第2話 冷たい壁と悟りと潔白

 夢というものは見てからしばらくは覚えているけれど、この夢に関しては今日ですでに十回は見ているので母国語と同じレベルで頭に定着してしまったらしい。

 部屋着から学生服に着替えていると、傍らの机に置いていた卓上型のカレンダーが4月25日の7時24分を告げた。

 階下ではおばさんがまた朝食の準備をしているのだろう。暖かい食事の匂いが二回の自室にも微かに漏れる。僕は、もう慣れた光景であってほしいと、引き出しから数種類の錠剤をとりだして階段を下りていく。

 四角いテーブルに三人。おじさんとおばさん、そして杏奈が座っていた。ばれないように小さくため息をついて杏奈の隣にそっと座る。

 味噌汁に白米と焼き鮭。健康的で理想的な食事だということはわかっている。叔母さんが早起きして作ってくれたこともわかる。

 でも……。

 東家に引き取られてからというもの、僕は毎度のようにこの光景を目にして同じ行動に甘んじる。

 隣に座る杏奈には気持ち悪いと言われてしまっていて、通学用のシャツの胸ポケットから錠剤を取り出して飲み干そうとする僕を横目でちらりと見やり「……またかよ……」と小言を漏らされる。

 目の前に座る二人も、今日こそは僕が何かを口にするのではないかという期待からか、おじさんは読んでいた朝刊から顔を出して、おばさんは朝の報道番組から視線を僕に移した。

 そして同時に元居た場所に視線を戻す。

 最初は赤子の面倒でも見るかのように、世話を焼いてくれた二人だけれど慣れてくれば野良犬でも見るかのような扱いになる。まぁ、僕がこの家に居つこうとしないのも原因なのかもしれないけれど。

「……無理しなくてもいいのよ」おばさんがぼんやりとした口調で言う。どういう意味だろう……。

「和食は嫌いか? 連君」

「いえ……」

「そうか……」

 毎朝のやり取りで一日の三分の一ほどの体力を使ってしまうんじゃないかって思う。平日ならまだしも、休日なんて想像したくもない。

 隣の席で杏奈が立ち上がる様相をさらした。

「もう行くのか?」

「うん、部活の朝練があるから」

「頑張ってくるのよ」

 よくできた家族だと思うよ。ほんと。上っ面だけの愛情を舐めあって、人間、本当の顔なんてわかりはしないのにって心の何かがほくそえんだ。ばれないようにうつむいた表情で数秒間息を止めてから、僕も席を立った。

「連君は部活はどうなの?」おばさんの質問におじさんも聞き耳を立てるのが目配せでわかった。

「……いえ、まだ検討中で」

「やりたいことがあれば遠慮しないで言ってちょうだいね。杏奈には内緒にしてたけど、本当は息子も欲しかったから」

「はい」精いっぱいの笑顔のつもりの表情を浮かべて、僕は家を出ることにした。

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