怖いおばさんが来る

 私が100%両親二人の医療介護をしている訳では無い。

 妹がいるからだ。

 でも、医療介護のほとんどを、私が担っている。


 数年前、

いったい何つ子ちゃんが入っているの?

と言う位、妹のお腹は膨れ上がっていた。

 テレビから得た知識を照らし合わせると、卵巣の腫瘍、卵巣の水疱が、予想される。


「病院に行け」

 家族は進言した。

「今どこが一番良いか、調べている」

 そう言っている間に、とうとう動くことすら出来なくなってしまった。

 そうなってしまうともう、救急車を呼ぶしかなかった。


 救急車で運ばれた病院で処置はしてもらえたのだが、婦人科の医師は大学病院からの通いで、週に一日しか来ない。

「ウチで引き取ります」

 医師の提案で、大学病院に転院することになった。


 手術の日程も数日後に決まっていた。

 そんな時の深夜、零時前、病院から電話がかかって来た。

「急激に血圧が低下しているので、すぐに来てください」


 家には車がない。

 すでに電車もない。

 花金とやらでタクシーがなかなかつかまらない。

 順番待ちを経て、やっと来たタクシーに乗って、大学病院へと向かった。

 一万円近くのタクシー代を払って、集中治療室へ。


 集中治療室の中の、待合室みたいな部屋で、待機させられる。

 すぐに医師が来て説明が始まった。

 血圧が30くらいまで下がって危険な状態だと言う。

 それが夕方位からだと聞いた。


 だったら、終電がなくなる前に呼べよ。


 正直むっとした。


 それからは一、二十分ごとに説明に来る。

「今からこのような処置をするので、同意書にサインをしてください」

 それは午前三時過ぎまで続いた。

「手術室が開いたら手術を始めますので、それまで待機室でお待ちください」

 手術を受ける患者の家族控室で、仮眠をとるように促されたが、暖房を入れても、寒すぎて寝れなかった。

 母と二人、ありえない時間に控室で待機させられる。


 手術が始まると、病棟の面会室に移動させられ、またそこで待機する。

 その間も説明と、同意書のサインは続いていた。

 手術が終わったのは夕方だった。

 正直起こされて気が付いた。


 左右の卵巣の腫瘍以外に、十二指腸潰瘍で指が通るほどの穴が開いていた。

 当然手術で穴は塞がれているのだが、炎症を起こしている腸と言うのは、はんぺんや竹輪のようにもろいそうだ。

 縫った糸が腸を切ったり、再び穴が開いたりした時は、その時はあきらめてくれと言われた。

 後は無事にくっついてくれるのを待つしかない。


 普通は手術が終わったら説明を受けて帰宅なのだが、プロセスが通常ではないので、手術後安定するまで、また待機を指示された。

 ようやく待機が終わって家に帰りついたのは、二十四時間後の深夜零時前だった。


 ちなみに当然その間父は、家にいた。

 まだ歩く事が出来た父は、料理用の岩塩を氷砂糖と間違え、舐めていた。

 口に入れてしょっぱい事に気づいたのなら、捨てればいい。

 それを元の袋に戻してあったのだ。

 結局岩塩は、すべて捨てることになった。

 なぜ戻すか理解できない。


 その後しばらく、集中治療室での治療が続いた。

 お腹には何本もの太い管が入っている。

 何週か集中治療室での治療が続いた後、集中治療室がいっぱいだという理由で、準集中治療室に移された。

 準集中治療室と言うのは、病棟のナースステーションの前にあり、壁はガラス張りで常に看護師に観察されている部屋だ。

 相変わらずお腹に太い管が何本も入っている。

 そのため鎮痛剤が点滴で入れられている。

 意識があるようで、半分寝ている。

 夢半分、現実半分なのだ。

 だから、今見ている夢を現実に話す。


 中でも看護師を恐怖のどん底に突き落としたのは、病棟を徘徊する悪霊だった。


「怖いおばさんが来た」

「あら、私の事かしら」

 私の事でないことは、看護師もわかっている。

 見えない誰かがもう一人いるのは、怖すぎるのだ。

 それが、聞かされていた病棟を徘徊する悪霊ならなおさらだ。


 ただ、病棟にいるのは悪霊ばかりではない。

「霊子さんが来てくれたから、もう大丈夫」

 悪霊から守ってくれるホワイトゴーストも居る。


 幽霊に関しては、看護師から連絡を受けた精神科の医師も診察に来ていた。

「普段からそんな事を言っていたのですか」

普段からそんな事を言うのは、お兄ちゃんの方ですと、母は言いたかったかもしれない。


 それについて興味があれば、「ホントにあった天河怪談」を呼んでくれればいい。


 それはそれとして、妹が大学病院で悪霊旋風を巻き起こしていた時、テレビではネプチューンの「あなたも知るかもしれない話」と言うのがやっていた。


 その中の一つのエピソードが、生死をさまよう大病をした事で、霊能力に目覚めたというものだった。


「これでうちの妹も、霊能者かぁー」

 と、テレビを予言のように見たのだが、無事お腹のチューブが抜かれ、鎮痛剤、麻酔が抜けた後は、

「そんなん知らん」

ほとんどの事を覚えていなかった。


 チューブが抜かれた後は、最初に救急車で運ばれた病院へと転院になった。

 リハビリ入院だった。


 お腹が膨れ上がっていた事で、腹筋が伸び切ってしまっていて力が入らない。

 歩くことはもちろん、まったく起き上がれなくなっていたのだ。


 幸いリハビリで、歩けるまでに回復した。

 ただ、回復に至るまでにたくさんのアレルギーを身につけていた。

 大豆や玉ねぎを始めとして色々な食材にもアレルギーがあるが、その匂いでもアレルギーが出る。


 もうそうなると医療介護で担える部分は極端に限られる。


 介護の栄養管理で、アレルギーの出ない食材だけと言う訳にはいかない。

 何にでも入っている大豆を避ける訳にはいかない。

 妹にアレルギーが出る食材も調理する。


 そうなれば、接触が出来ない。

 ストマーの管理もできない。

 また、力仕事もできない。

 結局医療介護の負担が、こっちに来る。


 ほぼ、一人で二人看ているのと変わりない。


 介護離職者に、ベーシックインカムを。

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