策謀

 一番外の城壁に押し寄せようとしているモンスターの軍勢を食い止めるべく、宮廷騎士団とギルドから召集された精鋭達が集まった。戦とは言うものの一方的な殲滅になりそうというのが皆の思いだった。


 そんな中、私は彼が心配でならなかった。マジで大丈夫なんでしょうねあいつ。


 私は視線は左右していた。優秀な魔法使いで杖の調整しているジニアと、鎧の上に羽織るディネクスのマントの下に黒い布を羽織っているサクリの二人をである。

 城壁に控えている宮廷騎士団(魔法使い込み)が遠くに位置する数多の粒を見据える中、先日目撃した黒いローブの男がサクリを利用して、ジニアに何をしようとしているのかを考えていた。


「それにしても、何だってあんな大量のモンスターがこの国に押し寄せてくるんだかねぇ、不思議よねぇ」


 とメイガスが言う。ディネクスにある戦闘向きギルドの中でも指折りの実力者で、魔法を使わずに肉弾戦を得意とする。オネエ口調な変人に向ける視線を送った。


 確かに不思議である。仕事柄数多くのモンスターを討伐したが、どれも人間側がモンスターに干渉している。モンスターの骨や皮等、色々と材料になったりするからた。その弔いと言われれば頷けるのかもしれないが、それは人間だった場合の話。モンスターが復讐心を持つとは聞いたことがない。にも関わらずこうして徒党を組んで人間の国に攻め入ろうとしている。


 ゴブリンの様な、特別人間を襲うものならば分かるのだが、今回の情報ではオークやオーガ、トロール等々様々なモンスターが混在しているとのこと。何かが起こっておるのは間違いなさそうだ。


 当のジニアはそんなの考えることも無さそうに、まるで黄昏ているかの如く迫る軍勢を見据えている。杖を右肩にもたれかけさせクルクルと回している。


 軍勢がすぐそこまで押し寄せてきた。


「迎撃態勢にはいれ!」


 そう覇気強く放ったのは、我が国の王オウグ。黒髪サラサラのショートで白金の甲冑を身に纏い、青白い剣をモンスター達へと向けている。顔立ちもはっきりしており、正直いうと見た目はとてもいい。そんな彼が上げた腕を振り下ろす。


「ゆけぇ!」


 と同時に、何百もの騎士団員や召集されたギルドメンバー達が、モンスターの大群に突っ込んだ。次々と剣の錆になっていくモンスター。


 魔法使い達もそれに続き、後方からの支援に尽力する。負傷者を安全な場所に移動させ治療、手が空けば攻撃耐久力支援魔法で騎士達をカバーさせた。魔力には上限があるため、魔法使いがただドンパチやるだけでは消耗戦となるため、私は攻撃に手を貸さない。だが例外がいる。


「バーニング!!」


 ジニアは生まれながら魔力に恵まれている。加えて魔力制御もとても上手い。だから最小限の魔力を最大限使うことに長けている。だから味方と敵が交戦している中、ピンポイントで敵モンスターのみを打ち払う事ができる。今までもそうしてきた。いつもヒヤヒヤさせられるのだが。


 ここでイレギュラーが発生する。


 ジニアが放ったのは強力な炎の魔法。それが幾つもの槍となりモンスターの大群の後ろを焼き付くそうと、弧を描いて落ちていくかに見えた。だがその槍はグググっと、最初に向かった騎士達に向かっていく。明らかに狙いがずれているように見えた。

 まずい、まだ騎士達は気づいていない!


 私はそれに対応する術を知らなかった。だが、


「くっ、こういうことか、」


 と、前に向けた杖を押し上げ、炎の軌道を修正する。ジニアにしかできない器用な芸当だ。これならギリギリ騎士達には当たらない。ほっとしたのもつかの間、


 炎を吸い込む力が強くなった!私の体の中の魔力もグググっと吸い込まれようとしている。それほどの吸引力を感じた!


 何、これ!?


