第39話 中身はなくてもイメージがあればいいよ

 ライブハウスか……この言葉には実は俺は聞きなじみがあった。




 親父が昔からライブハウスで演奏する姿を見てきたからだ。俺の親父はそれ程売れてるとは言えないミュージシャンだ。だから、たまーにでかいとこでもやれたりするが、ライブハウスで演奏することも良くあるのだ。だからガキの頃はよく連れられて行った。独特のヤニ臭い空間……初めて聞いた時にめっちゃびっくりした爆音……しばらく遠ざかっており、もう行くことはないかもしれないと思っていたライブハウス。まさか自分が演奏する方で目指すことになるとはね……




 待てよ……レコード会社にもデモテープ送るとか言ってたよな。もしかしたら、それで誰かの目に留まってデビューしたりするかもしれない訳だ。そうすっと俺は親父のライバルになるのか!?……うーん、複雑な気持ちだ。俺と親父が同じ土俵に上がる日が来るとは……何とも言えねーなー……




 でも、このバンドをやめる気はない。むしろずっと続けていきたい。だったら親父でも何でも乗り越えてやる!決意を新たに俺は練習に励むことにした。




 数日後、俺たちは2曲目のオリジナルに取り組んでいた。今回も変わらず俺がメインの作曲をし、それに加奈さんと紗奈さんが歌詞を考えるという形だ。一曲目のオリジナルはタイトルが「rainy days」に決まった。まどかさんが英語のタイトルがいいと提案し、曲の何となくのイメージから皆で案を出し合って決定した。一曲目の形ができたので、2曲目に取り掛かっているという訳だ。




 今回の曲を作るに当たって、俺は一つのリミッターを解除した。リミッターといっても技術的な側面ではない。妄想的な面だ。今まで封印してきた紗奈さんとのいちゃらぶや、俺を好いてくれている女子とのやり取りを限りなく限界まで妄想し、それを曲にぶつけたのだ。結局表現とはリビドーなのだ。親父を超えるためなら何でもやるぜ!




 例えば……








 


 「紗奈」




 「なに?和人」




 「俺やっぱりお前がいないとだめだわ。お前なしじゃもう、どう生きて行っていいか分かんない」




 「そんな……私なんて大したことしてないよ?」




 「違うんだ。お前が生きていてくれるだけで、そこにいて呼吸をしてくれているだけで、俺は生きていけるんだ」




 「和人……恥ずかしいけど……でも、嬉しい……」




 どちらともなく、体を寄せ合う俺たち。




 じっとお互いの顔を見つめた後、そっと唇と唇を重ねる。




 それは世界で一番優しいキスだった。




 時が止まったかと思えるほどの長い長い一瞬。




 2人がもう一度離れたとき、再び時が動き出す。




 「和人……私、和人のためなら何でもできるよ。私、和人になら……私の全てをあげてもいい。ううん、和人じゃなきゃダメなの」




 「俺もお前じゃなきゃダメなんだ紗奈。俺も全力で紗奈の全てを受け止めるよ」




 そして2人は体を重ね合わせ……










 といった感じの妄想を果てしなく突き詰めていった。不思議と以前のような罪悪感はない。むしろその感情が全て曲に昇華されていく感じだった。




 他にも紗奈さんだけではなく……








 「和人」




 「何ですか?加奈さん」




 「さん付けはやめてって言ってるでしょ。呼び捨てで呼んで」




 「どうしたの?加奈」




 「私、和人のことを考えると胸のあたりが熱くなって……どうしようもない気持ちになっちゃうんだ。自分じゃもう止めようがないのよ」




 「え?ちょっ、まっ」




 無理やりに唇を重ねてくる加奈。俺は最初こそ少し抵抗したけど、直ぐにぎゅっと加奈の体を抱きしめる。




 「ん……」




 加奈は俺の舌に自分の舌を絡めてくる。今まで感じたことのない感触。それはとても濃厚で、甘い香りと味がした。




 「ん……ふう」




 何十秒経っただろうか。加奈が唇を離してもまだ頭がぼーっとしている。それ程に濃密な時間だった。




 「和人。私をあげる」




 「加奈……俺でいいの?」




 「和人以外の男なんて男じゃないわ。和人じゃなきゃだめなのよ」




 「ありがとう加奈……」




 そして俺は手を伸ばし加奈の体に触れ、制服のボタンを外していく……








 ……みたいな感じで妄想を広げていく。




 これ以外にも、勿論カスミさんや愛花ちゃんも俺の毒牙にかかったことは言うまでもない。こうしてできた曲だということを知らずに皆聞いているわけだ。だが、評判は上々だった。やっぱり人間何からの感情を爆発させた方が、良いものができるということだろう。




 「遠藤君、新曲いいじゃん」




 まどかさんが素直に褒めてくれる。そういえばまどかさんだけは俺の毒牙にかかっていない。しかし、あなたの妹は既に……ふふふ。って変態か俺は。




 ……って変態だな。考えてることだけ見たら。でも変態でいいじゃないか。天才とは皆どこかしら変態性を持っているのだ。




 「じゃあ、また歌詞を考えなきゃね」




 と加奈さんが言う。




 「この前みたいにあんまり抱え込まないで、どんどん皆で煮詰めていきましょうよ。そうしないと加奈さんの負担が大きいですよ。紗奈さんもいるんだしとにかく抱え込むのはなし!いいっすね?」




 「分かってるよ。もう、皆を信じてるからね。ちょっとでもできたら、皆の意見を聞くようにする。それに紗奈の意見も取り入れるよ」




 「私も頑張る!今回は絶対に私も、役に立って見せるから!」




 皆、意気揚々としている。一人じゃないっていいなあ。








 しかし、そうは問屋が卸さないのが世の常だったのだ。


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