千の月夜を超えて 改

明日葉叶

第1話 二人の悩み

遠浅の海に満月が浮かんでいる。

 僕はどういうわけか素足のままそこに立っていて、どうしようもないくらいの消失感に目を赤くして泣いている。

 欲しいのに、手に入らなかった。

 どうしても僕の人生に必要だったなにかがこの海のどこかに消えてしまったみたいで、途方もなくたたずんでいた。


 遠浅の海を見ていた気がする。

 私を欲しがってくれた誰かが私がいなくなることで泣いていて、私を必要としてくれた存在が私を連れ去る。

 私を欲しいだなんて言ってくれた誰かは、お世辞にも上品とは言えないかもしれないけれど、誰よりも私を欲しがってくれていて……。

 私を必要としている存在は、私を抱えて軽く飛ぶと、ふわりと体が浮いてそのまま遠浅の海が小さくなっていく。

 まだ私を欲しがってくれていた誰かが泣いていて、私の視界にも流れるように私が流した涙が小さくなっていく海に向かって消えていく。


 --夢。

 いつの間にか眠ってしまったことにぞっとした私は、今朝の薬を忘れていたことに気が付く。急いで鞄から薬を取り出して飲むのを、車のルームミラー越しにいつものタクシーの運転手さんに見られてしまう。

 お願いだから父さんには内緒ね。の、笑みを見せると小さくため息をついてくれてひとまずの安堵を浮かべる。

 ルームミラー越しに私が泣いていた証拠が鮮明に映っていて、私は余計に気まずくなる。

 最近見るあの夢、とても昔の出来事のように感じるあの夢を見ると泣きながら目を覚ます。ここ頻繁に起きる出来事だ。


 誰かに涙を流すなんて人生で一度もないくせに、夢の中でそれを体感するなんて何かの欲求不満だとでもいうのか。

 鏡の向こうの僕に問いただしても、答えなんて帰ってくるわけもない。

 何かを欲しがるなんて、あり得ないのに。もう、泣かないと決めたのに。

 明日からの学校生活もあるのにこんな気持ちでは準備もできないと、僕は洗面台の蛇口をひねる。


 まだ4月だというのに、体に張り付くような日差しが久々につく私の家を包んでいた。


 明日持っていくものを、鞄に詰めて部屋の窓を開けると、見慣れない景色に少しだけ憂鬱になる。


 そして、いつも心のどこかに淡く残る夢の記憶を探るように顔も知らない誰かを探していた。



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