貴族三男、鍬とゴリラで畑を耕す~妖精の愛し子だったみたいなんですが、緑の妖精はゴリラでした。なんで?~
もなかしょこら
第1話「目が覚めたらゴリラがいた」
「よう、おはよう相棒。畑の時間だ」
ゴリラ (Gorilla)
ゴリラは、霊長目ヒト科に属する大型類人猿の一属。
学名:Gorilla
特徴
体長:約1.5〜1.8m
体重:オスは最大200kgを超える。
オス成体は背中の毛が白くなる「シルバーバック」と呼ばれる。
知能が高く、道具を使うことがある。
社会性が強く、群れ(トループ)で生活。
──それが今、目の前にいる。しかもイケメンな声を出して。
夢、か? いや、夢だよな? だってこの世界ゴリラいなくない?
しかも喋るゴリラなんて俺知らない……。
黒曜石みたいに艶のある毛並み。朝露を踏むたび、板の床がぎしりと鳴る。
ゴリラは太い指で、俺の作業着を器用に畳み直し、胸の前に差し出した。日向で乾いた布の匂いと、朝の土の匂いが混じって鼻をくすぐる。
「さぁ、畑を耕すぞ」
ああ、これ、夢じゃねぇわ。
俺の名前はシルヴァ・ドッカーノ。男爵家の三男。
中央官僚という巨大な歯車の一枚になった父の代わりに、領主代理として村に“左遷”された男だ。
前世は家庭菜園が趣味のフリーター。おそらく熱中症で死んだ。
灼けたアスファルト、膝にまとわりつく熱気、しなびていく茄子の紫──あの光景だけは忘れられない。心残りは、丹精込めた夏野菜を守れなかったこと。
だから俺は今日も鍬を片手に、土と向き合う。そう決めてる。
「相棒、雑草駆除完了だ」
振り向けば、畝の端にこんもり積み上がった雑草。根は土がついたまま、乾燥用に裏返してある。仕事が早い。腹立つほど完璧だ。
なんなんだこのゴリラは。
しかも、さっきから村の人が全く気にしてない。
なに? 俺にしか見えないの、このゴリラ。
「領主様、どうかしました?」
荷車を押す老人が、帽子のつばを上げて声をかけてくれる。ありがたい。
はじめの頃は不審者扱いだったけど、余った野菜を配るようにしたら表情が和らいだ。
やっぱり野菜は人の心を救う。
「ねぇ、みんなって、あの……ゴリラ見えてる?」
「へ? はい。ゴリラさんですよね? もちろん見えてますよ」
……ゴリラさん? はい? what?
「待て待て待て、このゴリラいつからいた!?」
「え、いつって……ずっといらしたじゃありませんか」
「ずっと!? 俺と!?」
「はははっ、領主様も面白い方だ」
笑い事では無い。ずっと一緒だった? 俺と?
なんだ? なにがなんだかわからないぞ?
王都ではそんなこと言われたことない。
こいつ、まさか……
「おい、ゴリラ」
「なんだ相棒」
ゴリラでいいのか。名前はないのか。
「お前、まさか、妖精か?」
「そうだ。俺は緑の妖精だ」
Bingo!!!
緑の妖精! ……緑の妖精!?
ゴリラが!? 世界バグりすぎだろ!
どこにゴリラの姿した緑の妖精がいるんだよ!
ここに存在してるけどな!!
「お前……妖精なのか」
「そうだ。俺はお前の相棒だ」
相棒。あいぼう。AIBO。
俺の相棒ゴリラなの、なに?
「相棒、そろそろ次の野菜を育てよう」
「えっ、ああ……そうだな」
ナイーカの土は、はじめはひどかった。
握ればばさばさ崩れる砂っぽさ。雨が降れば粘土みたいにまとわりつく。両極端の悪いとこ取り。
小ぶりのじゃがいもが、申し訳程度に顔を出すのが精一杯。
だからやることは単純、でも手間がかかる。
牛糞、野菜くず、籾殻、落ち葉──層にして積む。
一層ごとに水を撒き、足で踏み、また積む。
三日目には山がうっすら煙る。
指を差し入れると、ほかほかあたたかい。発酵が走っている証拠だ。
白い菌糸がうっすら広がるたびに切り返す。
「中心が熱いな。空気を入れるか」
蒸気がふわり上がり、甘い土と、獣っぽい匂いが鼻に抜ける。正直くさい。けど、生きてる匂いだ。
できあがった堆肥を、少しずつ畑に混ぜた。
土は最初、ただの“重さ”だったのに、ある日ふと気づく。鍬の刃先が、すっと入る。
砕けた塊の間に、空気の隙間ができている。ひと握り、指の間からぽろぽろ落ちる。
土が、呼吸を始めた。
それでも最初は断られた。
「牛糞くさい男から渡されるもの」なんて、誰だって受け取りたくない。
だから俺は作戦を変えた。
できたばかりの小松菜を洗って束ね、胡瓜を数本、籠に入れて──堆肥とセットで持っていく。
「騙されたと思って、花壇だけでも使ってみてくれませんか」
婆さんは鼻をつまみながら笑い、爺さんは渋い顔で受け取り、子どもは胡瓜だけ抜いて走っていく。
一月後、村の真ん中に色が戻った。
石垣の隙間からマリーゴールド。
井戸端の周りに、紫のルピナス。
花に寄る蜂の羽音と、土を踏む足音。
殺風景だった道が、季節の匂いで満ちる。
「それはお前だからできたことだ、相棒」
不意に落ちた低い声に、胸がちくりとした。
なんだこいつ。心でも読めるのか? いや、妖精なら読めるか。
「俺だからできたこと? 誰でもできるだろ?」
「相棒の知識はこの世界にはない」
「……そう、なのか」
「これは相棒だからこそ、なし得た結果だ」
前世知識チート、ってやつか。
こっちじゃ“培養土”は金貨を積まなきゃ手に入らない高級品だ。
前の世界なら百均で袋を抱えて帰れたのに。
ないものは作るしかない。作れるなら、分ければいい。
野菜は人の心を救う。ついでに土も救う。
「領主様」
背後から、ぴしっとした声。
振り返ると、村長の娘──サーヤが腕を組んで立っていた。
風に揺れるスカーフ、腰には作業用の小刀。目は、真っ直ぐに冷たい。
「領主様なら、もうちょっと領主らしくしてください。畑に籠もってばかりじゃ困ります」
「え、あ、はい」
「今日の午後は村道の見回り。書状の返事も。……それと、直売所の看板は勝手に書き換えないでください」
「いや、あれは“救世主シルヴァ様”はさすがに大げさで……」
「大げさじゃありません。効果が出てるから言ってるんです」
サーヤは一拍置いて、ゴリラをちらり。
「ゴリラさん、今日の荷車、街までお願いします」
「承知した」
……なんだろう。
腑甲斐無い男、という評価は刺さるが、間違ってはいない。
俺は鍬を握る。ゴリラは荷車を引く。サーヤは村を回す。
それで回るなら、それでいい。
「相棒、次はピーマンだ」
「お、いいな。苗床は……」
「西の畑、土の粒が揃ってきた。あそこなら甘くなる」
「了解。籾殻くん炭も混ぜるか」
「混ぜよう」
超絶イケメンボイスのゴリラ。腹立ってきたな。
でも、まぁ──悪くない。
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