親が再婚して幼馴染と同棲することになった。そして、なぜか俺がモテる。

犬の話

第1話 どうにか受け入れる

 放課後の静まり返った教室には、俺以外に一人の同級生がいる。

 才色兼備、秀外恵中、容姿端麗、文武両道、完全無欠。どの言葉も彼女を前にすると霞んでしまうくらい非の打ち所がない完璧超人。

 堀之内月詩ほりのうちつくし

 そんな彼女が、僅かに頬を赤く染めて俺を見つめている。

 

「知ってる? 実は私は蓮人れんと君のことが好きなのです」


 俺の脳内は、無理矢理コンクリートを詰め込まれてしまったのではないかと思うほど、真っ白になって何も考えられなくなってしまった。

 この時まで俺は、親が再婚して幼馴染と同棲すると言うことを軽く考えていたんだ。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 


「ただいま」

「お、おかえり」


 買い物から帰ってきた俺は玄関にて、返ってきた聞こえるはずのない声に戸惑う。

 その声は、俺と親父の男二人暮らしの家からは、絶対にするはずのない女の子のものだった。

 普段の行いからして、親父が急に声が女の子みたいになりましたと言っても、俺は信じる。だけど、それは違うだろう。

 声自体がものすごく聞き覚えがある声からだ。頻繁に聞いているような気がする……いや、特別な事情がない限り、基本的に毎日聞いている声だ。


「俺は家を間違えてしまったかもしれない」


 親父は酔って帰ると、間違えて隣の家に入ってしまうことがある。大変迷惑な話だ。

 まあ、俺の家の左隣にのみ間違って入らないので、介抱されたくてわざとやっていると俺は思っている。

 その可能性を考慮し、俺はいったん外に出て、表札を見に行く。


「鈴木って書いてありますね」


 ドアプレートにも106号室と書いてあるので俺の家だ。

 そもそも俺は素面、家を間違えるはずがない。

 未成年だもの。酒なんて飲む訳ない。

 酔っ払って家を間違える可能性なんてゼロだ。


「これはあれだ。きっと向こうが家を間違えたんだ。そうに違いない」


 再び、俺の家の玄関の扉を開いて伝える。


「こんにちわ。乃蒼のあさん、家を間違ってます。あなたの家は隣ですよ」

「は?」


 玄関前に突っ立っている金髪ツインテガールは、顔を引きつらせていた。

 彼女の名前は、ローセンブラード・乃蒼のあ

 俺が住むアパートの左隣107号室の住人だ。

 名前からもわかるように、異国スウェーデン人の母を持つ乃蒼の瞳は蒼く、染めることなく髪は金に発色している。そして、肌は透き通るように色素が薄い。

 俺と乃蒼は同い年で同じ高校に通っている。隣に住んでいると言うこともあって、物心のつかない幼少の頃から付き合いがあった。

 いわゆる幼馴染と言う奴だ。

 見慣れた幼馴染の不機嫌な表情は俺を威圧するには十分だ。


「嘘です。ごめんなさい。……えっ? えっ?」


 いよいよ訳が分からない。

 ここは106号室で俺の家、乃蒼の家は107号室のはずだ。

 

「ここ俺ん家だよね?」

「そ、そうよ。あたしは今日からこっちに住むの」

「あっ」


 身に覚えはある。

 俺は一カ月くらい前の親父との会話を思い出した。


『パパ、結婚しようと思うんだ』

『いいんじゃない。親父の人生なんだから、親父の好きにしてよ。俺に遠慮なんて必しないでフェリシアさんと結婚するべきだと思う』


 とこんな感じの会話を繰り広げた。

 親父は再婚する。再婚相手のローセンブラード・フェリシアさんの娘である乃蒼と同居することになっても不思議ではないだろう。俺は一言も聞いてないけど

 謎が解ければ、不安を覚える必要もないだろう。

 廊下には足の踏み場もないほど、ダンボールが無造作に積まれている。


「やけに散らかってんな」

「あたしの荷物を運びこんでるのよ。蓮人も手伝って」

「わかったよ」


 乃蒼が引っ越してくるのも聞いてないんだけど。

 親父には好きにしていいとか、遠慮しなくていいとかは言ったけど、いくら何でも同居する人間が増えるなんて話は、流石に相談して欲しかった。

 だが、親父は昔からそんな人間だ。大事な事をサプライズと称して秘密にする。言ったところで治ることはなかった。


「これをそこに運び込んで」

 

