アラウンド・バッド

古新野 ま~ち

第1話 誘拐


 いつもと同じく昼過ぎに起床してから夜勤前に牛丼を食べようとしていた。ガスが充満したかのような湿気で体内と大気とどちらの湿り気かが分からなくなる気候だった。


 はるか向こうにゴムタイヤのように厚い黒雲が見えていた。一雨きそうな予感を抱いた。


 路肩に停車した黒塗りのワゴンから頭に全く毛が生えていない僧侶のごとき人が降車した。


 厚いまぶたは目玉を慎重に抱え込んでいるかに思える。顔から浮き上がっている大きな目玉が私を見た瞬間アルカイック・スマイルになった。石膏像のように無機質な微笑みに私はたじろいだ。


 咄嗟に目をそらした。アスファルトの模様を見つめた。紺と白で波のような唐草のようなそれを目で追っていると雨の前触れの埃っぽい臭いを突き破り線香のかおりに鼻が刺激された。その者の胸に頭をぶつけたようであった。前方不注意を詫びるために顔をあげた。


「あなたのママですよ」


 男か女か判断できない声は生温い吐息と混ざり合い節足虫が這うように耳の中を這ってして私の脳に言葉の意味を伝達した。腕から逃れんとするとその人はさらに強く抱き締める。右手は私の頭を犬を褒めるかのごとく撫でまわす。そして左手に握られていた包丁はワゴン車指し示していた。

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