part 9
果たして決勝戦を明日に控えたその時、アルバトロス女学院の宿舎には一人の男性が招かれていた。
大柄で丸太のように太い腕を持ち、見るからに粗暴なその大男はおよそ花園と揶揄される場所にふさわしくなかった。
「……お呼びしたのは他でもありません」
「…………」
「あなたの事情は重々承知しています。その上で、こちらの提案を受けてもらいたいのです」
「…………」
口下手なその大男は、腕を組んでしばし黙考。それから、ようやく顔を上げて口を開いた。
「機装がねぇ」
端的な言葉だった。しかし、その言葉を聞いてトドロキは返す。
「あります」
すっと指が動いて、その荷物を指した。
「一つだけ。まだ一つだけ、継実高校には機装が残ってます」
言われて、継実高校部長。弐ノ神は表情を変える。
「……それは、だが……」
「私たちの機装も既に、私の物も含めて破壊されています。よほど優秀なメカニックでもいない限り、今すぐ同じ物を新品で用意する事はできません。ですがそれでも、我が校には一機だけ戦える機装が残っています」
トドロキは悔しそうに拳を握った。
「本当なら私自ら砲を担いで行きたいのです。でも、もうその腕も、足も、残っていないんです。残った一人に託すしかないんです」
涙混じりに、しかし強い意志を持って弐ノ神を見るトドロキ。
「でも! あなたの剣はまだ折れていない!」
絞り出すようにトドロキは続ける。
「あなた自らが炎の中から守り抜いたあなたの誇りは、まだ残っています! ……ヒーロさんから聞いています。何でも斬れると噂に名高い、継実高校の名剣は、今でもそこにあるのだと」
「……あの剣も壊れかけだ。そう何度も振り回せる状態じゃ……」
「いいえ。あなたがいます。あなたという剣が継実高校にはあるのです。胸を張って下さい。あなたの太刀筋を一回戦で見ました。それは二の太刀要らずの一撃必殺。何度も振り回す必要などないはずです」
弐ノ神の大きな拳が握り込まれ、しかしすぐに力を失ったように緩む。
「いや……駄目だ。機装がねぇ。剣だけあっても、肝心の……」
「あるじゃありませんか」
しかしてトドロキは即答する。
きょとんとした顔で、意外そうに、ごく普通の事を告げるように言った。
「あるじゃありませんか。とびっきりの機装が。きっとそれは継実高校の魂であり、あなたにしか扱う資格がないのでしょう? ならあなたが乗るしかないじゃありませんか」
「それは、だが……」
「あなたは想いを、あるいは希望を、その方に託されたのではなくて?」
弐ノ神は拳を開くと、静かに息を吐いた。
「……問題はそれだけじゃない。方法がない。お前らの提案とやらは無茶苦茶だ」
「無茶で結構! 無理で結構!」
トドロキは自らの胸に手を当てて言った。
「その無理も無茶も、蹴散らしてやります! あなたが協力するなら、私たちもまた協力は惜しみません!」
「……決勝は明日だぞ?」
「やって見せます」
一際深い溜め息を吐くと、弐ノ神は訊ねる。
「何がそこまでさせる? 復讐か?」
ふ、とトドロキは笑って見せた。
「それ以外の、何が?」
そして優雅に微笑んで続けた。
「アルバ女学院の生徒は執念深いんですよ。やられた事は忘れません。必ず後悔させます。えぇ正直に聞きましょう。あなたも、とっくに腸が煮えくり返っているのでは?」
沈黙が両者に訪れると、弐ノ神が耐えかねたように息を吐いた。
「……ふ、は」
そして俯き、静かに肩を震わせる。
「ふ、ふふふ……。ふはは、はは」
やがて顔を上げると、そこにはトドロキを以てして鳥肌の立つような表情があった。
「そうだな。詳しく聞かせてもらおうか? アルバのお嬢さん方……」
