決まり手は梅干し
嫌な思い出というのは、大抵鮮明に思い出せる。
楽しかったことといえば、お母さんが作ってくれたカレーライスか。ルウを水で薄めてご飯にスプレーしてくれた。今まではしょっぱくて辛くて仕方がなかったカレーライスが、とても美味なものに思えた。だが、それ以外にも思い出があったはずなのに、何も思い出せない。
だが嫌な思い出というのは、鮮明に覚えている。手塚は小学生の時の同級生。3年生の時から、よくちょっかいをかけてきた。といっても小声過ぎる小さな声で悪口言ったり、小さな懐中電灯でチカチカさせたり、匂いのきつい香水を机にかけてきたり。とにかくやることなすことが、私の反応を引き出すための行動で心底嫌だった。どんな小さな刺激でも私にとって大きいインパクトとなる。それを知ってて、反応を見て楽しんでいるんだ。
そうだ、そうやって人をおもちゃみたいに。だから嫌いだ。皆嫌いだ、だから拒絶する。
世界を拒絶する。
嫌いだ。
嫌いだ。
嫌いだ。
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そうこうしているうちにトウカの感覚が消えた。本当に感覚が無いのかと、肩や腕を叩いて、話しかけて確かめたから間違いない。反応はない。本当に何も感じないらしい。
サツキが身体中を燃やしてナメクジに突っ込んでいるのが見えた。そしてその背後に移動。タイミングはここだな。
出番だと思ったが、本当に身体中の体毛が衝撃を和らげてくれるのかまだ不安だった。だが後には引けない。乗り掛かった船には乗り切る。そしてさっさと情報を聞けば下船する。
拳が握られたトウカの腕は、正拳突きをする前の構えとなっている。僕はその腕の方向をナメクジの方に当たるよう調節する。そして踏ん張る。
準備は整った。いつでも撃ー
ドーン!
おいおい急に放つなよ!
空気砲はナメクジに命中。体の水が激しく揺れる。
爆音がが猛獣の雄叫びの如く轟く。そしてその振動が直に体を伝った。これをまともに受けたなら確実に死ぬだろうと、自分の中の野生の本能が告げている。
だがなんとか、耐えられる。
コボ郎の特性はやはりすごかった。ここまでの振動を一身に受けて、建物が壊れていない。普通なら反作用で辺りを粉々にしてもおかしくないのに、ひび一つ入っていない。つまり全身のこの体毛が全ての反作用を吸収したということだ。
揺れるナメクジが体勢を崩す、だがその程度だった。突然揺れたものだから、とっさにこちらを睨む。
「くっ、急に何よ!」
見られた!だがこれでいい。注意を引けば良いんだろう?サツキ、さぁ何をしてこいつを妥当するって言うんだ、相手は確かにナメクジっぽいだろうが、正体は酸性の水の塊。どうやって倒す?
食堂をまじまじと見つめているが、まだ出てくる気配はない...。まさか逃げた!?
「良い時間稼ぎだったよ!」
光に包まれたサツキが食堂を飛び出し、巨大ナメクジの前に出る。よく見ると何かを持っている?だが光っててよく見えない。
「あーんもう!眩しいわねぇ!さっさと溶けなさい!」
ザブーン!
光るサツキに、酸の大波が押し寄せてきた!このままでは溶かされる!
眩い魔力の塊が波に飲まれるのが見えた。だが、波が引くときに人影が見えた。
「良し!やっぱり効果絶大だな!」
左手には真っ赤で大きい壺を抱えている。あれはさっきの梅干しか?
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梅干しは口にいれる酸っぱいが、実はアルカリ性である。
俺はよく皿を壊してしまうため、いつも紙皿でおかずをよそっている。
過去、運悪く用意していた紙皿の紙がリトマス試験紙でできていたことがあった。リトマス試験紙とは、酸性の物質には赤く、アルカリ性の物質には青くなる性質の紙のことである。中学理科御用達のあれだ。まぁ例によっておそらくメーカーさんの手違いで紙皿がリトマス試験紙製になったのだろう。食べるにおいて害はないと思ったので特に咎めはしなかった。
ご飯のおかずにと思いその紙皿に梅干しをよそっていたところ、梅干しを乗せた部分だけが青くなったことがあり、あ、本当に梅干しってアルカリ性なんだなってことに感心したのが記憶に残っている。
そして、アルカリ性は酸性と混ざると中和され、水同様の無害な中性となる。
梅干しによって赤くなったコボ郎がトウカに投げられ、それを酸の水鉄砲で撃たれた際に白く戻ったのは、あの梅干しがアルカリ性で、酸性を中和させたからだと推察した。そこで弱点が梅干しなのではと考えたのだ。
だがそれでも懸念は拭えなかった。
その梅干し程度のアルカリ性で、果たしてあの水の酸性を中和できるのか?という懸念だ。
それを検証している余裕はなかったので、コボ郎が食らった水鉄砲という小さな根拠と、自分の運というこの世で心底頼りにならないモノにすがることにした。だがただの運ではない。今の俺はとても運が良い。何をしても上手くいく気がするんだ。だからかけた。「もしかしたら食べられる程度の強めのアルカリ性」または「相手の水が中和できる程度の酸性」かを。
結果発表が遅れたな。
相手の酸性の水を全て中和した。
投げつけた壺は一瞬で溶けたものの、中に入っている梅干しはその水の中に漂い、みるみると水を赤く染め、そして、色が透明に戻っていく。一度広がったアルカリ性の梅干しエキスが、酸に触れることで中和されていったのだ。
だが、それだけではなかった。
投げつけた数多くの梅干しがたまたまナメクジ本体の口の中に入った。多分5、6個は入ったと思う。そしてナメクジは体をぎゅっと抱き締めて苦しみだした。膝を付き、叫ぶ。
「うわぁーー!!!」
耳が割れそうな甲高い音が掠れかすれに聞こえる。そして、身体中から水が溢れてきた。先程まで操っていた水とは違い、滲み出る汗のような水が。
そしてみるみると縮む。
まるで塩を撒かれたナメクジの如く。
「うう...、
すっぱうまーい!この食欲そそる酸味!ご飯!ご飯はどこ!?」
巨大なナメクジの小太り女性は、身の丈に合わない服をダボダボに纏った幼女になっていた。
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