第22話 迷い家の記憶④

 昼間の様子からして、あまり頼りにならないような気はするけど、私よりも霊感が強い事は確かなので、真砂さんを味方につけておいて損は無いだろうと判断した。


「それで、どうやって協力してくれるの?」

「今日の仕事はあの撮影で終わりなの。あの人の家族が来るまで、琉花がここに座っていてあげる」


 一体それのどこが『協力する』ことなんだろうか、と私は内心首を傾げた。まるで心の声を読んだかのように、真砂さんは腕を組むと私を睨みつける。


「人の器を狙おうとするような低級霊なら、琉花が傍にいたら近寄れないの。琉花の守護霊が強いからよ。琉花の守護霊は生前は陰陽師で、襲ってくるような霊がいれば一緒に祓ってくれるってわけ。だから近くにいるだけで結界になるんだよ」

「なるほど、琉花ちゃんの守護霊は生前と同じような意識なんだね、やっぱりいざなぎ流の流れを組む陰陽師かい? それとも、土御門の……」


 だから、無反応のただその場にいるだけの霊は祓えないのだろう。

 でも、遠山千鶴子のように強すぎる悪霊に対しては力が及ばなかったんだろうな、と私は一人で納得した。

 それはそうと、オカルトの事になると目を輝かせて周りが見えなくなる間宮先生に、私は咳払いをして話を中断させた。

 それに気付いて反省するように、頭を掻いて愛想笑いをした先生に私は溜息をつく。

 ともかく、遠山千鶴子のように強い悪霊で無ければ、真砂さんの守護霊が勝手に除霊、結界を張ってくれるそうなので、おばさんが来るまで健くんの事を頼めそうだ。

 

「それなら、真砂さんに頼むよ。もし健くんの意識が戻ったら私に連絡して。おばさんが島から病院に来たらもう、帰ってくれて良いから」


 私は、もしもの時のためにスマホの番号とラインを教えた。真砂さんは頷くと素早く登録してポケットに両手をつっこみ、病室へと入っていった。



「天野くん、浅野清史郎の事ならネットの情報で検索出来そうだけど、遠山家の事は芽実ちゃんが持っていた、絵画の情報くらいしかヒットしないんだ。せいぜい、分かるのは家族構成くらいで……どうするんだい?」

「大学の図書館でなら、何か分かるかも知れません。確か……遠山家の住所って大学からもこの病院からも近かったと思いますし」

「大学ならネットと図書館、どちらでも情報が得られるね。あれだけの強い怪異を起こす悪霊になるには、何かしらきっかけがあったんだと思う。それが見つかれば良いな」



 私と間宮先生は大学に行く事にした。

 今日は、平日なので21時を過ぎるまでの数時間は情報を収集する事ができそうだ。

 健くんは命の恩人で大切な友人、そして相棒だって思っている。今度こそは私が彼の命を救う番だ。


「先生、急ぎましょう」


 私は、間宮先生の車の助手席に座ると大学へと向かった。生徒が教授の車に乗っているなんて、なにか噂されてしまいそうだけど、今はそんな事はどうでもいい。

 私は健くんを絶対に助ける、と言う強い思いしか無かった。



✤✤✤

 

 僕が激しく咳き込み、うずくまりながら顔を上げるとそこにはばぁちゃんが仁王立ちをしていた。

 あの首吊り青年に、祝詞のりとをあげながら印を切ると絶叫しながら浄霊された。彼は自分に接触した霊力のある僕を、自分が死んだ方法で道連れにしようとしたのだ。



「ば、ばぁちゃん……」

「取り込まれないように気を付けろと言うたでしょ。この館の霊に情は無用だよ! 揃いも揃ってこの館の影響を受けてる。ばぁちゃんがいなけりゃ、あんたもここの住人になってたよ」



 前回の悪霊には同情の余地はあったが、無差別に生きている人間を殺そうとするような霊に対しては、ばぁちゃんは容赦が無い。

 生前は善人だったとしても、この館の元凶となっている千鶴子に恋心を抱いていたあの青年は、もろに影響を受けるのかも知れない。



「ばぁちゃん、あの人は自殺じゃないと思うよ。少なくとも僕には……遠山千鶴子と、この館の人間が関係してるように視えた」

「――――健の霊視は当たっているよ。ほらこの部屋を見てごらん。崩れていっている」



 暗闇だった部屋は霊視で見えた上品なサロンへと戻り、アンティークな家具も壁紙もまるで火災の後のように焼け焦げ炭化し、グズグズと崩れていた。

 僕は、あのメイド達の部屋の部屋を思い出して口を開いた。



「さっきと同じだ……。ばぁちゃん、これって」

「この館は生きていて、秘密を暴かれる度に朽ちていってるんだねぇ」



 思えば、遠山千鶴子の事を探ろうとした芽実さんが亡くなり、克明さんを助け出そうとした僕に警告をしていた。そして恐らく僕を殺すために彼女はこちら側に魂を引き込んだのだ。

 名前も、過去も知られたくない、それが明るみになる事を彼女は恐れているのだろうか。



「彼女の過去を辿れば……この館を出られる?」

「そして、克明さんも見つかるよ。この館に飲まれてもうすでに死んでいるなら、魂はあの女のものになってる筈だからねぇ」

「TV局が取材に来て、あれだけ激しく抵抗したのは……克明さんが生きていて、奪われる事を恐れたから?」


 僕がそう呟いた瞬間、サロンの壁がミシミシとひび割れ、地響きがなり始めると僕らは間一髪の所で閉まり始めた扉に体当たりをして、飛び出した。

 その瞬間、ガラガラとそこは崩れ落ちて絵の具で描かれた嘘くさい空の青が見えた。鮮やかな絵の具の青がおぞましい洋館の上に描かれたシュールさは、子供の絵のようで不気味だった。

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