第13話 偽物②

「わかりました。香織ちゃんの事は聞かないようにします。あくまで僕達は、克明さんの手掛かりだけを追います。あの、出来れば、彼のマンションにある絵画を霊視させて欲しいんですが」 

「――――ありがとう。絵画の方は喜んで霊視させてくれるんじゃないかな。なんせ、あのオカルト番組にも出た、真砂琉花まさごるかにも霊視を頼んでるそうだから。鉢合わせたりしないかなぁ」


 間宮さんは少し、頬を上気させて言った。僕は霊感はあっても、オカルト番組には全く興味がないので、真砂琉花という霊能者がどんな人なのか見当もつかない。

 ばぁちゃん曰く、TVで出てる霊能者の殆どが眉唾まゆつばもので偽物が多いので信用ならんと呆れていたのを思い出した。


「真砂琉花って、有名なんですか?」

「なんだ、雨宮くん……知らないのか。オカルト界隈では有名な女の子だよ。高校出たばかりかな。確か父方が、いざなぎ流の陰陽師で、母方は恐山おそれざんのイタコの家系っていうハイブリット。可愛い子でオカルトアイドルみたいな事もしてるんだよ」


 僕は、へぇ……とだけ答えた。イタコは分かるが陰陽師の流派までは良く知らない。オカルトアイドルと言うのも、いまいちピンと来なかった。真砂琉花の事を熱く語る間宮さんをよそに、僕は早瀬さんの残した大学ノートを取り出して読み始めた。


 あの絵画は、克明さんの祖父が、鹿砦堂ろくさいどうという古美術商で購入したものだと言うこと。販売してもかならず返品される絵画である。

 明治、大正時代を生きた洋画家、浅野清史郎の遺作であり、彼は関東大震災で亡くなっていると言う。清史郎は、画家として食べて行くには収入が乏しく、留学経験を生かして遠山家に英語の家庭教師として雇われたようだ。


 遠山銀蔵とうやまぎんぞうは華族で、妻は昌子まさこ、長男の達郎たつろう、そして千鶴子ちづこの四人家族だったようだ。

 あの絵画の題名は、千鶴子。遠山邸にて。

 おそらく遠山千鶴子とうやまちづこをモデルに描いたものだろう。僕はてっきり島や、あの地方の屋敷なのかと思っていたが、生家は東京にあったという所まで早瀬さんは突き止めていた。

 もちろん、空襲で炎に包まれた東京に、遠山邸が残っているとは思えないが、僕は過去にあったであろう遠山邸の現住所が書かれた部分を写真に収めた。


 さすがに、遠山千鶴子の深い個人情報までは詳しく辿れなかったようだが大きな進歩だ。僕は空白のページまで辿りつくと、先頭まで戻るように捲った。『洋画浪漫』の記事まで辿り着くと指先で写真を撫でた。


(――――印刷された写真じゃ、霊視は無理かな)


 僕は物は試しだ、と額に指を当てて神経を集中させた。

 目が赤く染まっていく感覚がして、写真越しにぼんやりと赤い光が見える。

 その瞬間、頭の中にいくつもの高速画像が頭の中に飛び込んで、走馬灯のように過ぎ去った。



 烏。

 笑う女

 烏。

 古い洋館。

 ギョロギョロと動く片目。

 肉塊。蛆虫。

 千鶴子

 廊下で男が振り返る。

 血の滴るナイフ。

 蠢く男女。

 魔法陣のようなもの。



 僕が吐き気を感じて指を離した瞬間、フロントガラスに何かがぶつかる音がして間宮さんは急ブレーキをかけた。前のめりになって止まると、僕は顔を上げる。どうやら烏がぶつかってきたようで、へしゃげた死骸と血が滴り落ちるのが見え、思わず手で口を押さえた。


「うわっ! 雨宮くん大丈夫かい?」

「は、はい。吃驚した……か、カラスですか」

「参ったな……新車なのに」

 

 間宮さんは、動揺しながら頭を掻くと溜息をつく。僕はタイミング良く烏が飛び込んできた事が偶然だとは思えず、顔色を失った。



✤✤✤


 翌日、僕と梨子、そして間宮さんで克明さんの実家に向かった。

 昨日の事もあり、今日はばぁちゃんの強い要望もあって退魔グッズを忍ばせたリュックを背負っている。

 梨子と間宮さんには、登山でも行くのかとからかわれたが、僕は石橋を叩いて歩く男だ。

 事前にご両親には連絡をしていたが、玄関から出てきたのはおじさんだけで、どうやらおばさんの方は、霊能者の真砂琉花を迎えに行っているらしい。


「すまないね、龍之介りゅうのすけくん。久し振りに来てくれたのに……。家内は克明くんを探し出すのに必死でね」

「いえ、僕こそ最近は線香を上げられなくて……すみません」 


 やつれた様子でおじさんは笑った。

 連れ子とはいえ義理の息子まで行方不明になれば、心身共に疲労してしまうだろう。間宮さんが僕達の事を軽く紹介すると、挨拶をして、居間へと通された。座り心地の良いソファーに座り、おじさんがお茶の用意をする間にばぁちゃんがキョロキョロと辺りを見渡していた。


『この家はこの家で、いろいろ憑いとるねぇ。と言うより、悪いものを招いてしもうとるなぁ。しかし、同業者には会いたくないわねぇ……なんや、オカルトアイドルって』


 この家に悪い気が溜まっているのは、玄関先に立った瞬間に薄々気付いていた。この夫妻の負の感情が、そこらへんの霊を招いているように感じられた。

 ばぁちゃんが言うには、同業者は面倒だから関わらないのが一番だという。昨日から、やけに動画でオカルトアイドルの様子を熱心に見ていた。


「それにしても、真砂琉花が来るなんて凄いね、健くん」

「え? 梨子までそんな。……って、なんで知ってるの。そんなに有名?」


 梨子に耳打ちされ、僕は呆れたように小さな声で答えた。もしかして僕だけ世間に置いてけぼりになっているのだろうか。

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