過去の過去

青斗 輝竜

第1話

「なあ、お前って過去に戻れる力ってもう使ったのか? 」


とある居酒屋で、俺と中学生時代から友達のこいつは、久しぶりに飲みに来ていた。

最初は仕事の話や休日の過ごし方なんかで盛り上がっていたがネタがなくなると、そいつは突然、人生で1回だけ使える過去に戻れる力の事を聞いてきた。


「そんな力、何年か前に使ったよ」


俺は箸で唐揚げを持ち上げながらそう言った。


「まじかよ!? もう使っちまったのかよ! 」


そいつは驚いた顔でテーブルの上に身を乗り出しながら叫んでいた。


だが、今の大きな声でいろんな方向から飛んでくる視線を感じて恥ずかしくなり小声で早く座れ、と言った。


そいつもやっと視線に気づいたらしく、周りに何回か頭を下げながらおとなしく座った。


「……それで? いつ、どんな時に使ったのか聞いてもいいか? 」


少し冷静になったのか、声のボリュームを下げて細かい事を聞いてきた。

中学からの仲で、信頼してるやつだから別に話しても問題ない。


俺はそう判断して……


「俺があの力を使ったのは高校1年生の時――」







――――――――――――――――――――





「お前……提出物くらいはしっかり出せよ」


昼休みの職員室。


夏休みが終わり新学期早々、俺は担任の先生に提出物の事で呼ばれていた。


「すいませんでした。明日、必ず持ってきます」


俺は申し訳なさそうな顔を作って、少し頭を下げる。


それから何分か話をさせられて、俺は職員室を後にした。


話しと言っても内心では早く終わってくれ、という気持ちで全く内容は聞いていなかったが……


それから、俺は廊下をゆっくり歩いて教室に向かった。


「今の話は過去に戻れる力を使って、返答を真面目にしていれば、何分か縮められたのかもしれない……。でも、もう終わった事だし。こんな力、別に使い道無いだろ」


10秒だけ過去に戻れる力。でも、その力は万能ではない。

自分が戻りたいと思った時に願うと、戻りたいと思った10秒前に戻れるだけ。

だから、10秒の間にどの選択肢があっているのか自分で判断しなければその力は役に立たない。


「こんな力、持っていても使い道ないよな」


一人で考え事をしながら呟いていると、目の前は自分の教室のドアだった。

俺が教室に入ると仲の良い男友達が寄ってきて先生に呼ばれた事についていじってくる。それを軽く受け流していると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り俺たちは急いで授業の準備をして、自分の席に着いた。


それから――5時間目、6時間目とあっという間に授業は終わっていき学活の時間になった。


けれど、先生の話に聞き耳を立てている人は少なく、ほとんどの人が真夏の太陽と湿度にやる気を吸い取られているかのように机に伏せていた。


そんなクラスの様子を見ているとこっちまで暑くなってきて、机の上に置いてあったプリントを入れるためのクリアファイルをうちわ代わりにして、自分の顔を仰ぐ。

俺が少しの間、クリアファイルという名のうちわで涼しんでいると先生の話はすぐに終わり、教室が騒がしくなり始めた。

俺は部活に入っていないため、鞄の準備を終えると一人で昇降口に向かってゆっくりと歩き始める。


教室から昇降口まではとても近くて、何も考えずに歩いて何回か角を曲がると、下駄箱が見えてきた。 俺は下駄箱まで来ると、ポケットの中にある鍵を取り出し、下駄箱に付けてある南京錠を開けて、靴を取った。

今まで履いていた上履きは下駄箱に仕舞って、外履きに履き替え今度は校門に向かって歩き出す。


俺は徒歩で通っているけれど、自転車で通ってる人が多く、何回か轢かれそうになって以来、校門に着くまではいつも道の端を通るようにしていた。


……こうして一人で歩いていると、やっと学校が終わったんだって実感できるくらいには俺も学校に慣れて、地面を見ながら歩いていても、自分がどこにいるのか分かるようになっていた。


