第31話 炎に包まれて②
頬がこけ、目の下にクマを作っている克明さんの顔を僕はまじまじと見つめた。僕は一人っ子なので、妹がいる人の気持ちはわからないが香織ちゃんを、兄として守りきれ無かった事に罪悪感を感じているのだろうか。
背中を強かに打ったばぁちゃんが、僕と変わらないような年齢の姿で腰を擦りこちらに歩み寄ってきた。
「克明さん、一体あの日なにがあったんですか?」
克明さんの話によれば、香織ちゃんとは血の繋がりのない兄妹だったが、本当の兄弟のように仲が良かった。もともと、教員になりたいと思っていた克明さんは面倒見が良く、香織ちゃんの事も兄として世話を焼いていた。
僕はすっかり記憶から抜け落ちているが、雨の日や、僕の家に寄ったり部活の朝練や、遅くなる日などは免許を取り立ての車で、義妹を送り迎えをしていたそうだ。
そんな香織ちゃんが、ある時期から家に帰りたがらなくなったと言う。
思春期の子供に良くある、家族の事を疎ましく思うような年齢にさしかかったんだと克明さんは感じていたらしい。
だが、事件の起きる前日に中学を出たら、島を出て東京の高校に進学するか、就職したいと言い出して両親と口論になっていた。
「十五年前でも、中卒で就職は難しいだろ。香織は……俺が東京の大学に行くのを追いかけたくて、私立高校に行きたかったのかも知れない。ともかく、香織が島を出たがっていたのはわかった……。その理由を聞いても、話さなくて……。
お兄ちゃんには分からないんだ、って言われて俺もムキになってしまったんだ。
あの日の朝、送り届ける道中に喧嘩になって、今日はもう一人で帰れ、と突き放してしまったんだ。だから……俺は……俺は、香織を迎えにいってやらなかった。いつものように迎えに行ってたら、香織は……あんな……あんな、酷い目に合わされて死ぬことも無かった」
そう言うと、克明さんは号泣した。
僕はなんて言葉をかけてやれば良いのかわからず口をつぐんだ。
身内を事件で亡くしたような人に出会ったのは生まれて初めてだ。
例え二人の間に
だが、それを友人でもない赤の他人の僕が言ったところで、殻にこもった克明さんの心に届くとは思えない。
「克明さん、香織ちゃんがあんたを恨んでるんならわざわざ健の所にに姿を現して、あんたを助けてくれなんて言わないでしょう。とにかくこんな所に長居は無用さ」
「克明さん、とりあえずこの邸を出ましょう。ここから出れば絵画の世界から抜け出せるはずです」
「あ、ああ……」
ばぁちゃんの言葉に僕はうなずき、頬がこけてやつれた克明さんの腕を首に回すと僕は立ち上がった。まだ納得していない様子だったがもうそんな事はお構いなしだ。
抵抗する間もなく、克明さんは僕に抱えられるようにして、地下室の階段を一段、二段と登っていく。開け放たれた光が漏れる扉から出れば、僕は梨子の元に帰る事ができる。
きっと、意識を失った僕を心配しているに違いない。優秀な彼女なら僕を救うために
――――梨子に会いたい。早くあの明るい笑顔が見たい。
光を求めるように開け放たれた扉の向こうに手を伸ばした瞬間に、ズルリと赤黒い影が揺らめいた。
僕の網膜に短時間で焼き付いた華やかな着物に、黒くて細いミイラのような手。落ちくぼんだ瞳と抜け落ちて僅かに残る髪。
――――ああ、僕はすっかり忘れていた。
遠山千鶴子はこの邸そのものだってことを。
彼女の秘密が暴かれる度に、部屋は焼け落ちていた。まるで彼女の心と連動するような動きだったじゃないか。
だから僕は、秘密を暴けば彼女の力を完全に弱められると思い込んでいた。いや、確かに他の悪霊や彼女の断片を浄化したぶんの力は弱くなっただろう。
だけど、いくら彼女の断片を浄化して地獄に落としたって、この絵画を外から浄霊しなけりゃ幾らでも内側から新しい彼女の分身が蘇ってくる。
「この館に入ったのが運の付きだったかも知れないね……」
疲労感を隠せないばぁちゃんの言葉に、千鶴子はニヤリと笑みを浮かべた。
だが、背後から男の腕が伸びて絡みついてくる。
「ココデズット イッショヨ 遠山家はもう……ダメダメ……おしまいだ。全部……トジコメテハナサナイ……燃やさなきゃ……」
千鶴子と重なるように兄の達郎が見える。
邸を燃やす事を拒否し、僕や克明さんを閉じ込めておきたい千鶴子と、再び遠山家の恥と罪を
「克明さん、千鶴子を見ないでください! 真っ直ぐ前を見てできるだけ早く走ってください! 玄関まで走ります!」
玄関まで来て脱出できるかわからないが、僕はもう自分の霊感に頼ることにした。龍神様の声は聞こえたんだ。
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