九条カナメ

 王国ディネクスに住み込みで働いている私、九条カナメは、ある悩みに囚われていた。


 ぐぅぅぅぅぅぅ。


「はぁ、食べても食べても、食べ足りない...」


 ふくよかな(デブって言うな!)お腹をさすり、私は腹の虫をどうにかして抑え込む。自室のベッドでフリフリパジャマ状態。今から寝るというこの夜になって、晩御飯が足りないことが日常茶飯事になっていた。


「クッコさんのご飯が食べたい...あぁ~」


 ズシンと重々しくベッドに倒れ込む。クッコさんとは食堂のおばちゃんのことだ。その彼女の料理の味が忘れられず、どうしてもお腹が空く。食堂で食べる量が控えめなせいだ。何故上限ご飯三杯までなのだろうか?あれでここの仕事をしている者は大丈夫なのだろうか?それ以前に、乙女として腹を鳴らしまくるこの状況は大問題だ。


「ん~、駄目だ!仕方がない、うん!」


 私は、食堂のご飯を盗み食いすることにした。決して悪意がある訳ではない。「体は資本」という言葉を聞いたことがある。つまりその資本を形成し、国により多くの転生者を届けることで貢献できる。「スクミトライブ」等と呼ばれてはいるが、私がその一人に並ぶほど仕事ができるのも資本のお陰。これは国の為なのだ。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「来ちゃったけど、大丈夫かなぁ?」


 目の前には、クッコさんの顔が写った暖簾。イラストではとても優しそうに見える。接客でもとても優しくほっこりする印象のおばさんだ。だが、いつかに鬼の形相だったのを見たことがある。食べ残した時、そして他人のご飯を取っている所を目撃した時だ。響き渡る怒号は食堂にいる全ての人の箸を止めるほどのインパクトがある。


 ましてや、私は今から盗み食いをしようとしている。これはどう見てもあの怒りに抵触するだろう。だが、私はこの腹の虫を抑えなければならない。


 勇気を出して、真っ暗闇な食堂の中に入った。


 ムシャムシャ。

 ムシャムシャ。

 ムシャムシャ。


 止まらない、止められない、今までの食事量がどれだけ少ないかが分かる。燻製肉や生魚、作りおきのスープ、野菜炒め、ハンバーグ、全てが旨すぎる。口の中に旨味が広がり、身体中に溶けていく。好きなものを好きなだけ食べられる。こんな幸せなことが世の中にあるだろうか?いやない!


 私はもう夢中だった。窓にはカーテンがかかっており、外から誰にも見えないから安心していたのだろう。止められなかった。腹の虫が収まってもなお食べ続けた。一欠片残さず食べまくった。時が経つのを忘れて。


「あんた、一体何やってるんだい!!??」


 振り返る。口の中にはウインナーが漏れていた。エプロンを片手に今から開店準備をしようとしていたのだろう、暖簾の前にいるクッコさんが鬼の形相をしている...かと思いきや、顔面蒼白といった感じだ。

 まさか!?もう朝だっていうの!?


「ぐ、ぐめんははい!」


 慌てて謝る。謝ることしかできない。バレてしまった。もう出禁になるかもしれない。駄目だ、私はもうここでは生きていけない。こんなに美味しいご飯を知った以上、他の料理なんてゴミだ。もうダメだ。

 もう、


「美味しかったかい?」


「え?」


 とても優しい顔だった。鬼なんてとんでもない。聖母だ。聖母というのは良く分からないが、本で優しい女の人を形容した言葉として見たことがある。


「あんたが一番私の料理を旨そうに食べているとは思っていたよ、だけど盗み食いまでする程だなんて分からなかったよ。ご飯3杯じゃ足らなかったかい?」


「ふん!ふん!」


 クッコさんの優しい言葉に、私は涙を堪えて首を縦に振るしかなかった。この人のために残りの生涯を尽くそう、そう思える。


「だがもう盗み食いはしちゃいかんよ、これはみんなの料理だからね。次やったら流石に出禁にするから。いいね?」


「ふひっ!!」


 背筋が凍え、今まで食べたモノを全て吐き出してしまうかもしれないと両手で口を夫塞いだ。最後の言葉に、いつかに見た鬼の気配がしたからだ。


 次の日、食堂の張り紙には「ご飯おかわり自由」の文字が記されていた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ごめんなさい!ごめんなさい!もう盗み食いなんてしませんから出禁だけは勘弁してぇ!」


