目を覚ませば牢屋です

 ここは牢屋である。土臭い地面、木造の檻、薄暗い空間をほのかな灯りが灯していた。


 俺とトウカはそこで横たわっていた。というより気を失っていた。

 だがその眠りを妨げる者が一人?いや一匹。


「(おきろー!)」


 と、がしがし小さい足でこちらを蹴るのは、白い玉粒、ではなく、コロボの精コボ郎だ。回りの目を盗んでサツキの覚醒を促していたのだ。だが、その小さな声で目が覚めたのは俺ではなく、ある男だった。


「くわぁ~、なんだこの声は、ここに人以外の生物がいる気配がするなぁ」


 ビクッ!とコボ郎は俺のズボンのポケットに隠れた。泥が付着してて気持ち悪いが、得たいの知れない人物に存在を察知される方が余程のリスクだと考えたのだろう。


「あれ?新入りのポケットかな?ネズミが居たりしてなぁ、ま、この世界にネズミなんて居やしない、か。」

「(ふぅ~...)」


 冷や汗を拭うコボ郎。だが何故か気取られた。男は俺のズボンのポケットを覗く。


「お、見たことない生き物発見!」

「ギャー!!」

「ほう!喋るのか!?いやはや喋る生き物との出会いは初めてだなぁ!」


 男は全身緑色の服を来ていた。胸ポケットが2つ付いており、服の同じ緑色の帽子を被っている。そんな男が手放しにはしゃいでいた。


「うるさいなぁ、気持ちよく寝て...る場合じゃねぇ!」


 目を覚ますと、状況がどこかよく分からなかった。キョロキョロと辺りを見渡す。その声に反応してトウカも目が覚めた。


「あれ、ここどこ?」

「トウカ!無事だったか」


 サツキは胸を撫で下ろす。そして見知らぬ男を見た。その男は俺のポケットを凝視している。

 いや、その中のコボ郎をか?とりあえず警戒を強めておこう。


「あんたは誰だ?飼育員?」


 小学生の頃、動物園に遠足にいったのを思い出した。このような格好をしている人がせっせと動物の世話をしていたのを覚えている。そしてその動物園で当時生まれて持て囃されていた子どもライオンが、近い未来に動物園を脱走して俺を襲ってくることも覚えている。


「へぇ、この格好を見てそうだと分かるってことは、君もこの世界の人間じゃないな?」


 にやりと鋭くこちらの素性を見抜いた。思わず口をへの字閉じてしまうをそれを見て男は余裕な顔で笑って見せた。


「図星か!良かったぁ、僕もここに来て同じ境遇の人に出会ったことがなかったらからさ、嬉しいことだよ」


 こいつも転移者だったのか、ならやっばりあの蛙人間の狙いは...

 サツキは蛙人間についてジニアが言った言葉を思い出した。

「転移者を回収している」、だからトウカはいるのに、カレンやジニアがいないのか。


「ねぇ、君!」

「ん!?」


 飼育員が食い入るように胸ポケットに語りかけたため、驚いてたじろいだ。


「この子は何なんだい!?初めて見る生き物だ...」

「あぁ、コボ郎のことか」

「コボ郎!良い名前だ!もしかして精霊というやつかな!?少し光ってるね、どういう原理なんだろうか」


 一人で未知との遭遇に悶えている飼育員。ハァハァと息を荒くなっている。


「まぁまぁ、そういえばあんた何て名前なの?」


「おっとすまないね、つい興奮した」と心を落ち着かせて


「僕は猪熊ケモノという!生き物をこよなく愛する劣等種だ!」

「れ、劣等種?」

「そう!人間のことさ!人間は全生物の中で最も醜く劣っている!」


 ケモノのとんでもない自虐発言を余所に、ケモノは続ける。


「しかしその他の生き物どうか!自らの種を残すという一つの目的を見据えてあらゆる行動が行われる。なんと美しく一貫性があろうか!だが人間は無駄に知恵を付けたが故に争い、非生産的な行動を行う!だから人間が嫌いなのさ!」