低い声で脅すように言った弐ノ神は、自らがどんな顔をしているかまるで想像もしていなかった。それはとっくの昔に消えたと思っていた、一之瀬に会う前のそれだった。
「え、えぇ……。では説明しましょう……」
まさしく暴力の塊のような男に、トドロキは提案について語り始めた。
ヒーロが目を開けた時、そこは家鴨高校の宿舎ではなかった。
「……うぅ……?」
ひどい頭痛に悩まされながら身体を起こすと、窓のない狭い部屋にいる事がわかる。
「……く、くそ……何がどうなって……」
飲んだ珈琲に何かが入っていた、という可能性に思い至るまでヒーロは時間を要した。しかし理解すると、それと同時に自分の両手が縄で縛られているのに気付いた。
壁と床は木造で、ドアも簡素なものである。外からは複数の男性の声が漏れ聞こえてくるだけで、後は何も見当たらない。
「なんだよ……ここ」
唐突な状況の変化にどうしたものかと頭を悩ませていると、ドアが開いた。見知らぬガラの悪い男がヒーロを見る。
男の手にはビニール袋と、その中にはコンビニやスーパーで売っているような菓子パンが大量に入っている。
「…………」
無言で凝視していると、男は床に菓子パンを置く。それから部屋を出て行こうとしたので、ヒーロは呼び止めた。
「お、おい待てよ」
男はちらりとヒーロを見るだけで、何も言わない。
「状況を説明しろ。何だこりゃ。俺は何でこんな所にいるんだ?」
はぁと溜め息をついた男は、簡単に説明した。
自分は雇われただけで詳細は知らない事。明日の昼過ぎまで閉じ込めておくが、それ以降は解放する事。水はパンと一緒に袋に入っている事。
それと、ヒーロにはできるだけ手荒にせず丁寧に対応するよう言い含められている事。
「…………」
思わず無言になり、少しだけ考えてからヒーロは聞いてみる。
「トイレはどうすんだ?」
しまった、という表情の男に言うと、ヒーロは畳みかけて聞く。
「おいおいおい、いくら何でもそりゃあないだろ。冗談だろ? お前らが使ってるトイレで良いから使わせてくれよ。お前だって一人じゃないんだろ?」
困ったような表情を浮かべると、男は溜め息を吐いて、用を足したい時にドアを叩いて呼べと告げる。そう聞いたヒーロが黙るのを見てから、ようやく男は外に出て行く事ができた。
「あんの野郎……」
薄暗い中、ヒーロは苛立ったように悪態をつく。
「いくら何でも、ここまでするか?」
秋河の勝ち誇った顔を幻視して、ヒーロは肩を落として長めの溜め息をひとつ。
「やれやれ、か。こんなのどうにもなんねぇよ。どーしろっつーんだ」
しかし、ヒーロの目は光を失っていなかった。
「が、しかし。秋河の奴、やっぱり忘れてやがるな? 確かに俺は一人だ。でも俺を倒そうとするなら、俺だけ倒しても無駄なんだよ。秋河にはわかんねぇだろうなぁ」
ごろんと横になったヒーロは、する事もないので寝てしまう。頭痛が引くまではたっぷりと睡眠をとる事にし、ぐっすりと眠った。
ヒーロは全くと言って良いほどに、何の不安も心配も感じはしなかった。
一夜明けて、決勝戦の朝の事。
試合そのものは午後からなので、大会運営スタッフは慌ただしく働いているものの、当の選手たちに関しては穏やかなものだった。
いつもより遅く起きて、朝食を摂り、昼食を食べて珈琲の一杯でも楽しんでから会場へ向かう。そうしたスケジュールを家鴨高校は考えており、事実その通りに動く。
穏やかな夏の日差しに、家鴨高校は自らの勝利を確信したまま時間を過ごしていた。
その裏で、バイクを猛スピードで走らせる男がいた。彼の後ろからは、これまたいくつもバイクが連なって走っている。
「次は!」
先頭を行くのは、継実高校の機装部員。三上だった。耳につけたインカムに叫ぶと、即座に返答される。
「地図だと直進だけど……。右の通路だね。そこ、お前らなら行けるよな?」
