第49話 16歳
紗奈さんは電話越しに、俺に訴えかけてきた。
「皆好き勝手言いすぎだよ……私だって……私だって……」
「まあまあ、落ち着いて。ごめんね、俺も紗奈さんがあんまり要求に応えてくれるもんだから、つい調子に乗って……」
「私だって、あそこはこうしたいとかあったのに……皆が責めるように言ってくるんだもん……」
俺は紗奈さんの嘆きを聞きながら。後悔の念に捕らわれた。あーもっと優しくしてあげればよかった。やってるときは夢中だもんなあ……
「紗奈さん、ごめんね。もっと紗奈さんの意見も聞けばよかったね」
「……」
「これからは、俺もちょっと気を付けるよ。それから、これは余計なことかもしれないけど、皆の要求に残らず応えられたってのは凄いことだと思う。それは自信にしていいことだと思うよ」
「……そうかな」
「そうだよ。誰にでもできることじゃないよ。やっぱり紗奈さんには才能があるんだから、もっと自信を持って!自分の意見も積極的に言っていこう」
「……才能とかよくわかんないけど、でも、少し元気出た」
「なら良かった。才能あるっていうのは何のお世辞でもないからね。俺が思ったことを素直に言っただけだから。だから、泣くのはやめよ?ね?」
「……うん、分かった。もう泣かない」
「良かった。じゃあ、明日も頑張ろうね」
「うん。わざわざ電話してくれてありがと。……好きだよ、遠藤君」
「俺もだよ。じゃあ、また明日学校で」
電話を切る。
ふう。何とか納得してくれた。最初はびっくりしたなあ。いきなり泣いてんだもんな。でもそれだけ俺らがプレッシャー掛けてたってことだから、ほんとに気を付けないと。しかし、ああいう弱ってる紗奈さんも可愛いな。慰めるのも悪くない。最後、好きって言ってくれたし。うひょ。マジ俺もうリア充なんじゃね?……まあ実際は手も繋いでないんだけどさ。
さて、マジでこのまま行くと明日にはデモテープが完成するな。そうすると、それがアマチュアバンド大会の実行委員会か何かに送られるわけだ。メンバーとかの紹介も付けるだろう。そうすると……俺が親父の息子だってバレちゃうかな……いや、自分から言わなきゃ大丈夫か。
でも待てよ。むしろそれを売りにしたらどうだろう。まあ親父もそんな大御所ミュージシャンじゃねーから、そんな経済効果はないかもしれないけど、デビューするのには話が進みやすいかもしれない。だけど……
親父は俺にとってどんな存在なんだろう。家にいないことも多いし、お袋が死んでからは余り関わらなくなっていった。確かに親父きっかけでギターを弾きだしたんだけど、いつしか自分の感情のはけ口としてギターを弾くようになった。でもこうしてバンドを組んでみると、親父の凄さみたいなのは感じる。親父はバンドを何十年もやってきたんだ、酸いも甘いもかみ分けているだろう。それは俺にはないものだ。
俺は、何か出来事が起こる度、手探りで答えを探さなきゃいけない。でも親父は経験でそれを処理できてしまうんだろう。「三十歳以上は信じるな」とはパンクの名文句だが、きっとそんなことはない。確かに初期衝動は若いうちの方が強いだろうけど、それを昇華させて円熟させたんだ、親父は。そんな親父と同じ土俵に立てるのか?立つ覚悟があるのか?俺は。
しばらく考え込む。……やっぱり今の俺はバンドがやりたい。それがいいとか悪いとか、他人の評価はどうでもいい。あのメンバーでバンドがやりたい。きっとその思いがあれば立ち向かっていけるんじゃないかと思う。それは信じるしかない。そして積み重ねていくしかないんだ。
よし、覚悟も決まった。デモテープすげーのを作ろう。どっかの有線で流れたら、誰もが一瞬動きを止めてしまうような、凄い奴を。
そして、次の日。いつも通りの道で村田姉妹と出会う。紗奈さんも笑顔だ。良かった。
「いよいよ今日デモテープできそうっすね。できたらどうします?加奈さん」
「決まってるじゃない。当然大会に応募するのよ。今募集してるアマチュアバンドの大会は大体チェックしてきたからね」
だろうね。まあ、それが目的だからそう言われるのは百も承知だったが、加奈さんのブレなさを少し感じたかったから、敢えて聞いてみたんだよ。
「じゃあ、紗奈さん今日は頼むよ。凄い奴かましちゃって!」
「凄い奴ってほどでもないけど……頑張ってみるね」
「そうそう、その意気だよ」
紗奈さんも表現の仕方こそ控えめだが、俺には分かる。気合十分だ。こりゃいいものができそうだ。
昼休み、弁当もそこそこにデモテープ録りをする。昨日のように皆好き勝手に紗奈さんに要求するが、そんな時、
「ちょっと待ってください、紗奈さんの意見も聞いてみましょうよ」
と、フォローを入れるようにした。そしたら紗奈さんもきちんと自分の意見を述べるようになった。そして皆紗奈さんの意見を尊重するようになった。言ってみるもんだな。
そんなやり取りをしばらく行い、昼休み中には間に合わなかったが、放課後、ついに歌入れが終わった。後はコーラスを入れて完成だ。いよいよ最後だ。俺は気合を入れてコーラスを録る。そして……完成した。俺らの初めての音源。全くの手作り。多分聞く人が聞けば、素人が録ったって一発で分かるであろう音。でも……かけがえのない物だ。ここに”今”が詰まっている。これを十年後、二十年後聞きなおしたしても、きっと”今”に戻してくれるだろう。そんな音源だ。
さて、これをダビングして、しかるべきところに送らないとな。加奈さんが指揮を執って送り場所を選定していく。
数日後、いくつかのバンド大会の運営から加奈さん宛に返答があった。
俺らはついに、ライブデビューすることになったのであった。
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