃で侵攻をくいとめる予定だった。

 しかし第1阻止線は簡単に突破された。


 多連装ロケットMLRSとクラスター弾まで使ったのに……。


 ヘリの観測では、敵集団の先頭には1000匹ほどの魔犬が疾走していた。

 そいつらは、すべてふっ飛ばした。

 初動の遠距離攻撃は、たしかに効果があったのだ。


 いつもなら、これで終る。

 大被害を受けた敵は、この時点でひき返していた。


 定期の小規模侵攻なら、こちらの様子をさぐるための偵察行動のはず。

 軍事用語でいえば強行偵察にあたる。


 徹底的な反撃をくらえば、そこで偵察も終了になる。

 だが今日はちがった。


 魔犬の後方には、突撃騎兵集団にあたる魔物の群れがいる。

 爬虫類型の騎竜にのったリザードマンが500騎あまりがそれだ。

 先陣の魔犬集団が自衛隊の防衛網を突破したら、すかさず突入する部隊である。


 騎竜は速い。

 時速80キロ以上……。


 ちいさな恐竜ほどもある騎竜は、それだけで500キロくらいの体重がある。


 それが時速80キロで突進してくるのだ。

 馬鹿げた速さで、瓦礫と穴ぼこ、こげた潅木だらけの荒野をつっ走ってくる。

 生身の人間なら1撃ではね飛ばされて絶命する。


 ふたたび通信担当が声をあげた。


「北部方面隊司令部から命令がくだりました」


「札幌の方面隊がなんで?」


 道東方面は、帯広の陸自第5旅団を中心に活動している。

 帯広駐屯地に地域防衛司令部を設置し、海空との連携を大前提に防備をかためているのだ。当然、この地の指揮権は帯広にある。


「それが……例の防衛省直轄の」


広域特殊戦闘団ESCが出撃したのか!?」


 これは朗報だ。

 おもわず声が高くなる。


「はい。帯広飛行場から第1強襲魔導小隊AMPが出動しました。そのせいで、ここらへん一帯が強襲降下エリアに指定されました!」


使……助かった!」


 第1強襲魔導小隊は、【天駆ける天使たち】とよばれている。

 ウイングをつけた強化外装ユニットで降下する姿が天使にみえる。

 それが名前の由来だ。


「一般陸自全部隊は、20分以内に第3防衛線までさがれとの命令です」


「時間がない。だれか! 伝令をだせ!!」


 井上は人間による命令伝達を選択した。


 さっさと逃げないと巻きぞえをくららう。

 だが、通じにくい無線では伝達ミスがおこる。

 ならば確実な伝令をつかう。正しい判断だ。


 本来の作戦予定では、別動部隊が自分たちの撤収と入れかわることになっていた。

 第73戦車連隊を主力とする機甲科部隊が、空自戦闘機と戦闘ヘリ部隊の支援をうけて、全力で反撃する……これが本来の予定のはず。


 そこに強襲魔導小隊が割って入ったのだ。


 今回の敵侵攻は、いつもの強行偵察レベルではない。

 どちらかといえば昨年8月の第3次大規模侵攻に匹敵する。


 しかも今回は、敵集団の中に大型甲殻魔獣が多数発見されている。

 一般の自衛隊部隊だけでは対処がむずかしい。


 そう判断したのだろう。

 だから防衛省は切り札を出撃させたのだ。


「去年の悪夢の再来だ。もう彼らしか対処できない……」


 命令をつたえた井上小隊長は、あきらめたようにつぶやいた。


 去年の悪夢――第3次大規模侵攻の時、陸自は1000名以上の戦死者をだした。

 負傷者をあわせると3000名以上。1個旅団相当が壊滅したことになる。


 すべての元凶は方面隊の上層部にあった。

 方面隊幹部が広域特殊戦闘団への支援要請をためらったのだ。


「重迫中隊、撤収作業を終了。我々も急がないと巻きこまれます!」


 通信担当があせって進言する。

 井上が、いつまでも撤収命令をくださないせいだ。


 敵は異世界にすむ常識はずれのモンスター軍団。

 魔人族とよばれる高い知能をもつ者により指揮されている。


 強力な魔法攻撃と馬鹿げた威力の物理攻撃を駆使し、攻防ともに常識をこえた能力を発揮する異世界の軍団だ。


 むろん一般の陸海空自衛隊も、最新鋭装備をつかって防戦している。

 だが……勝つどころか守るだけで精一杯。

 既存の装備では、あまりにも効果がちいさすぎた。


 最近になって、ようやく改善が見られるようになった。

 新規装備の魔導化改装と、魔法付与による魔装備化がおこなわれつつある。

 

