第18話 見た目≠年齢

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。しかし会長は俺をかえしてはくれなかった。今日もまた、俺は授業をサボるハメになるらしい。会長が教師に話をつけてくれているのだけが唯一の救いだった。


 いったいこの学校の教師たちは会長にどんな弱みを握られているのかと考えながら、ふと窓の外に目をやると、グラウンドでソフトボールの準備に励む生徒たちの姿が見えた。その中に天城の姿を見つける。そういえば、五時限目は体育だった。


 きょろきょろと辺りを見渡し、俺がいないことに気づいたのか、おもむろに壁とキャッチボールを始める天城。おおきく振りかぶって投げた。跳ね返ってきたボールが顔面に直撃していた。羨ましい限りだった。


 さて、現実から目をそむけるのはやめて本題に入るか。


 俺は会長に向き直ると、深く大きな息を吐きながら告げた。


「……嘘って、どういうことだよ?」

「だから嘘よ、ウソ。まったく、それくらい雰囲気で察しなさいよね」


 背もたれに身を預けて、開き直るように言う会長。


 いったいどこにそんな空気があったのか小一時間ほど問い詰めたいところだったが、ここは一億歩譲ってそんな空気があったとしよう。


 だがそれはきっと馬鹿でなければ見ることができないのだ。他人の言葉を当てにして見えないころもまとう勇気は俺にはない。俺は玉座にふんぞりかえる王様ではないのだ。


 しかし会長はそんな俺の言葉を鼻で笑って言った。


「アンタ本当にバカね。常識で考えなさいよ。超能力者とかそんなホイホイいてもらっちゃ困るでしょ。ゴキブリじゃないんだから」

「……なぁ、気づいているか? あんたきのうと言ってること真逆だぞ」


 『常識ってのは明らかにされたことでしょ?』とかなんとかご高説を俺に授けてくれたのはどこのどいつだよ。本当にきのうとおなじ世界か、ここ? いつの間にかアベコベ世界に転移してね?


「テレキネシスが使える。俺に見せてくれたじゃねえか。ほら、なんだっけ、『アポート!』とか言ってさ」

「うっ……!」


 不思議なことに、俺がきのうの会長の猿真似をしてみせると、いきなり会長が吐血した。どさりと机に倒れ伏す会長。


 ……え、なんだ? 何が起こった?


 まさか……エックスによる襲撃か——!?


 慌てて地面に伏せようとする俺に、会長はぷるぷると死んだふりをするタヌキのように顔を持ち上げて言った。


「……あのことは一刻も早く忘れなさい」

「え?」

「くっ、いくらあの場を乗り切りためとはいえ、このアタシがなんてマネを……またひとつ黒歴史が増えたわ……」


 猿のように頭を抱える会長。どうやらきのうの件は会長にとって闇に葬り去りたいことだったらしい。随分とノリノリだったように見えたが。


 ふむ、だが黒歴史か……俺としてはそんな姿白衣を羽織った姿で高校生活を過ごしていること自体が黒歴史ではないのかとも思うが、しかしなるほど、それは良いことを聞いた。


「なぁ、会長」


 俺はブレザーの内ポケットからとある機械を取り出しながら会長を呼んだ。


「これ、なんだかわかるか?」

「……ん? 何よ、それ」


 俺の手に握られたものを見て、その端正な眉を歪める会長。俺はふっと口元を曲げると、機械のスイッチを入れる。


 すると、機械から音が漏れ出した。女の声だった。


『いい、浅嶺くん? これから超能力の実演じつえんをするから、その節穴ふしあなだらけの目ん玉かっぽじってよぉーく見てなさいよ♪』

『——アポート!』

『……ふぅ、どう? 凄いでしょ?』


 俺は機械ボイスレコーダーを止め、ニヤリと笑って言った。


「俺の言いたいこと、もうわかるよな?」

「……アタシを脅す気?」

「ふっ、そういうことだ」


 俺は窓辺にもたれかかって腕を組んだ。これで形勢は逆転。気分はさながら依頼主に法外な金額を吹っかける殺し屋である。


「さてと、会長。俺の要求を聞いてもらうぜ?」

「……どうでも良いけどアンタ、もしかしていつもそれを仕込んでるわけ?」

「まあな。いつ何時なんどきパワハラを受けるかわからないこんな世の中だ。身を守る術は用意しとかないとな」

「怖っ」


 なんとでも言え。実際、こうして役に立ったわけだからな。会長に俺を非難する資格はない。


「はぁ、ま、仕方ないか……」

「賢明だな」

「あー違うわよ。誰がアンタの言うことなんか聞くもんですか」

「……なんだと?」


 俺は手の中のボイスレコーダーをちらつかせる。しかし会長もう一度ため息をつくと、パチンと指を鳴らした。その瞬間、俺の手の中のボイスレコーダーが弾け飛んだ。


「——なっ!?」


 塵芥ちりあくたへと変貌したそれを見て呆然とする俺を尻目に、生徒会室に哄笑が響く。


「くふふ、残念だったわね。もう少しでアタシを手篭めにできたかもしれなかったのに」

「馬鹿な! 一体何をしやがった!?」


 俺の手を一切傷つけることなく手の中にある機械だけを壊すだと? それこそ超能力じゃないのか? 似たような技をピッ◯ロさんが使ってたの見たことあるぞ!


