第15話 偽物④

 霊感がある、と言う言葉に琉花さんの表情が一瞬険しくなり、リポーターとディレクターが興味津々な様子で僕を見てきた。なんだかとてつもなく嫌な予感がする。


「へぇー、それはおもろいなぁ。琉花ちゃんと霊感対決するなんてどうや、上条さん」

「いやぁ、素人さんだしねぇ。琉花ちゃんの対決相手させちゃうのは酷でしょ。君、名前なんて言うの。インタビュー位なら出来るかな? そこに座ってるだけでいいし、モザイクもかけとくし、音声も変えるよ」


 いやいや、霊感対決なんてとんでもない。TVになんて出演してしまったら母さんが島中に言いふらしてしまいそうだ。それにこんな事をしている間にも、克明さんの身に刻一刻と危険が迫っているに違いないのに。


「いや、あの……こ、困ります。ここに居る霊達の事も刺激したく無いですし、TVに出るなんて」

「素人さんと比べるのかわいそうだよ、上条さん。この人だって困ってるし、あ、でもギャラリーとしてここに居て貰うならいいんじゃない?」


 琉花さんはそう言って、ディレクターを見上げる。助け船を出されたと言うより、遠回しに馬鹿にされたような気がしたのは、僕だけじゃなかったようで隣の梨子がムッとして、何かを言いかけたのを、必死の表情でなだめると口をつぐんだ。


「まぁ、それでいいか。絵画の方が本番だしここは巻きで行きましょう。有村さんご夫妻と琉花ちゃんスタンバイお願いします」


 顔色の悪いおじさんと、厚化粧のおばさんが琉花さんと向かい合う形になる。僕達三人はソファーに座って、彼等の様子を見ていた。カメラマン、照明、その後ろにディレクターだ。

 僕の隣に座っていた間宮さんが小声で話しかけてきた。


「雨宮くん、やっぱりここにも霊がいるのかい? 僕は全然霊感が無いから分からないや」

「ええ、まぁ」


 僕は曖昧に答えると、カメラが回りだしてリポーターの芸人が話し始めた。克明さんが行方不明になってしまった経緯を話し、ご両親にコメントを求めると、最初は素人特有のぎこちなさで答えていたが、徐々におばさんの方が饒舌じょうぜつになり始める。


「克明は順風満帆じゅんぷうまんぱんでしたよ、自分から行方不明になるなんて考えられません。あの気味の悪い絵画を、引き取ってからなんですよ、ねぇあなた」

「そうなんです、それに何だかこの家にいると体が重くて仕方ないんだ……家内も浮き沈みが激しくてね」


 その言葉に、琉花はあたりを見渡すような素振りをする。霊視が始まったのだろうか。それに気付いたリポーターがカメラに向かって話し始めた。


「琉花ちゃんの霊視が始まりましたね。やはりこの家にも原因があるんでしょうか。琉花ちゃんどうですか?」

「はい、ここにも数体居ます。うーん……もしかしたら霊道がこの家に通ってるかも知れません。絵画が原因と言うより、霊道がこの家の方に移動してしまって憑いたのかも」


 霊道と言うのは、書いて字の通り霊が通る道の事だ。不特定多数の幽霊が見られたりする家はたいてい霊が通る道がある。だが、僕にはあの絵画に、通り過ぎていくだけの浮遊霊が宿ったというような、単純なものではない気がしていた。

 あれは、紛れもなく遠山千鶴子という女性が関係しているだろう。


「え、ええ、そ、それでその霊道とやらは、移動させられるんでしょうか? こ、ここにいる幽霊を除霊して、克明の行方を探せますか?」

「大丈夫ですよ、琉花が幽霊を浄化して霊道の場所をずらします。ここを、浄化させたら克明さんのお部屋にある絵画を浄化します。そして居場所を占ってみますね」


 琉花さんはそう言うと、可愛らしく微笑んだ。深夜にやっているアニメの実写版なような感じで、この家自体が何かのアトラクションのように思える。克明さんのご両親は希望に縋りつくような表情で琉花さんを見ていた。

 彼女はキョロキョロと辺りを見渡すと座り込んでいる男性の霊のもとへと向かった。僕達と同じくらいの年齢の人で、項垂れたまま、床を瞬きもせずに見つめている。


(あの子、視えてはいるんだな……)


 てっきり、外見からはして、全く視えない子なのだろうかと色眼鏡で見ていたがそうではないようだった。だが、手をかざすような素振りをしたかと思うと数珠を握りしめて『えいっ!』を喝を入れてその場を離れる。

 項垂れた幽霊は、そのまま微動だにせず先程と変わらずにそこに存在していた。そして次は天井近くに浮いている女性の霊の所まで行くと、それに向かって喝を入れた。だが、先程と同じく消え去る事も無く浮いたままそこに存在している。


(あれ、あの子……視えてるけど、祓えないのか?)

『はぁ。ほら言うたでしょ厄介やと。オカルトアイドル言うて中途半端に霊の存在が視えとるから面倒な事になる。ほら……あそこの霊が反応しとるわ。余計な事をするから、寝た子を起こしてしまうような事になる』


 ばぁちゃんが呆れたように言うと、奥の方を指差した。中年の作業服を着た男性の霊がゆらり、ゆらりと歩きながら琉花さんの背後から忍び寄ってきた。霊の存在を感知し、除霊をするフリをしていたのだから、彼等にとっては挑発行為のようなものだろう。僕は慌ててリュックサックから式神を取り出した。


『少しは痛い目にあって、インチキ霊能者なんてもの、とっとと廃業すれば良いんだよ。……全く仕方ないねぇ。健、外さず式神を飛ばすんだよ!』


 恐ろしい事を言うばぁちゃんをよそに、僕は手のひらに置いた式神に息を吹きかけるとフワリと飛び上がった。おそらく霊感の全くない間宮さんやディレクター達には式神達は視えないだろう。

 あの廃村の時と同じく、梨子には視えているようで驚いたように目を見開いた。式神はまるで生きている鳥のように動き、素早く琉花さんの横をすり抜けて背後の霊を浄霊じょうれいした。

 霊と会話して除霊じょれいする余裕も無かったのでかなり強引なやり方してしまった。琉花さんは、何が起こったのか分からず驚いたように背後を確認し、そして僕を見つめた。


「…………」

「…………」


 僕は出来るだけ真剣な眼差しで、彼女を咎めるように見上げたが、琉花さんは何故か頬を染めると少しムキになるようにそっぽを向いて言った。


「る、琉花の浄化は終わりました! 次は克明さんのマンションに行きましょう」

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