 ビクビクと縮こまる、太った茶色い女性が手を合わせて目をつむり誰かに懺悔している様子が目の前にあった。頭からは白い角のような者が生えており、先端が丸い。どこかでそのような特徴を見たことがある。そうは思ったものの、この逃げるチャンスを逃すわけにはいかなかった。


「(何をやってるんだ!前に誰がいる!?)」


 ケモノが立ち尽くしている俺に少しイライラしている。一緒にいたトウカは不安そうだ。


「(いや、その、)」


 と小声で言いながら暖簾を上げて二人に見せた。ビクビクする茶色い塊を。


「何これ?ナメクジ?」


「あー、これナメクジか」


 ケモノが俺の頭の疑問に答えてくれたことで納得した。確かにこの特徴はナメクジと言って差し支えないだろう。そうこうしていると、ナメクジがこちらに顔を向けた。


「え、誰?」


「いや、そっちこそ」


 俺とナメクジはお互いに指をさした。そしてハッ!と、正体が何なのかがわかってしまった。

 ナメクジ...そうか!つまりこいつはあの蛙人間と同じ、ジニアの言っていた国に仕えるスクミトライブの一人!ヤバイぞ!


「つーか、あんたら何してるのよ、盗み食い?盗み食いよね!?盗み食いはいけないのよ!」


 立ち上がり、「ドドン!」と背中に見えるほどの威勢で叱責した。確か盗み食いを働いた。だがこれは、空腹状態で脱走すると逃げ切れるかが分からなかったからだ。仕方がなかったのだ。そう自分に言い聞かせていたが、あることを不審に思った。


「あれ?盗み食いがダメなら、お前は何しに来たんだよ?」


「えっ!?いやぁ、そのぉ...」


 急に目線を泳がせ、口が渋りだした。さっきまでの「ドドン!」が「しゅん。」となっているように見えた。

 なるほど、そゆこと。


「ほほう、まさかお前も盗み食いをしようとしていたんじゃあないのかな?さっき出禁がどうのとか言っていたよなぁ?」


 図星なのだろう、このままナメクジを追い詰めてみるか。足音が聞こえて振り向くと後ろのケモノとトウカは(あ、こいつこういう性格なんだ)と引き気味になりながら後退りしていた。


「ち、違うの!...ほら!見回りよ!それであんたらを見かけたから尾行していたのよ!」


 そういうと、サツキ達が入ってきた方向とは真逆をさした。


「トウカ、足音はどっちから聴こえたんだ?」


「あっちですけど?」


 真逆の道をトウカはさした。更には、その道に所々の凹みが見える。出入り口にあるのと同じだ。


「これは、まさか溶けてる?それがあっちにも続いているぞ?」


「い、いやそれは、ほら、よだれが?地面を溶かした的な?」


「やっぱりあんたも盗み食いしに来てるんじゃないか、いいのかなぁ?ここで騒げば確かに俺らは再度捕まる。だがここまて状況証拠が残っているのなら、出禁になっちゃうなぁ?」


 ハハハハ!と、胸を張る。勝ったからな。こらはもう確実に勝った!それきこいつはスクミドライブの一人、国の情報を聞き出せるかもしれない。だが、そこで、嫌な予感が生じた。


 あれ?でもこれって他人から見たら、普通にこいつが捕まえたってことで、出禁免除になるんじゃね?つーか後をつけてたって言い分も普通に信憑性があるんじゃ...。

 いや、勢いでいける!気がする!


 謎の自信を抱いてちらっとナメクジの方を見ると、プルプルと震えている。怒りが込み上げているのが良くわかった。


「言わせておけばいい気になって...良いわよ、どうせお前ら三人とも殺せば口封じになるんだしね、ふふ、そうねそうしましょう。お前らもう牢屋に戻らなくても良いわよ」


 ナメクジはギロっとこちらを睨んで不敵に笑った。


(再度捕まるとかそういう問題じゃなかったーーーー!!!)


 調子に乗りすぎました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る