 乃蒼は、ダンボールをドアの開いた部屋に運ぶように命じる。

 言われた通り俺はダンボールを部屋に運び入れるが、内部の様子に愕然とする。

 その部屋は……。

 

「俺の部屋がっ⁉」

 

 俺の部屋だった場所は、ダンボールが散乱していた。

 俺の私物はどこに行かれてしまった。

 

「あたしはこっちの部屋に住むから、蓮人ははこの部屋出ていくの」


 俺の住んでいるアパートの間取りは2LDKだ……。 

 個室は二つしかない。

 一緒に住むとなれば、夫婦は同じ部屋だろう。親父がぶっ飛んだ人間だったとしてもでも、フェリシアさんは、年頃の血も繋がっていない男女を同じ部屋に押し込めることなんてしないだろう。

 余った部屋は一つ。俺か乃蒼の部屋が確保できない。となれば追い出されるのは男の俺だ。


「俺は廊下に住めと言うことか、いくらなんでも惨い」

「そ、そんなことないわよ」

「はっ……もしかして俺はいらない子で、家を追い出されるんだ……」

「違うって、蓮人はおじさんから何も聞いてないの?」  


 必死になって俺のことを揺する乃蒼だが、残念なことに右から左に声が流れていく。

 意味がないのに、揺らし続けるのは止めて欲しい。酔って気持ち悪くなってきたから。

 

「どうだ、蓮人。心配はしてないが乃蒼ちゃんと上手くやれそうか?」


 おっさんの低い声が、俺の頭の中を流れていく。

 ガタイがよく、服の上からでも筋骨隆々とした肉体がわかる。歳は四十を少し超えたくらいだ。


「えっ誰?」

「パパの顔を忘れてしまったのか?」


 忘れたくても、忘れられるはずがない。

 このおっさんは俺の親父、鈴木太郎だ。


「俺は家を追い出されるんだろ? だけど、リビングか廊下には置いて欲しい……」

「せっかくのサプライズを勘違いして拗ねるなんて、パパ悲しい」

「蓮人、違うんだよ。ママとおじさん結婚するでしょ。でもこのマンションじゃ四人で生活できないからでしょ。新婚の二人を邪魔しないように、あたしと蓮人はこっちで暮らすの」

「本当は四人で暮らしたかったんだが、ちょうどいい家が見つからなかったから、パパとフェリシアさんは107号室で、蓮人と乃蒼ちゃんは106号室で生活することに決定したんだ」

「最初に言ってよおおおおおおおおおおおおおお」 

「蓮人が喜ぶかなと思って、秘密にしてた。サプライズだ。嬉しいだろ?」


 馬鹿じゃないのか?

 親父は昔からこうだ。俺を子ども扱いして大事なことを話さない。再婚するって聞いた時は、やっと子ども扱いを止めてくれたのかと思ったのに。


「喜んでないのは、見ればわかるだろ。本当にいらない子なんだと思ったんだぞ」


 親父も乃蒼も俺の話なんて聞いてなかった。

 きっと新しい生活に胸を躍らせているんだ。


「乃蒼ちゃん。一応これからは親子なんだからおじさんは止めて欲しいな。嫌じゃなかったらパパって呼んで欲しい」

「う、うん……パパ」


 さっきまでおじさんと呼んでいたおっさんを女子高校生がパパと呼んでいる。

 先ほどまで事情を知らなかった俺には、乃蒼があぶねぇ活動をしているようにみえてしまう。

 もう色んな意味で泣きそう。 

 




 

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