告白
横井慎一郎
告白
─────ずっと、君になりたかった。
夕日に照らされて、彼のピアスが
何の特徴もないシルバーのリングピアス。
僕は、このピアスがとても好きだった。
「…なに、急に」
驚きと、不快感が混ざったような声色。
「俺になりたかったって、どういうこと」
「憧れ。河辺みたいな人になれたら、きっと毎日が楽しいんだろうなって思って。とりあえず、イメージチェンジと言うか、遅めの高校生デビューと言うか、ほら」
髪を耳にかけて、ピアスを見せる。
何の特徴もないシルバーのリングピアス。
意識して買った訳では無かったが、河辺がつけているものと似たようなデザインだった。
「俺みたいになりたいからピアス開けるって、意味分からねえよ」
呆れたように言いながら、彼はピアスを雑に外した。ピアスホールから、じわじわと血が滲んで出てきている。
「血、出てるよ」
「……塞がってたホール、無理矢理こじ開けたから」
河辺は親指でぐっと耳を押さえつけた後、血を拭った。それでもまだ、血は滲み出ている。
「校則は守るタイプだっただろ、お前。」
「ピアスは校則違反にならないよ」
少し驚いたような表情を見せた後、河辺は小さく「そうじゃねえ」と呟いた。
河辺が何かを言いたそうにしている間、横目で春の夕焼けを眺めていた。三月の夕焼けは、ほんのりとピンク色が混ざっている。
この景色に名前の付かない感情を抱くのは、きっと今日が最初で最後なんだろうと思いながら、河辺が口を開くのを待っていた。
「
沈黙が続いた後、河辺は絡まった糸を
「憧れ。ただ、それだけ」
しかし、間髪を入れずに返事をしたせいか、河辺は完全に困り果てていた。
卒業式の日に、
また、
お互いに黙り始めてから何分経ったのかは分からないが、いつの間にか外の夕焼けが徐々に夜に飲まれ始めていた。
「そろそろ帰らなきゃ、門が閉まるよ」と言うと、河辺は
「河辺、僕は困らせたいんじゃなくて、河辺に憧れてるって伝えたかっただけだから」
多分、こんな事を言っても感情に大きな変化は起きないんだろうとは思っても、言うしかなかった。まるで、告白をしてフラれた後のような気不味さが僕らの周りで漂っているようだった。
「河辺も早く帰った方がいいよ。何かごめんね、困らせて。今日のことは、忘れてくれていいから」
────本当に告白をしたみたいだ。でも、告白した側の発言を自分がしているはずなのに、フラれて傷付いているように見えるのは河辺の方だった。
「真崎」
教室から出ようとすると、河辺から呼び止められた。何を言われるのかと不安に思うと、体が少しだけ
「俺も、お前になりたかったよ」
そう言うと河辺は、困ったように笑った。
血が乾いた耳を見て思い出した。
ピアスを外した時に、塞がっていたピアスホールを無理矢理開けたと言っていた。思い出したが、河辺は高校二年の頃からピアスを付けなくなっていた。
「お前は俺に憧れてるって言ってたけど、俺はお前に憧れてたよ」
教室が、完全に夜に飲まれた。
微かに残っていたはずの夕焼けも、河辺の困ったような笑顔を隠すように消えていった。「帰るか。多分、門閉まってる」
言い逃げのように、河辺は教室から出ていった。咄嗟に「待って、河辺」と呼び止めようとしたのに、上手く声が出なかった。やっと声が出た時には、河辺は既に階段を降りていて、見えなくなっていた。
お互いがお互いに憧れて、それになろうとしてすれ違っていたことを、どうして最後に知ってしまったんだろう。
すっかり暗くなった学校の中を一人で歩きながら、河辺が言ったあの発言を思い出していた。
河辺が僕のどこに憧れていたのかは、きっと一生分からない。でも、僕は君が憧れるような人間ではないのに。
いつか憧れを追い求めて、同じようになろうとした自分を今更否定するかのように、シルバーのリングピアスをゆっくりと耳から外して、ズボンのポケットに入れた。
──────俺は、お前になりたかったよ。
そう言った時の河辺の困った笑顔が張り付いて、一生消えないような気がした。
消えかかる夕焼けに照らされながら煌めいていたのは、僕のピアスだけだった。
告白 横井慎一郎 @yk_25
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