第3話 夏の終わりの依頼人②
僕と梨子はその後、談笑しつつ焼きそばを二人で分けて食べた。どうやら梨子は霊感が全く無いと思っていたが、母さん曰く体調によっては見えてしまったり感じてしまう体質なんだと言う。恐らく、僕と共にいる事で霊力が研ぎ澄まされ、見える回数も多くなるんじゃないかと言われたらしい。
「梨子は、この間の事件でオカルトとかホラーとか幽霊とか怖いし苦手って言ってたけど……本当に大丈夫なのか?」
「本当は、今も苦手なんだけど正体が分からなかった時の方が怖かったよ。何となく今は仕組みが分かってきたから、少しだけ平気になったの。それにね、あの事件で何となく死んだ人を救えたような気になったから……。将来、何かそういう関係で手伝えるならやってみたいと思ったの」
梨子の言葉に、僕は微笑んだ。僕も彼女と同じような気持ちになったのは確かだ。もしばぁちゃんの言う通り、龍神様の試練で次々と心霊事件が舞い込んでくるなら、その度に有給を取る訳には行かなくなる。今の仕事を辞めてそちらに専念するしかないが、まぁ、今の所は平和だ。僕は腕時計を見ると、そろそろ花火が上がる時間になっていた。この頃になると今よりも人が増えてあたりもざわざわとしてきた。
「そうだ、梨子……、りんご飴買ってそろそろ花火でも……」
「あっ、梨子! 梨子じゃない? 去年ぶりー!」
この夏の一大イベント、花火を一緒に見て梨子との距離を縮める計画に暗雲が立ち込めてきた。前方から女子三人、そして男子二人のグループが寄ってきたからだ。僕も良く知っている相手でクラスで言う所のヒエラルキーの頂点に立つグループだ。梨子はその中に居た訳では無いが、誰とでも比較的仲良くできる梨子にお声がかかったのだろう。
ちなみに言うと、僕は一回も彼らの前で、と言うより人前で霊感があると自慢した事なんて無いのだが、霊が見えると
「元気してた?
「うん……本当に。お墓参りはしたんだけどね。あっ、それなら雨宮くんも一緒だけどいい?」
「あ、誰かと思ったら雨宮じゃん! 今も霊が視えるとか言ってるの?」
「本当だ、雨宮だ。私達は別に良いけど……ね」
僕は、ハハと乾いた笑いを浮かべた。
あからさまに嫌そうな雰囲気を察して、僕は
「うん、今日は母さんは帰って来ないしさ、家事もたまってるから気にせず行っておいでよ」
「でも……健くん。後でLINEするね」
僕はできるだけ、梨子に気を使わせないようにして笑顔で頷いて心で泣いた。いや、前向きに考えよう、僕にしては夏祭りに梨子を誘えて屋台巡りが出来たんだ。さよなら梨子と一緒に見る筈だった打ち上げ花火……我が家のベランダから見る事にする。僕は手を降ると人混みの中に消えた。
「梨子さ、なんで雨宮なんかと一緒にいたの? あんなのと付き合うのやめなよ。良く知らないけど、お母さんが拝み屋っていうか変な宗教してるんでしょ? 霊が見えるとかってただの幻覚じゃんね。気持ち悪い」
「……そう言う事言うの、やめてくれない? おばさんも健くんも良い人だよ。私、やっぱり帰るね」
梨子は、ムッと顔をしかめるとそう言って、彼らの制止を振り切ると人混みに紛れた健を追いかけた。
✤✤✤
彼らの件もあったが、梨子と談笑していた時から目の端で誰かに見られるような奇妙な感覚があった。人混みの中でみた、あのセーラー服の少女の事もあるし花火が終わったら直ぐに帰ろうかと思っていた。人通りの波を抜けて、島民達が向かう方向とは逆方向に歩いていた。徐々にはしゃぐ人々の声が途切れて、人がまばらになってくると、後方から下駄で走ってくるような音が響いた。
何事かと思って振り向くと、梨子が手を振りながら小走りで走ってきた。
「健くん! 待って!」
「あれ、梨子……? 皆と一緒に花火見ないの?」
僕はドラマのような思わぬ展開に、顔が熱くなるのを感じた。どういった理由なのか分からないが、梨子は僕を追いかけてきた。さすが元陸上部なので、下駄で軽く走っても直ぐに追いつける程だ。少し息を切らして、団扇で自分を仰ぐと言った。
「はぁ、疲れた……! 健くんと約束してたしね、やっぱり断っちゃった」
「そっ、そうなんだ! それなら、あのさ……我が家のベランダからも花火見れるんだけどとう? もちろん、終わったら車で送ってくしやましい事はしないから!」
僕はもうこのチャンスを逃すまいと、あくまで紳士に誘ってみた。当然やましい事をするつもりも無いので誠実に。梨子は、きょとんとしていたが、面白そうに笑った。
「健くんは大切な友達だし、そんな事するような人じゃないって分かってるから大丈夫だよ」
「あ、うん、そうだよね……ハハハ」
僕は何とも言えない悲しみが心の底から湧き上がるのを感じつつ、笑った。男として見られてないのかと言う悲しみと、信頼されている喜びで心がカオスだ。ともかく花火は一緒に見れる。今から実家に帰って用意をすれば、打ち上予定時間ちょうど位にはなるだろうか。
僕は梨子を連れて、実家へと続く夜道に再び視線を戻した。
「――――」
点滅する街灯の下で、セーラー服の少女が背中をこちらに向けて立っていた。おさげ髪に白のハイソックス。両手はだらんと下に垂らしていた。街灯の光があるにも関わらず耳から上が暗くて見えない。そう言えば、先程凝視していた時の彼女の印象も顔もはっきりと覚えておらず、曖昧だ。ただ妙な懐かしさだけは感じられる。僕は一瞬息を飲んだが、梨子に悟られ無いようにして言った。
「じゃあ、行こうか」
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