せん妄再び

 母が急にコップをひっくり返すようになった。

 コップを持っている手の力が抜けて、コップを落してしまう。

 起きている様で、体がうとうとしているよう。

 眠気で舟をこいでいるような感じだった。

 これで食事中は、ずっと付きっきりになった。

 コップを持っている手を、下から支えなければならない。


 お箸がうまく使えなくなった。

 夕飯がうまく食べられなくて嫌になったのか、おやつの横綱あられを出し、食べ始めてしまった。

 仕方がないのでトマトをお箸でつまんで口に運んだ。

 おかずはもう要らないらしい。

 ご飯も。


 つい一週間前までは普通に使えていたポータブルトイレが使えない。

 ふたを開けるだけでなく、便座を上げ、中のバケツまで持ち上げて、ひっくり返してしまった。

 おむつ用の尿取りパットで畳の水分を取り、カーペットは洗濯した。

 便が混ざっていなかったのは、幸い。


 夜昼が分らなくなった。

 夜中にトイレで目が覚めても、今が昼なのか夜なのか分からない上に、つい一週間前まで普通に使えていたポータブルトイレが分からない。

 呼ばれるので、夜中に3・4度のトイレ介助が必要になった。

 

 抱えてパンツを下げ、ポータブルトイレに座らせても、それが今まで使っていたポータブルトイレとは分からない。

「早くトイレに連れて行って」

 と、言う。

「今座っているのがトイレ」

 何回か説得して、使ってもらう。

 トイレットペーパーを使いやすい大きさに畳んで渡す。


 少し前から拭いていない疑いがあった。

 本人は拭いたと言っているけど、ポータブルトイレや、トイレの中に紙がないので、たぶん拭いていない。

 トイレで便が出た時は、仕方がないので私が拭く。


 体の痛みや、頭の痛みを訴えている。


 急な変化。


 1月11日にお風呂で失神して、救急搬送をしてもらった時に、頭のCTは撮った。

 脳腫瘍、脳内出血が中心だとしても、脳に異常は無いと言われた。


 2月8日に介護保険更新の調査があった。

 調査員が、認知症のテストをして行ったが、特に認知症は認められなかった。


 なのに急激な変化。

 認知症と言うより、やはりせん妄を疑う。


 一番せん妄を疑う根拠になるのが、3月9日から再開したアムロジピン、血圧を下げる薬だ。

 この薬を飲み始めて、一週間ほどした辺りで変化が出始めた。

 コップを落し始めた。


 思えばこの薬。

 入院前には、かかりつけ医で処方されていたのに、入院中になぜか、処方されなくなっていた。

 せん妄の一因だったのか、何か副作用が出たのか。

 今までは、謎のままでも良かったけど、今回は理由を問い合わせる必要があると思った。


 もちろん問い合わせた。

 代表番号に電話して、事情を説明した。

 入院中に処方されなくなったアムロジピンとロサルタンカリウム。

 その中のアムロジピンを再開したら、副作用とせん妄が出たので、薬を中止した理由の情報が欲しい。

 その情報と合わせて、掛かり付け医に薬について相談したい。

 そう告げると、病院の電話受付は、

「しばらくお待ちください」

と、電話を保留にした。

 ずいぶん長い間待たされた。

 きっとあっちこっちに当たってくれているのだと思う。

 再び電話口に出た受付は、

「支援室の担当は、結城(仮名)でしたか」

と、聞いて来た。

 あの、『閉鎖病棟』で紹介した、優木まおみ似結城さんだ。

「ええ、そうです」

「では、調べさせていただきます。

お時間いただきますので、一度電話を切らせていただいて、折り返しお電話させていただきます」

 朝の十時頃の事。


 電話がかかって来たのは、昼の三時過ぎだった。

 聞き覚えのある声、しゃべり方。

 結城さんだ。

 いろいろ気遣ってくれて、相変わらずべっぴんさん。

 回答も、医師、薬剤師にきちんと記録を調べてもらったと言うのが、手に取るようにわかる。

 結果、入院時に持参した処方薬の中に、アムロジピンとロサルタンカリウムは、無かったと言う記録になっているとの事だった。

 母の入院が、4月8日。

 処方されていた薬は、4月21日まではあったはずなのだけれど、薬を病院に持って行く時に、お薬手帳と照らし合わせて、確認して持って行ってはいない。

 母がまとめていた、薬が入った袋をそのまま持って行った。

 ただそれだけ。

 今なら、処方された薬は把握しているし、薬の名前、目的、副反応まで記憶している。

 薬局でもらう説明書きだけでなく、電子辞書でも調べる。

 アムロジピンの副作用は、説明書きにはない頭痛や眠気、めまいなど、より詳しく電子辞書には載っている。


『アンサングシンデレラ』で書いたように、デイサービスへの対応で、処方薬の副作用にある症状なのか、回答しなければならない。

 コロナ禍の今、発熱に関してはなおさら。


 とりあえず当時は、二人介護になったばかりだし、バタバタしていたので、持って行った薬の中に、血圧の薬は無かったのかもしれない。

 話が進むにつれて、どんどん可愛さを増す結城さんにお礼を言う。

 入院中に、薬による副作用は無かった。

 そして、丁寧に調べてくれたのに、費用請求も無かった。

 久しぶりに結城さんと話して和んだ。


 アムロジピンを中止して二日、母の症状は改善している。

 ただ、入院中にせん妄を発症した母は、少しの切っ掛けで、せん妄が出やすくなっていると思う。

 年末の下血での入院も、ぎりぎりだった。

 今度は再開した薬の影響があったのだろう。


 一度なると、せん妄は癖になるのかもしれない。


 コロナの奴ぅー。


 薬の変更一つで、一気に介護負担が増える介護離職者たちにベーシックインカムを。

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