「アンタの敗因は二つあるわ。一つ、アタシを舐めたこと。二つ、この場所がアタシのホームだってことを忘れたこと」


 そう言って、会長は椅子から立ち上がると、白衣のポケットに手を突っ込んでニヒルに笑った。


「〝十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない〟。アンタは知らないかもしれないけど、さる高名なSF作家の言葉よ。アタシの天才的な頭脳を持ってすれば、生徒会室を要塞に変えるくらい造作もないことなんだから♪」


 髪を優雅に払う会長。シトラスの刺激的な匂いが教室を漂い、きのうの記憶を俺に呼び起こさせた。


 裏山の地下に造られたラボ。


 空中に投影されたホワイトボード。


 あんなものを作れるくらいだ。本当に魔法と見紛みまがうような効果を持つ機械だって作れてしまうのかもしれない。


「……じゃあ、きのうあんたが使った超能力も」

「まさか。あんなのただの手品よ、手品。糸で引っ張ったの。少し考えたらわかるでしょ……まったく、これだから凡人は」


 こ、コイツ……。


 というかここ生徒会室に来た時から思っていたが、この人、きのうと性格から何からまるで違う。本当に同一人物か? 双子の姉とかじゃないよな? 明らかにS成分が濃くなってる。魔女というよりはもはや女王の域だ。やっぱ世界線を越えてるだろ、これ……。


「なあ、あんた本当に会長か? 影武者とかじゃないよな? 割りと本気で疑ってるぞ?」

「なにバカなこといってんのよ、アタシはアタシに決まってるでしょ? アンタにはこの可憐な美少女がドブネズミにでも見えるわけ?」


 見えるぞ、性格に関しては。


 即答しかけた言葉はさすがに自重し、俺は端的に事実を指摘する。


「きのうと喋り方だって違うし」

「これはアレよ。アンタはもう身内みたいなモンだからね、外面を被る必要もないでしょ」


 つまりはコレが素らしい。ほんの少しだけ嬉しい気がして嫌だった。これが調教の影響かと震える。一日接しただけでこれなら、これから先仲間として接するうちに俺はどうなってしまうのだろうか。真昼様万歳とかやりだすのかしら。


 しかし考えてみれば、昨日もちょいちょいその部分を見せていた気がする。木下に命令したときとか、怒ってたときとか。


 っと、木下で思い出した。


「超能力ってのが嘘だって言うんならさ、よわむしの弁慶は? アイツの頭に付いてた犬の耳はどうなんだよ?」

「そんなの付け耳に決まってるでしょ。ふふ、あいつ、毎回じぶんで鏡見て付けてんのよ。どう見えるか気にしながらね。笑えるでしょ?」


 確かに笑えるが、笑える状況ではない。


「ヨシツネ先輩は? あのしゃべる猫はどうなんだよ?」

「アンタねえ、動物が喋るわけないでしょ。アレはアタシが作ったロボット。で、しゃべりは鈴から出してるの」


 じゃあやっぱり誰かがアフレコしていたのか。しかしあの猫が会長が作ったシロモノていうのは軽くファンタジーの領域だな。俺はまだあんなにも滑らかに動くロボットが開発されたというニュースを聞いたことがない。猫型ロボットの誕生まではあと一〇〇年弱は必要だと聞いていたが、どうやら会長の頭脳は一〇〇年先を行っているらしい。


 衝撃の事実というやつに放心していた俺をよそに、会長は椅子に座り直して深くため息を吐く。


「はぁ、ホント苦労したのよ。紅葉が高一になる歳に合わせてアタシが高三になっているよう、卒業後にまたすぐに再入学したりしてさ」


 なるほど。それは確かに大変だな。


「ん? ちょっと待て。卒業後に再入学したってことは……あんた一体いま歳いくつ——」


 だ? という俺の声が発せられる前に空気を切り裂く音が耳を揺らした。とても信じられないが、どうやらハリセンが通過した音らしい。どう考えても戦闘機が通過したとしか思えなかったが……。いやマジで。ソニックを感じた。キャラの名前じゃなくてブームの方。被害を確認するのが怖い。おそるおそる耳に手を触れてみる。ネチャリとした感触を覚えて手を見ると、赤い液体が付着していた。これは、——血!!


 震える身体を動かして会長を見ると、にこりと天使のような笑みを湛えていた。時代が違えば女神とあがめられていたであろう笑み。神の子をみるマリアのような微笑ほほえみだった。


 だがその手には〝フランベルジュ〟へと変質したハリセン。真っ赤な闘気とうき後光ごこうのように差している。そして悪魔のような瞳が雄弁ゆうべんに語っていた。


 ——これ以上その先を言ったらコロス、と。


 ゴクリ。知らず喉が鳴った。


 ……まあアレだ。幼い見た目ながらも大人びた雰囲気を醸し出していたが、なんてことはない、まさしく大人だったんだ。うん、金髪ロリババア万歳!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る