君と奏でるこのメロディを
松風一
第1話 プロローグ
進行性声帯侵食症候群。
早口言葉かと言うくらい、長くて難しいこの名前の病気は、珍しい病気であると世界で話題になった。けど、感染者の少なさからか、あっという間に世間の話題から消えていった。
それもそうだ、ほとんど人から人に感染することがないのだから。
けど、母子感染や稀に飛沫感染するそうで、常に少なからず患者がいるそうだ。
一時期話題になっていたので、調べたことがある。
症状は肺炎のようなものらしい。珍しいのは一部の症状と、感染方法だ。この病気の病原体が喉から体内に侵入して、時間をかけて声帯で繁殖する。咳は出るのにほとんど人に感染しない。
感染すると段々と声が出なくなって、完全に声が出なくなると病原体は肺にまで侵食をして、死に至るという。ここまでだいたい一年前後。明確な治療法は確立されてなくて、なってしまったら人生の終了。ゲームセット。そんな病気だった。
僕の知っているのはここまでだった。こんな病気なんて自分には関係なかった。
けど、この病気は僕の人生を大きく変えることになる。
そう、良いようにも悪いようにも。
それにしても、声が出なくなるって言うのは童話の人魚姫の話のようだ。だからだろう、人魚姫症候群とも言われてる。
どこから話そうか、僕がこの病気とどう関わったかを。
一人の、人生最愛の人と言える人物との出会いを。
僕とその人との出会いは、高校の放課後のことだった。今思い返してみると、ちょっとロマンチックな出会いだったかもしれない。
全く忘れ物などをしない僕が、早く家に帰りたい一心で教室を出た結果。宿題に使うノートを教室に忘れて、教室に取りに帰った時だった。
部活がある生徒は、それぞれの場所で活動を初めて帰宅部の僕は雰囲気から浮いていた。
気合いの入った野球部の声や、合わせ練習をしているであろう吹奏楽部の合奏。そんな自分とは程遠い音と気合いに追いやられて、僕はフラフラと教室に入った。
果たしてお目当ての物はすぐに見つかった。さっさとノートをカバンにしまって、教室のドアに手をかける。その瞬間に、微かなメロディが聞こえた。初めは吹奏楽部員の外れた音かと思った。けど、ちょっと違った。
人間が得体のしれない物を知ろうとするのは仕方ないことだろう?昇降口へと向かって動いている足がちょっとずつゆっくりになっていく。
心のなかに知りたいという気持ちが風船のように膨らんで行く。昇降口の目の前に差し掛かった時、その風船は割れ、足がぴたっと止まる。
僕は綺麗なターンをして、教室の方に向かってまた歩き出す。予想どうり、吹奏楽部の音ならいい。けど、違うなら知りたい。音楽とは、僕にとって趣味でしかない。それも、熱烈に好きなようなものでもない。
なのに、うっすらと聞こえたあの音の正体を知りたいと思って仕方がない。いや、この感覚は知らなきゃ行けないという使命感かもしれない。
教室の前を通り過ぎて、廊下を歩く。少し早足に乗っているのが自分でも理解出来る。いくつか教室を通り過ぎたとき、またさっきの音が微かに聞こえる。もう一度聞いて理解した。これは楽器の音じゃない、声だ。音域の高さからして女の子の声だと思う。
声をたどって進んでいくと、ほとんど使われなくなった空きの教室が集まったエリアへと続いている。やめるべきかなんて考えはもうこの時の僕の頭には存在していなかった。止まることなく足が動いていく。
そして、僕は声の元を見つけることに成功した。
校舎の一番端の教室で歌う一人の女の子。夕日が差し込んでいて顔ははっきりと見えないが、透き通るような声とシルエットは地上に降りたばかりの天使のように見えた。
見とれていると突然に声が止まり、それにつられて我に返る。よく見えなかった顔で夕日が隠れ、その顔を確認できるようになった。
僕ははっきりと理解する。
僕は同じクラスのマドンナ的存在と目を合わせているらしい。
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