地球を握りつぶして

ささやか

第1話 ファーストコンタクト

 目の前にラディカンスペルクがいた。

 まばたき。やはり目の前にラディカンスペルク。

 己の正気を疑いながら視線を巡らせる。やはりなんの変哲もない住宅街だ。もう少し進んでから十字路を右に曲がれば自宅に着く。夜のとばりは街灯により端がめくられ、通り魔や怪異の出る幕ではない。しかし頼りなく光る街灯の下、ラディカンスペルクは確かに存在していた。

 そもそもラディカンスペルクとはいったいなんなのだろうか。いや、ラディカンスペルクはラディカンスペルクだろう。自問に自答が返るが全く意味をなしていない。

『こずめすつわ』

「は?」

 ラディカンスペルクから蔦葛つらかずらみたいな怪音が発せられたものの、意味は全くわからなかった。思わず声を漏らすと、ラディカンスペルクはプタリと停止する。そして今度は一部上場企業受付のようなつづら折り式挨拶をした。

『――失礼。こんばんは、はじめまして。これで意思疎通は可能ですか。あなたはホモサピエンスの雄ですね。個体名を教えてください』

「吉川善一よしかずだけど……」

『ヨシカワヨシカズダケド、ですね』

「だけどは要らない」

『ヨシカワヨシカズ』

「そう」

 ラディカンスペルクは素浪湾を開胸し、暖かい砂利色のととと頭部をががが掻いた。

『ヨシカワヨシカズ、助けていいです』

「意味が分からない」

『ヨシカワヨシカズは日本語の理解力が乏しい個体のようですね。助けるとは、己の力を添えることによって、危険や死を逃れさせたり事がはかどるようにしてやったりするという意味です』

「それはわかるよ。俺がお前を助けるってのが意味わからないんだよ」

『私はこの惑星に不慣れなので、現地の知的生命体たるあなたから情報と拠点を得たいのです。無論、あなたを洗脳して改造して搾取することは容易ですが、まずは自発的な助力を得ることが穏当だと判断しました』

 ラディカンスペルクが千の口で盛大に囁く。その内容はさらりと不穏なものだった。

 俺は不本意ながら決断する。

「わ、わかった。わからないがわかった。とりあえず俺の家に行こう。それでいいか?」

『結構です』

 自宅に向かって歩くと、ラディカンスペルクは無数の触手でほろほろと羽ばたいて後をついてきた。到着。玄関を開ける。俺が中に入る。ラディカンスペルクも中に入る。こうして俺はラディカンスペルクを自宅に招き入れた史上初の人類になった。嬉しくない。

 ローンも残っていない一軒家の自宅は、若い男がひとり暮らしをするには十分すぎる住居だった。家族がいたらさぞかし驚いたに違いない。もしもを想像して俺は少しだけ愉快な気持ちになった。

 のどの渇きを覚えたので、キッチンに直行し、冷蔵庫からコーラを取り出す。自分の分をコップに注ぎ終えたあと、ラディカンスペルクに尋ねてみる。

「飲む?」

『頂きます。何事も経験です』

 コップを二個携えリビングに移動する。やわらかなソファで冷えたコーラを味わい、俺がひと息ついたところでラディカンスペルクの説明が始まった。

 曰く、超知性を有する高度次元生命体たるラディカンスペルクは、娯楽として他の星に赴いて気の向くままに活動しているらしい。いい迷惑だ。

「で、具体的には何をするんだ?」

『現地の文明を観察・体験したり、自分好みに綺麗にしたり、資源として創作したりですね。共生から殲滅までまあ自由です。惑星をたくさん移り渡ったり、気に入ってそこに長らく定住したりすることもあるみたいですね。まあ私は初めてなのでしばらくはここにいようかなと思っています』

「なるほど、端的に言って人類は滅亡の危機に瀕してるな」

『矮小なホモサピエンスの視点に立てばそういう評価もできますね』

 ラディカンスペルクはホワイトアスパラガスが繁茂するエッセンシャルスピーカーで反響した。

 俺は頭を抱えたくなった。なので抱えてみたが事態は何も好転しなかった。コーラで糖分を摂取する。少しだけ気分が落ち着くような気がした。すぐに気のせいだとわかった。

 ラディカンスペルクに視線を向ける。渦巻構成のリッペン産アナコンダが毛むくじゃら四つ足のようかと思えば、まばたきすると、殺戮自動販売機する電気鯰のアジト根暗民謡ハイパーのようにも思える。その正体を見極めようと凝視していると頭痛が頭痛して頭痛頭痛…………俺は目を閉じて大きく息をはいた。

「なあ、あんたをずっと見ていると頭がおかしくなりそうなんだが、なんか理由があるのか?」

『下等なホモサピエンスは本来私を認識できないのですが、観測者の無意識領域から汲み取ったイメージをもとに私の姿を構成することで、特別に認識できるようにしています。ああ、それと観測者の精神にも調整を。少し無理をしているので、私を強く認識しようとすると精神に異常をきたす可能性はあります』

「そういうことは早く言え。ということはあれか、俺があんたのことをドラゴンか宇宙人とでも認識していれば、そういうふうに見えるってことなのか?」

『厳密に言えば違うのですが、愚かなるヨシカワヨシカズに理解できるよう簡単に説明すると、確かにヨシカワヨシカズがそのように私を認識すれば、そう見える可能性はあります』

「さよか」

 だがラディカンスペルクはドラゴンや宇宙人などと同一に考えられるほど、俺はおめでたくなかった。こいつはもっと危険な存在だ。

『私はこの住居を拠点としてしばらく滞在しようと思います。よろしいですね』

「好きにしてくれ」

 返答はそれしかない。どうせ俺の意思など路傍の小石より無価値なのだ。問題しかないが問題ないだろう。

『それでヨシカワヨシカズ、何かホモサピエンスが認識できる名前をくれませんか。やはり地球で活動するにあたりホモサピエンスが認識できる個体名がないと不便だと思いますので』

「……リリアーヌ」

『リリアーヌ。いいですね、これから私はリリアーヌと名乗りましょう』

 昔飼っていた猫の名前を言ってみると、リリアーヌはぐろぐろと美術館めいた猛笑を浮かべた。

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