「あ……」


……流石に自分が思ってるほど、道を覚えているはずもなく、下を向いて歩いていると、校門を通り過ぎていることに気づかなくて、掠れた声が漏れた。


特に誰かを待ってる訳でもないのに、なぜか歩道が気になった俺は校門で足を止め、左右の歩道を確認した。

この学校は校門を出ると正面に車通りの多い道路があるので、生徒が事故を起こさないように歩道の幅が広くされており、ガードレールも頑丈にされてある。

――だったらこの胸騒ぎはなんだろう。

とても嫌な予感がして、来た方を確認する。

だけど特に変な様子はなく、いつもと変わらない下校風景だった。

俺は安心して、止めていた足を2歩、3歩と進め始めて、右に曲がろうとした途端――


後ろの方から何かがぶつかり合い、ガラスが割れたような音がして、瞬時に振り返る。


「…………ッ! 」


さっきまではいつもと変わらない普通の光景が、一瞬で言葉も出ないくらい異常な光景に変わっていた。

トラックが、ガードレールに突っ込み、地面には自転車が倒れていて、そこからは……


「血……? 」


トラックでよく見えないが、血らしき液体が地面を赤く染めていく光景を見て、今すぐにでもこの場を立ち去りたいと思った。


でも思うように足は動かなくて、俺はパニックでどうすることも出来なかった。


周りからは叫び声だったり、驚きすぎて尻もちを着いてる人もいたが、その場にいる誰一人として、今の状況を冷静に判断し、変えようとする人はいなかった。

事故が起きてから約5秒ほどが経過しただろうか。俺の頭にあの力の事が脳裏を過ぎった。


その瞬間、俺はなんの躊躇いもなく両手を合わせて――


「どうか、過去に戻れる力を1度だけ使わせてください」


全身に力を込めて願うだけ。母に教えてもらった方法をそのまま行った。

どのように力が発動するのか分からないので、一瞬だけ俺は目を強く瞑った。


でも、特に変化は感じられずにそっと目を開ける。


「……ん? 」


目を開けた瞬間、俺の目に飛び込んできた光景は目を疑うものだった。


自分の立っている場所、そして――時間。


どちらも今までいた場所とは違い、学校の昇降口の前だった。


……つまり、俺が戻った時間は10秒なんかじゃない。60秒、いや、100秒ほど時間が巻き戻されている。

でも、そんな事は後で考えればいい。


今はこの世界で俺だけが、あの事故の事を知っている。

そうと分かれば、俺は校門目掛けて走っていき――


「……皆ッ! 校門から出ないでください! 」


自分が出せる最大限の声を出して叫ぶ。

俺が叫んだ瞬間、一気に注目を浴びることになったが誰も動きを止めることはなかった。


でも、そんなのはどうでもいい。


この校門から誰一人として、出さなければいい。


「お願いします! 1分……いや、2分ほどこの校門を通らないでください! 」


俺は両手を広げ、誰も通さないと言わんばかりに腕をブンブン振る。


それでも、通る人が多すぎて全員を止めることは出来ない。


そんな時……1人の女子が歩いてきて、俺の目の前で止まった。


「後、少しだけでいいですので学校で待ってて頂けないでしょうか? 」


俺が呼びかけてもその子は下を向いたまま黙っている。

訳が分からず、俺がその子にもう一度呼びかけようとした時――


「どうして……貴方が校門でこんなことをしてくれているんですか? 」


その子が顔をあげた瞬間、目から涙が零れ落ちた。


「どうしてって言われても……」


状況が全く分からず、俺が反応に困っているとその子は俺の両手を掴んでゆっくり下に降ろした。


「あなたは凄いですね。他人の命を救うために力を使うなんて……」


ここまで言われて気づかないはずもなく、俺はこの子があの事故に巻き込まれた人物だと分かった。


「そっか……無事だったのか。それならこの力を使ってよかったよ」


俺は安心すると、全身から一気に力が抜けて体勢を崩したが、女の子が支えてくれた途端、自分の目から涙が出るのが分かった。


人を助ける事が出来たと。

この力の使い道が分かったと。


俺が泣いていることに気づいたその子は俺に


「本当にありがとうございます。いつか空いている日にもう一度ちゃんとお礼をさせてください」


その子も泣きながら俺に何度もお礼を言った。


校門の前でこんなことをしている2人は更に目立っていたけど、周りの目線を気にする事はなかった。


だって――


人の命を救う事が出来たんだから。



――――――――――――――――――――




「へぇ〜。そんな事があったんだな」


俺の話が終わるとそいつは以外と真面目そうな顔をしていた。


「なんだよ……笑うなら笑えよ。俺の恥ずかしい話だったんだからな」


いつもならバカにしてきそうなのに今日は真面目に俺の話を聞いていて、なんだか昔と変わったなって、今更気づいた。


「笑わないよ。そんな凄い話。でも、一つだけ聞きたいことがある」


「何か気になる事があったのか? 」


そいつは頭を掻きながら、言うのを決心したように背筋を伸ばして姿勢を良くすると


「トラックの運転手は大丈夫だったのか? 」



俺はその言葉を聞いた瞬間、そいつから目を逸らし、相手の顔を見ないようにして……


「助からなかった。あの事故で亡くなったのは2人だったんだ……でも、俺は一人しか救えなかった」


「そっか……」


俺が返答すると居酒屋なのに、こんなテンションになってしまい2人とも本当に喋ることがなくなってしまった。


でも、打ち明けたおかげなのかもしれないが今はとても気分がいい。


人を助けたという事実に自信を持てた気がする。


そんな俺だからこそ――


「この力は自分のために使う物じゃない。過去を変え、そして未来さえも変えられる。それしか出来ないけどさ、それしか出来ないからこそ、命は救えるんだよ」

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