ディネクスの国王

 意識的に恐怖を自分に煽った。煽らなければならないと思った。今食堂の暖簾を背に立っているのは、さっき聞いた「記憶を奪う」ことをしてきたこの国の王。それが、ふざけているのか、「焼売の玉将」のTシャツを着てやって来ている。


 なのに、全く嫌な予感を感じられなかった。この男を見ていると、警戒心どころか、どこか安心してしまう。それが堪らなく恐ろしかった。


 椅子から離れ意識的に警戒する。そうでもしないと、さっき座っていた椅子に改めて腰を下ろし食卓を囲むこともしてみたいと思ってしまう。


 王を観察していると、ゆっくりとカナメに近づき、幼い頭に優しく手を置いた。


「良かった、大事には至っていないようだ、カナメもつまみ食いをしようとしていたんだね?ならばもっとバレない物を選んで食べないと、クッコさんにまた大目玉を貰ってしまうよ」


「えっ!知ってたの?」


「もちろん」


 ニコッとカナメに笑いかけた。何だこの、仲睦まじい雰囲気は、親戚のお兄さんかこいつは。


「さて、君がトウカさんで、君がサツキ君、そうだね?」


「は、はい、」


「あぁ、サツキ、山田サツキだよ。って何で知ってる」


「ほら、それそれ」


 王が指をさした。右手首だ、この腕輪か?そういやまだ取ってなかったな。


「それから情報を送る仕組みになっててね、君たちの世界で言えばIoTって奴だよ」


「IoT!?お前何処まで技術パクってるんだ!」


 モノのインターネットと言われているあれだ。モノがインターネットで制御されることで、なんか色々とできるあれだ。そのシステムがこの腕輪に?


「まぁ情報通信技術が中々この世界では上手くいかなくてね、代わりに魔力で制御しているんだが、」


「いやそんなのはどうでも良い!」


 こいつは、何でこんなにもケロッとしている、自分のしていることを何とも思っていないっていうのか?


「この幼女から話を聞いたぞ、お前、転移者をさらって記憶を奪っているってのは本当なのか?」


「...。あぁ、うん、そうだね。本当だよ」


 今度は首を傾き、暗く、落ち込んだ。

 だがそれが、更に俺の腹を煮え繰り返らせ、胸ぐらを掴み上げた。


「こいつ!」


「お前王ちゃまに何すんだ!」


「あ!乱暴は...!」


「良いんだ!カナメ、トウカさん」


 トウカとカナメが言葉で制止してくれた。王は俺の手を掴もうとはしない。飽くまでも受け入れる姿勢だった。


「責められても仕方がないことは分かっている、だが必要なことなのだ」


 調子が狂う、何か、仕方がない理由があるかのような言い種だった。


「そりゃそうだろうよ、お前が転移者の記憶を奪っている理由って、この国の文明を発展させるため、なんだよな?」


「...いや違う。それは副次的な恩恵だ。国がちゃんと整っていないと、記憶を失った転移者を路頭に迷わせてしまうからね」


「なら何で記憶を奪うんだよ」


 目的が更に読めない。文明のための記憶を抜き取ったなら、残った肉体なんて出がらしに等しい。こいつは何がしたいんだ?


「あったり前でしょーが!王ちゃまは寛大でおおらかで優しいんだから!エッヘン!」


「いや何でお前が威張ってるんだよ、つーかお前俺らを殺すとか言ってたよな?」


「何?カナメ、それは本当かい?」


「ギクッ!?じょ、冗談ですよぉ冗談!アハハハハ」


 ギロッと王がカナメを見た。どうやらカナメの独断専行のようだ。そんなことで殺されてはたまらん。

 トウカも気になったのか、ぎこちなく話を進めてくれた。


「じゃあ、何で、記憶を?」


「この世界の摂理から、転移者を守るためだ」


「この世界の摂理?」


「この世界は、転移者から何かを奪っている。そしてその何かを奪われ続けた転移者は、消滅する。それを防ぐために記憶を奪っている」


「消滅?」


「消滅!?」


 俺だけでなくカナメも驚いた。あー、そゆこと、確かにこいつ話したら簡単に情報吐きそうだもんな。


 さて、この世界に来て、何かを奪われ続けて、そのまま消滅か。

 ...いや、違うぞ?それだと、神の話と食い違うんじゃないのか?あの、「人類の欠陥と世界が適合するかどうかのテスト」ってやつと。テストするならば、何でそんな時間制限を設ける必要がある?何かがおかしい。


「王様よ、その話は本当なのか?俺が聞いた話と矛盾しそうに思えるんだが?」


「本当だよ。現に君は知っているはずだ、消滅した転移者がどうなるのか、その末路をね。」


「俺が知っている?」


 こいつは俺に付けられた腕輪を通して情報を得たからそんなことが言えるのだろう。

 転移者の末路、消えて、何も残らない?何かが残った?転移者の何か...!


「あれか、ゼロ・ハピネスのことを言っているのか?」


「いかにも。君の宿しているゼロ・ハピネスの力は、かつて消滅した転移者、幸良子(ゆきりょうこ)の固有スキルだ。余の一族の伝記に綴られていたから間違いない」


「幸良子...コボ郎、知ってるか?」


「あぁ、親父から聞いたことある、思い出したで。良子さんはわいら精霊の友達やったらしい。それで祀られてるってゆーてたわ」


 転移した者はこの世界から「何か」を吸いとられ続け、能転玉を遺して消滅する。ゼロ・ハピネスの能転玉は、間違いなくその幸良子の力。コボ郎も知っているなら信憑性はありそうだ。そしてその幸良子という者は、恐らく祠で玉を掴んだときに見た、白い世界にいたあの女性か。


 駄目だ、情報量が多過ぎて頭がおかしくなりそうだ。怒る気も失せてくる。頭痛い。


 でもって、ならば神は、消滅というタイムリミットを転移者に課した上で、転移者の欠陥が適合するかを図っているのか?または嘘をついている?


「君はこの国がどういう思いで転移者をさらっているのかを聞きたかったようだから、カナメをこんなにも小さくしたんだろ?大した者だよ。その称賛...」


 そこで言葉をちぎった。しおらしく、悔しそうに


「いや、余の勝手な罪滅ぼしだよ。余がこの国のスパイに気づいていれば、多数の死者を出すこともなかったし、ジニアにもしんどい思いをさせずに済んだんだから」


「それは、モンスターの軍勢が押し寄せてきた時の話か?それでジニアは騎士の大勢を殺したっていう」


「あれは、この国に来たスパイが、国力を削ぐために行った事なんだ。犯人はまだ捕まっていない。いやもうすぐ来るのかもしれない」


 そういうと、ポケットから一枚の便箋を取り出した。その紙面には、今日この国に攻め入る旨が綴られていた。

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