第19話 ひとえに、宝石を守るために
「……ま、まあとにかくだ」
「あんたたちが超能力者だって言うのが嘘だってことはわかった。ということはアレか? 世界の支配を企んでるってのも嘘なのか?」
「そうね。もちろんアタシたちの本当の目的は世界を征服することなんかじゃないわ」
「じゃあ一体あんたたちは何のために超能力者を自称してるんだよ」
それは当然の帰結。会長が嘘をついた意味。ひいては、あれだけの設定を作り込んで俺を騙した理由。まさか俺を騙すためだけに用意したものではないだろうしな。
果たして会長は言った。
「決まってるじゃない——紅葉のためよ」
「春山の?」
半ば予期していた答えに俺は眉をひそめて考える。きのう見た春山の行動、木下やヨシツネ先輩の存在。
そして俺はひとつの結論を得る。
「もしかして、春山のごっこ遊びに付き合ってやってるとでもいうのか?」
「違うわ、あの子は本物。あの子だけは正真正銘——本物の超能力者なのよ」
「……」
絶句したのは、何も会長の言葉が信じられなかったからではない。それどころか、俺は不思議と納得していた。
春山だけが本物の超能力者。そんな馬鹿みたいな話を俺の心はまったく否定しなかった。
……いや、不思議でもなんでもないな。俺は既にそれを受け入れたのだ。春山がどんな存在であろうと関係ない。きのうの去り際に見た少女の笑顔が嘘でないのなら、今の俺にとっては正体なんてどうだっていい。
だから、俺が口をつぐんだのは、とある可能性に思い至ったからだ。
「……まさか、知らないのか? 春山はこのことを」
会長は寂しげに頷いて、
「紅葉はね、アタシたちも超能力者だって信じてるはずよ」
「どうして」
どうしてそんなことをしたんだ? どんな理由があるにせよ、信頼する仲間たちから嘘をつかれる。それはひどく悲しいことだと俺は思った。
「……仕方ないじゃない。……アンタだって、昔のあの子を前にしたら、おなじ選択をしたはずよ」
影のある表情を浮かべて会長は言う。俺の知らない過去に何かがあったことを示唆してくる。
しかしそれ以上は話す気がないらしく、よく晴れた日の空から届く光を受けながら、会長は窓の外へと目を向けた。
グラウンドでは依然としてソフトボールに励む生徒たちの姿があった。男たちがワイワイと楽しむ様子を会長はじっと見つめている。
重い空気を嫌って、俺は周囲に視線を
可もなく不可もない高校生活を過ごしてきた俺にとって、生徒会なんてのは
ましてや
その一つ。
——『世界をつくりかえるのは、チョークではない』
俺は言葉の意味を
しかしその前に会長がぽつりと言葉をこぼす。
「……とにかく。あの子には仲間が必要だった。でもあの子には普通の存在ではダメだった。だからアタシたちは超能力者を名乗った。どう? シンプルな話でしょ?」
ピエロを自覚するように微笑む会長は、まるで現実に期待することを
「春山が超能力者だってことは秘密なのか?」と俺は訊ねる。「知ってるのは会長たち三人だけ?」
「ええ、アタシたちだけよ。他の誰も知らないし、知らせるつもりもない」
「どうして?」
「リスクしかないからよ。考えてみて。人の口に戸は立てられない。超能力者だってことがバレて、保護と称してどこかの研究所にでも連れていかれるかもしれない。そんな危ない橋は渡れないわ」
「……ならなんでわざわざ学校に通わせてるんだよ? 超能力者って存在を隠しておきたいって言うんなら、学校に通うなんてのはリスクでしかねえだろ」
現にこうして俺に見つかっている。春山に関する噂だって
「アタシだって通わせるつもりはなかった。でも仕方ないでしょ? あの子がそれを望んだんだから」
「春山が望んだ? 学校に通うのをか?」
「ええ、そうよ。あの子が言った、はじめての我が儘。あの子の保護者としては、叶えないわけにはいかないでしょ?」
子どもに教育を受けさせるのは義務だものね、と会長は優しい口調で困ったように告げてくる。
「紅葉、あれですっごく毎日学校に行くのを楽しんでいるのよ。きのうだって、昼休みにアンタとご飯を食べたことを嬉しそうに話してくれた。本当に嬉しそうにね」
屋上での春山の様子を思い出す。俺の差し出した弁当をおそるおそる受け取り、俺の買ってきたあんぱんをリスのように頬張っていた姿。春山にとって、学校で起こる全てが初めての経験なのだと思うと、知らず微笑ましい気持ちになる。
……だけど同時に、会長は知らないのだろうか、とも思う。きのうの帰り道、春山は俺に訊ねてきた。
——学校のことが好きですか、と。
春山自身はまだよくわからないと言っていたが、それはもしかすると、失望を感じ始めているということじゃないのか? 期待し、憧れていた学校生活との違いに戸惑いを感じているんだとしたら?
