弱点発見!

 ナメクジお化けを前に、背後のケモノに顔を向けた。俺の心の中は、敵対心のような、後悔の念のようなものが入り乱れている感じだった。

確かにここで「俺たちを囮に逃げる」手段は「生きる」という目的を果たす上でとても合理的だ。だがそんな選択を到底受け入れられない。


なので、ケモノの欲している情報をちらつかせた。


「良いのかよ、ここで逃げれば情報ってのを得られないんじゃないのか?」


「流石に死ぬのは嫌だからさ、ほら、どんなものよりも命には代えられないだろう?」


 ケモノは涼しげに至言を口にした。このシチュエーションで言われると腹立つなー。

だがやはり最初から逃げるつもりだったのだ、敵が来ても俺達を囮にすることができるから。

そのやり取りを見ていたナメクジお化けは、体液をフツフツとさせていた。


「へぇ、私から情報をねぇ。随分とナメられたものね、まるで倒す前提、どころか生け捕りにする気?」


 身体中に体液が集まっていくのがわかる。ナメクジお化けは相当ご立腹なようだ。


「クッコさんとやらにお前が盗み食いしたことを仄めかせば、どうかな?僕が話さなくても、状況証拠を残すようにすれば」


「なっ!?」


 その手があったか!目から鱗。ただ言うのではなく仄めかす、それっぽい状況証拠をでっち上げる、そういった手段を考えられなかった。それならば盗み食いをしていなくても、脅し文句としては利用可能だ。それに初対面の人から言われるよりも信憑性はある。


「いいわよ、別に」


「「はぁ!?」」


 ケモノと俺は二人して驚いた。あんなに食堂出禁を恐れていたのに、どういう風の吹き回しなのだろうか?ナメクジお化けは澄まし顔で続けた。


「あんたらがペチャクチャ喋っている間に考えてたのよ、食堂でまた食べられる代わりにあんたらを見逃して情報を出すか、食堂を出禁にされて職務を全うするか。

 でもそんなことを考えるのは間違いだった。私は信じる、クッコさんは私のことを、仕事で仕方なく食堂前に来たんだって信じてくれることを、私は信じる!」


 何か主人公側みたいなこと言ってるー!

 まるでナメクジお化けの周囲がキラキラと輝いているような、そんな情景が見えた。そして考える猶予を与えてしまったせいで、ナメクジお化けの決意を固めてしまったらしい。手負いの虎だ。


「やっぱり臭い!えい!」


 ポイっ!と唐突に、後ろから赤い物が投げられた。トウカは鼻をつまみながら何かを投げた。

 臭い?あぁ梅干しね...!?

 よく見るとそれは梅干しではなく、それをムシャムシャと食べていたコボ郎だった!鮮やかに中を舞うそれは、運動会の玉入れを思わせた。


「ちょっ!?今飯食っとるんやけd」


 バシャン!

 叫ぶ赤い玉は、俺の真上で水鉄砲で射ぬかれた。壁をも溶かすあの酸の水鉄砲が赤い玉に直撃したのだ。その事を意識したのは、飛び散る赤い水が頬に触れた時だった。


「何を投げたかは知らないけれど、そんなの溶かせば終わりよ、残念だったわね」


 ニタニタ笑っているナメクジお化けの言葉は頭に入らない。頬に付いた真っ赤な水を手で触れる。そして、地面の白い玉に視線を落とした。


「コボ郎!」


 甲高く叫ぶ。その隙に逃げようとしているケモノなんて今はどうでもいい!


「動いたら撃つわよ、それともまぐれが二度起きるか試してみる?」


「くっ、」


 ナメクジお化けがケモノを逃がさなかった。ケモノも野生の勘の様なもので、今のナメクジお化けは先ほどとは違うことを察したからだ。余計な心配がなくなり、真に敵に集中していることに。

 濡れた白い玉を両手で慎重に持ち上げた。その時、コボ郎がブルブルと動いた。


 生きている!


「うわベットリやん!嬢ちゃん急に投げんなや!食べてる言うてるやないか!」


ここまで修正


 生きているだけじゃない、溶けてない?それに、白い?むしゃむしゃと梅干し食べてて赤かったよな?それにそういえば...

 また頬の水に触れた。梅干しのエキスで赤かったと思われたが、赤くなかった。透明だった。

 そういえば頬が、溶けていない...まさか!?

 モゴモゴとしている白い玉にボソボソと呟いてから、慌ただしくケモノに振り返った。今にもケモノはレオンを出して消えようとしている所だった。だがすんでのところで俺の声に驚き、胸ポケットに直ぐ引っ込んだ。


「ケモノ!」


「な、なんだ!?」


「頼むから逃げないでくれ!」


「はぁ!?馬鹿か?僕は逃げる!お前らを囮にして取り敢えず生き延びるんだよ!」


「取り敢えずそい!」


「また投げんなやー!」


 ケモノはコボ郎を受け取ったものの、何が何だか分からず視線をコボ郎と俺とで往復させている。


「耳に当てろ、後はケモノ、お前の判断に任せる」


 苦し紛れにそう懇願した。ケモノが乗ってくれなければ勝てない。賭けだった。本当はこんなことしたくなかった。すこぶる運が悪い自分が賭けだなんてと自嘲気味に笑う。だが、その賭けを当てられるかもしれない術を知っている。


「おいナメクジお化け!」


「だ、誰がナメクジお化けか!これでも私は見目麗しいレディ...っ、そうやってまた私を揺さぶってー」


「お前を倒す!」


指をさし、俺は笑顔でそう叫んだ。

 体の内にある力を呼び起こすためにどうすればいいのか、何となくだが分かっていた。こういったモノには技名が重要らしい。だが自分の中にある「それ」にはまだ名前がなかった。付けてなかったから。


「ゼロ・ハピネス!」


 全身から灰色のオーラが広がる。それは城を覆わんとする程に広がり、常駐している警備員や従業員、ここに潜む他のスクミトライブ達、そして彼らを従える国の長をも呑み込んだ。

 オーラに触れた生物は全ての運気を失う。だが誰もがそんなのどうでも良いと思っているだろう。


 たかが運、と。


 だがその「運を集めた時、自分の魔力を上昇させる」者がいる。その者はオーラの収縮と共に周囲の運気を吸収し、自身の運気に変換させ、全身から魔力を溢れさせた。


 そして、俺はその能力に名前を付けた。手を強く握りしめ拳を作り、


「発動!ラックボーナス!」


 高らかに叫んだ。

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