 マントはジニアが修正したはずの槍の挙動を更に下へ、ズドンと踏み潰す様に軌道を下へ下げた。


 そしてその炎は騎士達を貫き、焼き付くした。複数の人物に向かっていく炎達。あの黒いマントが渡っていたのは、サクリという騎士だけじゃなかった。何人かの騎士がそれを受け取り、ディネクスの国のマントの下に羽織っていたのだ。


「ぐわぁぁぁぁぁー!!」

「熱いぃぃぃぃぃー!」


 断末魔と共に焼け落ちる騎士達。燃えて苦しみ悶える者や、倒れそのまま焼かれていく者もいる。

 魔法使いは、皆ジニアを見ていた。何をやっているんだと、皆が怒りすら忘れる驚きをジニアに向ける。私も例外ではない。だが心配だった。

 ジニアは悪くない、それを知る者はこの場で恐らくジニアと私以外にいない。


 死者は20人を越え、怪我人は50人くらいだった。その程度で済んだのは、やはりジニアが天才だったからだろう。瞬時に最前線に近づき、ヒールの魔法を散布したのだ。本来ヒールは直接触れないとまともな効力を発揮しないのだが、魔法を吸引するマントの効果を見抜き、それを利用して効率よく怪我人にのみヒール魔法が行き渡るように、あえて散布したのだ。お陰で死ぬはずだった人達は一命をとりとめることができた。


 それに加えて、モンスターを国の中に侵入させずに殲滅した。杖に魔力を帯びさせ、物理的に倒していたのだ。

 そのジニアに続き、残った騎士も敵の殲滅に当たり、防衛戦は終わった。


 だが守れなかった騎士達は元には戻らない。彼らは魔法に耐性や適正がない。ないからこそ武力という別の力を身に付け、国に貢献してきた。だがやはりジニアの魔法はずば抜けて強力だった。鎧を溶かして体を貫かれている。


 当然ジニアは処罰を受けることになる。過失とはいえ、自身の魔法が仲間達を貫いたのだから。だが私は知っている、黒ローブの何者かが魔法を誘導する謎のマントを被害者の騎士達に持たせたことを。

 それを上層部に報告したものの、証拠がなければ動けないとのこと。マントは一定の魔力によって徐々に消失するように作られていたため、証拠として残しておいたはずの布切れが綺麗さっぱりで、証拠隠滅もバッチリだった。


 結果、ジニアは大勢の騎士達を死に追いやろうとした大罪人として牢獄に閉じ込められることになった。


 はずだったのだが、直前で逃亡。仮に捕まってもすぐに脱走していただろうが、一体どこにいるのだろうか?


 夕食を食堂で摂り、自室に戻ると、ジニアがいた。

 険しい表情を浮かべ、闇に飲まれた蒼いローブを纏い部屋のど真ん中に佇んでいる。


「真夜中の女性の部屋にノックもなく入らないでくれるかしら」


 ジトーとした目を向けると、ため息混じりで聞き直した。今度は少し言葉に間を開けて。


「黒ローブの男の話を聞かせてくれ」


 というので、以前見かけた黒ローブの話をした。


「そうか、ありがとう」


 そういうと、窓際に向いた。そこから出る気かもしれない。窓の取っ手に手をかけたところで、顔だけを振り向かせて言った。


「せめてもの礼に言っておくが、早めにこの国の下を辞めることを進めておくよ」


 この国の下を辞める!?何を言ってるの!?予想外過ぎる言葉に思わず聞き返した。


「待って、訳が分からない、何で国を辞める必用があるの?」


 だがジニアは振り向くことはなかった。ローブを深く被り、窓から出ていき、夜の闇に消えた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ジニアは犯罪者の烙印を国に押されながら、この国から姿を消した。今でも指名手配されているくらい悪名が轟いているが、広がるのは悪い評判ばかりで一切姿を見せていなかった。


 だが今、彼は目の前にいる。この森で、私が見つけた転移者を襲っている人として再度出会ってしまった。

「で、あなた、彼女に何をさせているの?」


 洞窟の中に入っていった山田サツキを追いかけるよう指示をし、トウカと呼ばれる女の子は走っていった。その女の子を利用して何をするというのか。


「言っただろ、国に復讐してやるのさ、彼女は逸材だよ、だから国の手を回される前に私が保護した」


「国の、手?まさか、それが国を恨んでるのと関係しているっていうの?」


 思えばあの時、彼が私の部屋から消えた時からずっとその事が気になっていた。国の何が彼をここまで憎ませているのか?