「勘弁して下さいよ……。あんな細い路地でスピードを出せなんて言うつもりじゃあないでしょうね?」
「おいおい、僕を鬼みたいに言うなよ。そんなの無茶だってわかってるさ」
そして三上のインカムに指示が飛ぶ。
「で、三上。僕は行けるかどうかだけを聞いてるんだぜ?」
「はぁ……。こすったら修理代出して下さいよ?」
「やだね」
端的な返事である。
あまりの理不尽さに胸の内で舌打ちをするものの、それでも三上は背後に連なるバイクの群れに指示を出す。片手を上げて、事前に打ち合わせてあるハンドサイン。
追従可能な者はついてこい。来れない者は迂回せよ。
しかし、誰一人として三上から離れて迂回する者はいなかった。
「あーもう! 何だってこんな事に!」
三上が叫ぶに至る現状は、数時間前に始まった。
ヒーロが見当たらない。その事に気が付いた聖アルバトロス女学院の行動は早かった。
「やっぱりな。先に持たせておいて良かったなー」
いばらの陽気な声が告げたのは、ヒーロに持たせていた発信機について。
「ほらあれ、シールで貼れるじゃん? 身体に貼っとけば絶対にバレないと思ったんだよね!」
「おめーそういうイタズラほんと得意だよな……」
「でもまさか本当に役に立つなんて……。ヒーロくん、どこに連れてかれちゃったんだろう」
「皆さん。そんなのどこだって構いません。今すぐに、行動を開始しましょう」
各々が姦しく言うと、その話を聞いた弐ノ神は即座に向かおうとした。しかし、トドロキがそれを止める。
「あなたには別の役割があるでしょう?」
「だが……」
「いいえ。あなたに行かれると困ります」
そんな短いやり取りの後、苦し紛れに弐ノ神が呼び出したのは三上だった。そして事態は継実高校の元部長、一之瀬にも伝わる。
結果、聖アルバトロス女学院の宿舎に送られてくる位置情報を頼りに、電話越しの一之瀬が三上へ指示を出す形となったのだ。
そして今に至る。
「三上。決勝は今日の昼過ぎだったろ? 帰りの時間も計算して、これで間に合うと思うか?」
「一之瀬サンにわからないんじゃ、俺にもわかりませんね。でも強いて言うなら、そりゃ敵次第でしょ」
「あっはっは! 面白い事を言うなぁ三上は」
ヒーロの位置情報があるのは会場から大きく離れた場所にある廃屋だった。
三上とその他十数名の部員は、廃屋の前にバイクを停めると、廃屋前に大勢たむろしたガラの悪い連中に目をやった。
「いやいやいや。一之瀬サン、笑い所わかんないっすよ。あの連中、俺らみたいのを中に入れないために集められてんすよね? これ、どうします?」
「あははは。三上、やっぱりお前は面白いなぁ」
三上のインカムに着いたオプションカメラで様子を見た一之瀬は笑う。
「お前たちは僕が集めたんだぞ? それとも、ほんの一年か二年くらい前の事も忘れたのか? 自分たちがどんな奴らだったのか」
一之瀬の指示を察した三上はバイクの背面に積んだ木刀を引き抜くと、ガリガリと引きずりながら廃屋に向かった。
「お前らみんな凶暴なんだから、そこらのチンピラなんか敵じゃないだろ?」
「へいへい……。でも一之瀬サン、暴力は嫌いじゃありませんでした?」
「あぁ。大嫌いだね。で……それがどうかしたのか?」
「全く……こういうのは弐ノ神サンの役割だと思ってたんだけどな……」
三上は振り向くと、にやついた部員らが各々武器を持って歩いて来るのが見えた。
廃屋前の連中は驚き、慌てながら臨戦態勢を作る。その様子から、三上は敵が場数を踏んでいない見かけ倒しの実力と判断。
木刀を振り上げた。
「おう、お前ら! 行け!」
三上の一声で、暴力の波が敵を飲み込んだ。
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