 笑顔満点だが語っていることは人類を脅かし兼ねない感じだ。


「確かに、生き物は可愛いよね」


 トウカがいつの間にかコボ郎を手に乗せて頭を撫でている。当のコボ郎は少し困惑気味だ。


「うう、もう殴らんといてぇな?」

「あの時はごめんね、びっくりしちゃって」

「ビックリで殴る奴があるか!」


 その言葉でコボ郎は一層彼女を危険と認識した。扱いを誤れば間違いなく潰されると。


「うるさいぞお前ら!」


 檻の外から看守らしき人が一喝。中の皆がビックリした。


「ほら飯だ。まだ自分の順番でないからとはしゃぐでない!」


 看守は中の三人分のおむすびを用意してくれた。粋にも草の器にのせて。


「順番?」


 樹木の包みを2つ受け取りながら、看守の言葉の意図を聞いた。


「そうだ、貴様らの腕に番号があるだろう。」


 サツキとトウカは自分の腕を見る。


 サツキには782531

 トウカには782532と書かれていた。まるで濃い油性ペンで書かれたような感じだ。


「それは王との謁見番号だ。貴様ももうすぐなのだから、それまで手を煩わせるなよ。」


 そう言うと、看守はこの場を後にした。


「王との、謁見?一体何をするんだろうか?」

「さぁね、だけど謁見するために囚われるという時点で、僕らの未来は明るくないことは何となく予想できるよ。」

「そうか...あれお前そこにいたっけ?」


 何事もなく話していたが、ケモノの位置が急に変わっているのに気づいた。いきなり何もないところから声が出るものだからびびるわ。


「...それはこういうことさ」


 と言うと、目の前からケモノが消えた。


「おぉ!消えた!マジックかよ!」


 これは拍手ものだ。ケモノは姿を現して話す。


「この世界に来てから色々と生き物に触れあってみたのだが、その時にこいつと出会ってね、その力を借りているのさ。で、見つからないように隠れてたってわけ」


 ケモノの肩に小さく乗っかっているのは、小さい角がピョコンと立ったカメレオンっぽい生き物だった。


「あ、かわいい」


 トウカが声を漏らした。うん、小動物良いね。あの白いのを除いて。


「で、こいつは、何だ?」

「種族名は分からないけれど、僕はこの子をレオンって呼んでる。カメレオンに似た特性があるらしくてね、自分の姿を回りに周りの景色と同化させられるのさ」


 レオンをよしよししながらケモノが解説した。だがそれだと説明がつかない。


「いや、でもだぞ?お前は消えないだろう?」

「うん、そうだね、だから言っただろう、『この子の力を借りている』と」


 意味ありげに口角を上げている。そこから察するに、まさか、


「そうか、『生き物の特性を利用する』、それがケモノの固有スキルなんだな」


 クイズ番組に回答したかの如く、ケモノに指をさして自慢げに言葉を放った。


「惜しい。僕は『特性を利用する』んじゃない、『その生き物と同化する』のさ」


 そういうとレオンがケモノの中に消え、帽子が浮いた。その帽子が取られると、登頂部にはレオンと同じような角が立っていた。


「マジか」

「あぁマジ。そしてこう!」


 ケモノが服ごと消えた。


「とまぁこんな感じで謁見をやり過ごしていた訳だ。そのせいなのだが」


 ぐぅぅぅぅ

 と見えない状態で腹をならし、苦し紛れにケモノが言った。


「さっきのように飯の配給が行き届かない。すまないがおむすびを一つ分けてはくれないか?」


 姿を現して手を差し出した。そういえば二つしかくれなかったっけ。



 ケモノはガツガツと、俺とトウカが分けたおむすび2つを食べる。さながら獸だ、食べ方がガツガツし過ぎてお米が周囲に飛び散っている。


「いやぁ久しぶりの飯は旨い。しかも梅干しじゃないか、ここの飼料係は分かっているね」

「飼料言うな、あ、そういえば、ケモノはいつからここにいるんだ?」

「んー、だいたい50日くらいじゃないかな?分かんないやハハハ」

「ハハハて、まぁここに陽射しが入らない以上、日にち間隔が狂ってしまうのも仕方がないか。ってかよく餓死しなかったよな」

「ここにはネズミはいないけど、ネズミっぽい生き物は居てね、運んでもらってたんだよ。彼らは綺麗好きでね、あの世界のネズミと違って衛生面も大丈夫だったよ」


 こいつよく生きてこれたな。いやこの世界にいるのだから、死んだのは確かなんだろうが。

 ケモノがおむすびを平らげると、気を取り直したように言った。


「僕はここから出たいと考えている。だから協力者がほしい。君は協力してくれるかい?」

「ん?」


 ケモノが食い入るように俺を見る。その眼差しはふざけゼロの真剣そのものだ。


「当たり前だ、こんなところで燻っている場合じゃないからな」


 神に復讐するどころじゃないからな。

 サツキの眼差しを確認して、ケモノはうんうんと組んだ腕をほどき手を出した。


「ありがとう!一緒にここから出ようじゃないか!」

「おう!」

「君もいいかな?」


 トウカに向けられた声で初めて話に入ったのか、こちらに視線を向けて「う、うん」と適当に話を合わせた。その彼女の手は今もコボ朗を撫でている。


 こうしてサツキ、トウカ、ケモノは、この牢屋から脱出することと相成った。

 だが俺は、ケモノに対して何か疑念を覚えているのだった。

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