 ジニアは嘲笑を交えて、


「ふふ、私はあんな奴等でも出来る限り助けた、父を愚弄してきたあんな奴等でもな。なのにこの仕打ちだ。だが心当たりはある」


 俯きながら話し出した。


「私は以前、城で誰かを縄で縛り閉じ込めている所を見た。だがその場所は罪人を閉じ込めるための牢ではなく、全く別の場所に位置していたんだ。その現場を見てしまったが為に、恐らく私はお尋ね者となっている」


 誰かを閉じ込める所、国が裏で隠れて何かを目論んでいるということか?それを見たジニアを消すために?ならば本当にあの黒ローブは国の命で動いていたということなのか?


「で、この話を聞いて尚、お前は国の下につくのか?」


「そこがおかしいんだよね、私別に国の下についてないから」


「とぼけるな、腕輪をつけているじゃないか

 転移者を探すために作られた腕輪をな」


「え、」


 転移者を探すための、腕輪?思わずその腕輪を見た。

 そういえばこれ、国から支給されたモノだったはず。それにサツキのパラメーターには「転移者」と書かれていた。つまり、転移者かどうかを識別する術がこの腕輪にはあるということだ。単にパラメーターを表示するだけならば、そんな機能要らないはず。

 私の反応を見て、ジニアは目を見開き眉をひそめた。


「知らなかったのか?」


「知らない知らない知らない!初耳よそんなの!」


 ブンブンと思わず首と手首を左右に振った。まさかそんな機能があろうとは。つまり私に限らずこれを着けている者は、今まで良いように使われたことになる。得たいの知れない何かに操られている感じがした。


「なるほど、知らないで片棒を担いでいたということか。愚かなことだな」


 はぁ、という呆れのため息にイラっときた。


「んなの分かるわけないでしょーが!」


 そんな怒りもいざ知らず、私の腕輪に指を差し、さらに説明を加える。


「それはレーダーになっているんだよ。装着者を中心とした一定範囲にいる者が、転移者かどうかを判別するためのな」


 そうだったのか。そこまでして転移者を誘拐する目的って一体何なんだろうか?想像しようにも限界があって分からない。

 だが、私が来たんだから真面目に取り合ってもよかったのに。


「それでも、もう少し真面目に話をしてくれても良かったんじゃない?」


「腕輪が付いていたなら、また国に取り込まれて手先になっている思うだろう?どうやらお前は知らずに付けていたようだがな」


「早とちりねほんと」


 前々からコミュニケーションが取れない男だとは思っていた。額に手を添えて嘆息する。以前もまともに話を聞かなかった。だから嫌われて陥れられるのだ。


「ふん!」


 と、急にジニアがこちらに向かって雷魔法を放ってきた、咄嗟の事だったので反応が遅れてしまった。だがその雷は私の腕に付けられた腕輪だけを狙い打ちした。


「っもうびっくりさせないでよ!」


「いや、レーダーと言っただろう、お前が敵じゃないんならさっさと破壊するに越したことはない」


「なら一言言えよコミュ症が!」


 敵意でないと分かったことで、体の緊張が弛緩した。彼の相手は骨が折れる、戦闘でと会話でも。まぁでももう身構える必要はないだろう。杖の構えを止めた。


「おい」


「なに?」


 急にまた話しかけるジニア。その声音は、何か張り詰めた感じだった。


「あの男の能力は何だ?」


 ギロッと向けられた視線に、私は胸を張って答えた。


「あ?サツキの?聞いて驚きなさい、彼は予知ができるのよ!私が見つけた逸材...ではないけれど、もしかしたら磨けば光る原石になるかも...多分...もしかしたら...」



 胸を張ったものの、そういえばサツキの魔力がマイナスであることと、予知が際限無くできるわけではないということを思い出してうなだれた。光ってくれないかな、あの原石。

 そんな私を他所にジニアが続ける。


「予知か、ならばあれは何だ?」


 ジニアが構えている。私にではなくその後ろ側にである。それに気付き振り返った。


 白いオーラが、洞窟の奥から勢いよく押し寄せてくるのが見えた。

 凄まじいスピードで!


「何よこれ!」


「くっ、」


 私とジニアは、謎の白いオーラに飲み込まれた。

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