 とはいえ、まだ、まったく不十分な状況だ。

 だから対魔法戦の切り札として、広域特殊戦闘団が編成された。


 日本国の最終兵器は、【強襲魔導小隊】と呼ばれている。

 現在の総戦力、3個小隊15名。


 たった15名のために、1万名を越える広域特殊戦闘団がサポートについている。

 さらには陸海空の一般自衛隊45万名が、側方・後方支援のため動いている。


 なのに自衛隊の方面隊幹部は、いまだに強襲魔導小隊を軽視する傾向が強い。

 まことに由々しき問題である。


「わかった。小隊全員、ただちに高機動車HMVに乗車。撤収する!」


 命令がくだった。

 指揮下にある全員が塹壕の中を走りはじめる。


「くやしいが……ここは彼らにまかせるしかない」


 愚痴しかでない。

 だが、しかたがない。


 これまで3度あった大規模侵攻。

 最初の1度め……【第1次帯広侵攻】の時をのぞき、すべて魔導小隊が撃退しているのだ。


 第1次帯広侵攻がおこったのは、【時空重合】の2ヵ月後だった。

 自衛隊は混乱状態で、ほとんど準備ができていなかった。


 魔導小隊もまだ存在していない。

 いやでも既存の部隊だけで防衛しなければならなかった。


 結果……。

 帯広市の東部3分の1まで攻め入られた。

 一般人をふくめて3万人以上もの死者がでた……。


 自衛隊は、ありったけの装備をつかって戦った。

 そして想定外の大被害をうけたものの、なんとか敵軍の侵攻をはねのけた。


 脆弱な既存装備だけでおこなった反撃が成功したのは、敵軍がまだ現代戦について無知だったからだ。


 異世界の軍は、まったく機械化されていない。

 初歩的な火器ももっていない。おそらく火薬の概念もない。


 ただし遠距離攻撃能力がないわけではない。

 魔法をもちいた砲のようなものが確認されているし、巨大な弩、投擲装置もある。


 とはいえ現代装備とくらべると無視していいほどの代物だ。

 大部分は日本の戦国時代初期か、ヨーロッパの中世なみの装備と戦法で攻めてくる。


 だが……。

 敵軍は途方もないを持っている。


 魔獣の物理的なパワーは、ゆうに戦車をしのぐ。

 巨大なトロルやオーガ、サイクロプスなどは、まさにファンタジー映画にでてくる巨人が暴れまくる姿そのものだ。


 異世界軍は、地球人ではない種族で構成されている。

 2足歩行する者はたくさんいるが、どれもが異形の者たちだ。


 不思議なことに、地球の伝説や昔話などで語られるモンスターが多くいる。

 この謎については、ある程度のことがわかってきた。


 5年前に地球を襲った空前絶後の大異変――【時空重合】に原因があったのだ。


 5年前におこったのは【完全重合】だった。

 これは46億年におよぶ地球の歴史において初めての出来事である。


 だが……より小規模な【部分重合】は、過去の地球で幾度もおこっていた。


 部分重合のたびに、局所的な異世界の生命体による地球侵攻が発生した。

 反対に地球人も村単位で異世界へ移動した。


 何度もそのような事がおこった結果……。

 地球と異世界には、それぞれの生命体に関する伝説や伝承が残ったのである。


 ルーマニアのバンパイア伝説、ヨーロッパの狼男の伝承。

 全世界に共通する悪魔や鬼の昔話、中世の魔女狩り、幾多の神話。

 現在も散見される未確認生物、人類の歴史に合致しない数々のオーパーツ……などなど。


 異世界の生命体は、超絶的な肉体能力をもっている。

 地球でいえば恐竜時代に匹敵する。

 その上で、ほとんどが魔法やスキルをつかうのだからタチが悪い。


 敵主力部隊の護衛をしている小柄なゴブリンですら、走る速さは人間の大人なみだ。

 そのゴブリンが稚拙ながら防御魔法を行使する。


 すると陸自普通科隊員の主力武器――89式5・56ミリ自動小銃の銃弾すら、簡単にはね返してしまう。


 既存の自衛隊装備のおおくは、敵軍の物理防御魔法により阻止されたり威力を減弱される。それでも反撃が成功したのは、敵がこちらの武器の威力を知らなかったからだ。


 敵軍が使用する防御魔法は、長時間の維持ができない。

 使用者のMPと魔法防御力にもよるが、だいたいながくて数分、みじかければ数秒で消滅する。あくまで攻撃を予期し直前で使用するものなのだ。


 対する自衛隊装備は、なんの予兆もなく音速をこえて襲ってくる。

 これでは魔法で防御できない。


 さらに悪いことに、異世界の軍は相手が魔法を使用する大前提で戦っている。

 すなわち対魔法戦のために、つねに一定枠の魔法リソースを消費しているのだ。


 敵軍は自衛隊の攻撃がとは知らなかった。

 そのため魔法攻撃を大前提とした戦法でせめた結果、無視できないほど無駄のおおい戦いになってしまった。そこを自衛隊に突かれたのだ。


 敵は果敢にせめた。だが予想以上の被害をだし継戦能力をうしなった。

 戦いには勝ったが侵略は失敗したわけだ。

 敵にとっては予想外の出来事だっただろう。


 世界は、あの日――地球と異世界の【完全重合】を境に激変した。

 地球はもはや、かつての地球ではない。


 異世界と入り混じり、異世界の軍勢にせめたてられている。

 人類はもはや地球でゆいいつの支配者ではない……。

 いまここでおこなわれているのは、万物の霊長を賭けたなのである。


「頼んだぞ!」


 井上は走りながら、天から舞いおりてくる天使たちをまちわびるように、おおきく空を見あげた。


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