第18話 囚われた魂③

「た、健くん! しっかりして、ねぇっ」


 健くんの体が大きく揺れて、私は慌てて彼を支えるようにして尻もちをついた。

 真砂さんが悲鳴を上げてくれたお陰で、様子のおかしかった間宮先生や上条さん、レポーターの芸人さんが正気を取り戻してくれた。


「なんや、どないなっとるんや……! 照明も電気も全部いかれとる!」

「おい、今の撮ってるだろうな!? しかし、これは……だめだ、洒落にならん。洒落にならんよ、お蔵入りになってしまう」

「いやぁ、いやぁ、克明ぃ……!」


 はっきりと目に見える形の怪奇現象を体験して、全員パニックになっていた。照明さんやカメラマンさんも呆然として硬直している。

 有村さんのおばさんも泣き崩れて、上条さんや芸人さんは、永遠に同じ言葉を何度も繰り返していた。


「雨宮くん、大丈夫かい!? 取り敢えず皆さん落ち着いて下さい! 一旦外に出ましょう」


 間宮先生の一喝で、その場は少し冷静さを取り戻したが、頬を抓っても叩いても反応しない健くんに、私は青褪めた。


「どうしよう、間宮先生……健くん、意識を取り戻さないよ。救急車呼ばなくちゃ」

「わかった、救急車呼ぼう。痙攣してる様子も無いし、呼吸も整ってるから大丈夫だと思うが」


 とりあえず、この絵画の側で健くんを寝かしておくのは危険だと判断した私は、本当はいけない事だろうけど救急車が来るまでに、間宮さんの車まで健くんを運ぶ事にした。


「誰が、健くんを連れ出すの手伝って下さい!」


 正気に戻った上条さんと、芸人さんが自分達が運ぶと言って慌てて健くんを抱え上げる。間宮先生は外に出て救急車を呼び、いつの間にかおばさんとスタッフさんも外に避難していた。

 私は絵画の事なんてもう、頭になくてただ、健くんが無事であって欲しいと言う気持ちしか無かった。

 私があの時、香織ちゃんの依頼を受けようと言い出さなかったら、こんな事にはならなかったのかも知れない。

 健くんのリュックを背負って、足早にこの場から逃げ出そうとした時、背後で絵画を見ている真砂さんに気が付いた。


「真砂さん、何してるの? 早くこの部屋から出て」

「うん。……でもあの人、閉じ込められてる」


 真砂さんが絵画を指差すと、そこには遠山千鶴子の姿は無く、白い洋館を見上げる健くんの姿が描かれていた。


✤✤✤


 気が付くと、僕はあの夢と同じように草原の中に立っていた。

 目の前にはレトロな洋館が建っていて、絵画に描かれたあの遠山邸と全く同じ造りのもので、僕は夢の続きでも見ているのかと思ってぼんやりと見上げた。


「――――夢じゃないよ、健」

「わっ! ば、ばぁちゃん?? あれ? なんで実体化してるの??」


 隣から声がして、僕は一瞬飛び退いた。隣にいたのは霊体では無く、実体化しているうら若き日の巫女姿の雨宮楓が僕を見上げていた。

 ばぁちゃんは仁王立ちしながら、呆れたように孫を見る。


「何でじゃないよ、健。私が実体化してるんじゃない、あんたの魂がこの絵画に吸い取られてるのさ」

「え? 何それ……そんな漫画みたいな事ある?」


 僕は大混乱してしまった。物心ついた時から霊体験や怪異は目にしてきたが、絵画に吸い込まれるなんて、そんなアクロバティックな現象があるなんて……完全に理解が追い付かない。

 幽体離脱ゆうたいりだつを強制的にされたようなものなのだろうか?


「神隠し、と言うのがあるでしょう。なんの前触れも無く一瞬で目の前消えしまうものは、異界に通じるモノに無意識に触れていたりするんだよ。

 例えば、鳥居だとか祀られている石だとか、まぁきちんとした名前はあるけど、そういった神域に触れると、人が居なくなる場合がある」


 ばぁちゃんの言いたい事はわかる。僕も神社の息子なので、神聖な山や石の祭壇、神木等に神域と呼ばれる場所には人は触れてはならないのだと教えられてきた。

 だけど、あの絵画は神域と呼ばれるような場所にあるような代物ではない。


「でも、あの絵画は神聖なものじゃないよね?」

「…………人を取り込むのは神聖なものだけじゃないよ、健。

 ここはあの世とこの世の狭間みたいなもんだよ。どういった理由かは知らんが、あの千鶴子という悪霊、いやもう魔物と言ってもいいだろうけど、あれがこの絵画を入り口にして作った、禍々しい世界だ」


 僕は喉を鳴らすと洋館を見上げた。晴れた空に美しい建物、鳥達の鳴き声は心地が良い。在りし日の遠山邸を前にして僕は拳を握りしめた。


「ここに、克明さんが囚われているのかな……けど、せっかく持ってきた式神や護符も、あっちの世界に置いて来てしまったんだけど」

「恐らくそうだろうね。あんたと違って、体ごと持っていかれたのか……それとも。

 ともかく、この世界に長く留まればお前の命も尽きてしまう。心配しなさんな、ばぁちゃんが式神と護符を持っとるからねぇ。

 それにあんたは、ばぁちゃんよりも霊力が強いし、龍神様の加護が強い。

 いざとなれば、纏めて浄化出来る位の力を持ってるんだから、どこからでもかかってこいっ! と思っときなさい」



 相変わらず、ばぁちゃんは武力で訴えてくる……。

 ともかく、この洋館に入って克明さんを探し無事に脱出する方法を見つけなければ、囚われているあの男性達と同じ運命を辿ってしまう。

 遠山千鶴子が、どうして悪霊になったのか、その経緯も謎も解けるのだろうか。

 彼女を野放しにしていくわけにはいかない。

 僕は、梨子の事が頭に過ぎった。彼女の身に何かあっても駆け付けてやる事が出来無い。


「梨子ちゃんなら大丈夫よ。あんたよりしっかりしてるもんねぇ、相棒でしょう。離れていても力になってくれるよ」

「そうだね……、ともかくあの館に入らないと何も始まらないよ。ばぁちゃん、行こう」


 僕たちは覚悟を決めると、洋館の玄関の扉を開けた。 


 

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