一話 雨と幼馴染 4

 幼馴染ってのは、切っても切れない何かで繋がっているのだろうか。俺には小さい頃から仲のいい、ゆずあおいと田村純という幼馴染がいる。

 あおいは面倒見のいいやつで、俺と純をまるで弟のように扱ってくる。世話焼きで頼れるというのもあって、いつも学校で女子の中のリーダー的存在だった。サバサバした性格で男らしいところもあるから、女子にモテていた。だからと言って男子からモテなかったわけではない。

 今はケータイショップで働いているらしい。仕事の話はあまりしてこないので詳しくは知らないが、あおいのことだしきっとうまくやってるだろう。

 もう一人の幼馴染の純。こいつは一言で言うならバカだ。

 純は持ち前のコミュ力を活かして、営業の仕事をしている。休みの日を利用して月に三回くらいの頻度で俺の住むアパートを訪れる。

 そして今日も突然連絡が入って、今からあおいと一緒に来るということらしい。まるで決定事項であるかのように、俺には有無を言わせないメッセージ内容だった。

 本当に俺の周りには、こういう奴が多すぎる。ちらりと、壁越しになのの部屋の方を見た。

「おーっす! ただいまれんろう!」

「ここはお前の家じゃねぇ」

 純は当たり前のように、インターホンを鳴らさずにずかずか上がり込んできた。まるでなのだ。

「お邪魔します」

 そんな純とは対照的に、丁寧な挨拶と共に玄関で脱ぎ散らかした純の靴まで整えるあおい。ほんとこいつら姉と弟だな。

 あおいはそのまま居間に向かい、いつものように手荷物を置いてから手を洗いに洗面所に行く。

「純も手洗いなさい」

「家出る時洗ったから大丈夫だって!」

 いや洗えよ、と言いたかったがそんなことを言う必要はない。純のことはあおいに任せておくのが一番だから、俺が言わなくても。

「いででででっ!」

 あおいが純の耳を引っ張って洗面所に連れて行った。ほらな、あおいに任せとけば大丈夫だ。

 手を洗い終えて戻ってきた二人のために座椅子を引いた。普通一人暮らしの男の家に、四人用のローテーブルがあることに疑問を感じるだろうが、このローテーブルは、純が勝手に買ってきたものだ。

 あおいとよく来るから、無いと不便なのは知っているが、住人の俺になんの断りもなく配送されてきた時はさすがに怒った。

 今となってはなのとご飯を食べる時に使っているから、まあいいんだけど。

「とりあえず座れよ。飲み物だすから」

「コーラでいいぜー」

「そんなもんない」

 俺の家の冷蔵庫にはコーラなんてない。俺は炭酸を飲まないんだ。そう思って冷蔵庫からお茶を取り出そうと開く。

「なんであるんだよ……」

 全く買った覚えのないコーラが、冷蔵庫に入っていた。とりあえず意味がわからないが、純に入れてやることにしよう。

 あおいはいつもと同じ、お茶。あおいはお茶かお酒しか飲まない。因みに酔うとめんどくさくなる。

「さんきゅー! で、れんろう最近どうよ? 彼女の二人や三人でもできたか?」

 なんで複数いること前提なんだよ。

「なんで複数いること前提なの」

 あおいが同じツッコミを入れた。長年一緒にいるから、純への対応も似ている気がする。

 純はチャラい。名前に似合わぬチャラさだ。でも俺とあおいだけは知っている。このチャラさは作り物だ。

 どうしてチャラいふりをしているのかはわからないが、聞いても答えてくれなそうだし、聞くのも面倒だから聞いていない。

「で、お前はどうなんだよ。こないだ言ってた会社の子とは上手くいってんのか」

「あーあの子ね、辞めたんだよな~。俺がふっちまってさ~」

「なんでふったんだよ。好きかも、とか言ってたじゃねぇか」

 つい先月の話だ。純がニヤニヤしながら後輩が可愛いと話すのを散々聞かされたばかりだというのに。

 まさかあの時間が無駄だったのか。あの惚気話の被害者である俺の聞き損だというのか。

「んー、なんか違うわ。やっぱ俺にはもっと清楚でSNSの使い方もわからない子がいいのかもな~」

 ほんっとテキトーな奴だな。先月までは尻軽そうに見えて好きな人にしか股開かない女がいい、とか言ってたのに。

 ところで股開くってどういう意味だ。

「それとれんろう。お前彼女できたら報告しろって言ったよな?」

「そうだよれんろう。可愛い彼女がいるじゃん」

「え、できてないけど。なんだよ急に」

「じゃあお前の後ろに立ってる女の子は誰だ?」

「はっ?」

 嫌な予感がした。それはまるでホラー的な怖気を感じるような寒気。

 二人にもしも、このタイミングでアイツを見られたら。

「にっしし~、どうも彼女でーす」

 なのだ。

「お前また勝手に入ってきたのか」

「勝手に入ってくるくらい親しい……つまり彼女だな! なんだよ水臭い! 報告しろよ~」

「ちげぇよ! こいつはただの隣人だ!」

 そう。ただの隣人だ。

 ただの隣人だから、別に部屋に上がってくるのは普通で――。

「馬鹿言うなよ。ただの隣人が部屋上がり込むかよ。それに可愛い子じゃねぇか!」

 そうだった。いつから隣人が部屋に上がり込むのが普通という認識がついていたのだろう。

 そんな当たり前が存在してたまるか。全部なののせいだ。

 なんでこいつ当たり前のように俺んちにいるんだよ。

「お兄さん聞いた? 私可愛いんだって! お兄さんに可愛い彼女が出来ましたよ~!」

「あぁもうめんどくせぇ! とりあえず座れ! お茶入れる!」

 なのを座椅子に座らせて、純にはゲンコツを一発入れる。

 そして冷蔵庫を開けて。

「あっ! 私のコーラ飲んでるじゃん! 勝手に飲まないでよー!」

「お前のかよぉ!」

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