「あと、さっきは否定したけどね。ある意味では正しいの」
俺の疑念に気づくことはなく、会長は話を続けてくる。
「手配書は嘘だけど、宇宙人が侵略に来ているのは本当かもしれない」
「どういうことだ?」
いまいち意味の掴めない話に俺は眉をひそめる。
「鈍いわねぇ。アリスタルコスやコペルニクス、あるいはガリレオの心情を考えてみなさい。なぜ地動説が受け入れられるまでに二〇〇〇年もの時間が掛かったのか。アタシたちにそれを観測する術がなかったからでしょ?」
「観測する術がなかった……って、まさかっ」
会長は神妙に頷く。
「アタシたちからしたら馬鹿げたことでも、ひょっとすると紅葉のいっていることは正しくて、あの子の言う通り宇宙人が地球を滅ぼしてしまうのかもしれない。アタシたちに観測することができないからといって、それがいない証拠にはならない。いわゆる悪魔の証明よ」
単純な話だった。他人の感覚を共有できる術がない以上、俺たちは相手の語る言葉を信じるしかない。それが嘘つきの言葉であるのなら判別は
「真実を知るは
会長は
「……だから俺に真偽を訊いてこいってことか?」
「いいえ、そうじゃないわ。そうじゃないのよ」
ゆったりと首を振る会長は、まるでサンタクロースを待ちくたびれた子どものように俺を見た。
「アタシはね、浅嶺くん。別に世界がどうなろうと知ったことじゃないのよ。いくらアタシが天才だといっても、たったひとりで世界を変えられるような人間じゃないってことはわかってる。手の届く範囲の世界だけがアタシの望む全て。それ以外を望んでも、きっとアタシの手には負えない」
……白状すると、この時までの俺は会長という人間は自信の塊のような人間だと思っていた。根拠もなく世界を変えてみせると豪語するような傲慢な人間だと。
でも違った。会長……神藤真昼は弱さを自覚している人間だ。現実という壁の巨大さを認識し、乗り越えることを諦め、それでも壁の前で暮らしていこうと足掻いている人間だった。
会長は続ける。
「だから、せめて手の届く範囲の世界でだけは、アタシは天才でありたい。紅葉や弁慶たちの望みを叶えてあげられるような天才に。紅葉と出逢った時に、アタシはそう誓ったの」
自らの決意を毅然として告げてくる会長に俺は圧倒される。
「だからさ、浅嶺くん。紅葉の友達になってやってくれないかな? お願い」
——アタシたちじゃダメなの。普通の人間としてあの子と接してくれる人じゃないと。
頭を下げる会長の姿を見るのはきのうに続き二回目だった。
「……やめてくれよ。会長に言われるまでもなく、俺とアイツは友達だよ。きのう、アイツ自身がそう言ったんだ。『わたしと友達になってください』ってな」
「……あの子が」
会長は驚いたふうに息を呑む。俺はそんな会長に怒りを覚えた。春山のことを信じていないように思えたから。……そんなわけないのにな。
その時、俺の耳に再びチャイムの音が聞こえてくる。五時限目の終わりを告げるチャイム。ウエストミンスターの鐘の音が物悲しく響いて消えていった。
「……そろそろお開きにしましょうか。もしまだアタシたちに関わってくれる気があるのなら、放課後にまた来てくれる? 無理強いはしないけど……来てくれたら嬉しい」
「……」
否定も肯定もせず、俺はただ黙って視線を逸らす。
窓の外を見ると、休み時間にもかかわらず試合を続けている天城たちの姿が映った。盛り上がっているようで、スコアはわからないが、場面は満塁。乾いた音とともに白球が打ち上がる。予測落下地点は外野を守っていた天城の側、ぎりぎり届くかどうかの地点。必死で走るが、追いつけないと判断したのだろう、天城がダイビングキャッチを試みる。しかしグラブに収まることはなく、派手にボールを後逸していた。転々と俺たちのいる時計塔の方に転がってくるボール。追いかける天城。打球を放った走者は悠々とベースを一周していく。懸命にボールを投げ返すが、既に塁上には誰ひとりとして走者はいなかった。走者一掃のランニングホームラン。
「ひどい試合だな……」
「でも楽しそう、でしょ?」
思わぬ返答に声の主を見ると、初めて見せる申し訳なさそうな顔を浮かべて会長は言った。
「ごめんね。せっかくの体育の時間に。体育、結構好きなんでしょ?」
「……別に、そうでもないさ。最近は暑いからな。外で運動するよりは、部屋の中でくだらない話でもする方がずっといい。あんただってそうだろ?」
会長は笑った。朗らかな笑みだった。
生徒会室を出る間際、俺は振り返る。
「なあ、会長。ひとつだけ訊いていいか?」
「なにかしら?」
「会長たちにとって、春山はいったいどういう存在なんだ?」
悩むそぶりすら見せず、会長は即答する。
「——全てよ。少なくとも、アタシにとっては」
「……そうか」
今度こそ俺は生徒会室を出る。古めかしい螺旋階段を降りながら、俺はぐるぐると考える。
もちろん、何かがそこにはあったのだろう。会長たちに嘘を決断させる何かが。
だけど俺には想像することさえできない。
春山紅葉のこと。会長のこと。それからヨシツネ先輩や木下のこと。
結局のところ、俺はまだ何も知らない部外者で、彼女たちが何を想っているのかを想像する資格はないのだ。
俺は苛立ちを感じていることに気づいていた。だけど何に対して感じているのかがわからない。
でもそれはきっと自分のことじゃなくて。
ああ、やっぱり非日常なんてのは碌なものじゃない。
他人のことで思い悩むなんて言うのはアニメか漫画の登場人物のようで。
こんな気持ちを抱くのなら、好きなアニメを見ながらポテチでも食って空想に浸っている方がよっぽどマシだと俺は思った。
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