第16話 馬鹿と天才は紙一重

「——遅い! 三分以内って言ったでしょ!」


 生徒会室にたどり着くや否や、飛びかかってきた会長がハリセンで俺の頭を思いっきり引っ叩いてきた。幸い痛みはなく、スパァンという小気味の良い音が響いただけだったが、しかし突然の狼藉に俺は抗議の声をあげる。


「ちょ、いきなりなにするんだよ会長ッ!」

「アンタが来るの遅いから悪いんでしょ。このアタシを待たせるだなんて万死に値するわ。むしろそれくらいの痛みで許してあげることを光栄に思いなさい」


 だが会長はまったく悪びれることなく不遜ふそんにも腕を組みながらにらみつけてきた。


「三分以内って言ったのが聞こえなかったの? あれから五分以上経ってるんだけど」

「バッ、距離を考えて物を言え! 俺の教室からここまでどれだけあると思ってんだ! 走ったって五分は掛かるんだぞ! カモシカでもなけりゃ間に合うわけねえだろ!」

「ふんっ甘いわね」と、しかし会長は鼻を鳴らして言った。「このアタシがそれを計算していないとでも思っているの?」

「なんだと……?」


 いぶかしむ俺に、会長はホワイトボードを引っ張り出してきて、校内の簡単な俯瞰図ふかんずをそこにえがいた。


「いい? アンタの教室があるのはここ。で、生徒会室はここ」


 赤いペンで俺の教室と生徒会室の位置をふたつの丸で示す。その位置関係は遠い。というのも、なぜかウチの学校の生徒会室は三つあるどの校舎にもなく、校舎とグラウンドをへだてた場所に建てられた時計塔の中にあるのだ。


 訳のわからない配置だが、しかしその謎はいまはどうだっていい。いま重要なのは俺の教室から生徒会室まで距離があるということだ。


 俺はホワイトボードを指して言った。


「見ろ、直線距離でも結構あるじゃねえか。そのうえ俺の教室は三階、ここは二階だからな。階段ののぼり降りだけで時間も掛かる。どうしたって五分は必要だぜ」

「そうね。だけど、そこに盲点もうてんがあるわ」

「盲点だと?」


 眉をひそめる俺に会長は赤ペンを指揮者のように振りながら言った。


「階段を使おうとするから時間が掛かるのよ。つまり、階段を使わずに一階まで降りることが出来れば——」

「そ、そうか! その分の時間を短縮できる!!」


 画期的な思考だ。まさにコペルニクス的転回である。さすがは天才と自負しているだけはあるな。……むろん、どうやって階段を使わずに一階まで降りるのかという致命的な問題を解決する手段があるのなら、だが。あるんだろうな?


「ふふ、それはもちろん——」


 俺の疑問に、とんとん、と会長はその場所を示してにっこりと微笑んだ。


「窓から飛び降りるのよ」

「あんた馬鹿か?」


 そんな結論なんだろうなとは薄々思ってたが、まさか本当に言いやがるとは。この人に常識というものはないのか? 農民にケーキを食べろと言ってるようなモンだぞ?


「まあ聞きなさい」


 しかし会長は俺を落ち着かせるようにくるくるとトンボを捕まえるようにペンを回しながら言った。


「アタシだって何もはだかで飛び降りろなんて言わないわよ。古来人間は困難な状況を打開するために多くの道具を発明してきたわ。動物を狩るための弓矢ゆみや然り、田畑をたがやすためのくわ然り。ゆえに、ここでもそんな道具を使えばいいのよ」

「……なんだよ、タ◯コプターでも使うのか?」


 皮肉を言ったつもりなのだが、会長は「いいえ」と優しく微笑んできた。嫌な予感がする表情だった。


「……じゃあ何を使うんだよ?」


 おそるおそるたずねる俺に、会長はにっこりと素敵な笑顔を浮かべて言った。


「風のマ◯トに決まってるじゃない」


 頭が痛くなりそうだ。馬鹿と天才は紙一重とは言ったが、この人の場合、馬鹿の比重ひじゅうが大きすぎやしないだろうか。きのうからずっとツッこみっぱなしなんだけど。


 俺はため息をついて、


「……残念だが会長。この世界はドラ◯エじゃないんだ。風の◯ントは存在しない」

「うん、だから作ったの♪ はい、これがそうよ。紅葉の能力を模してみたんだけど、やっぱ空を飛ぶのは無理だったわ。あ、でも滑空は出来るから安心して! ま、言ってみればムササビマントってところね♪」


 つらつらと説明を述べながら、会長は俺にマントらしき布を渡してくる。さっきまでの怒りはどこへやら、実に楽しそうだ。


 え……ってかなにこれ。…………え、マジのやつ?


「う〜んいい風! 絶好の実験日和ね♪」


 思考停止中の俺に構うことなく会長は窓を開けて、入ってきた春風を楽しそうに感じていた。金色の髪が風になびき、淡いシトラスの香りが俺のもとまで漂ってくる。


 それから会長は俺に向かって振り返ると、


「——じゃあ浅嶺あさみねくん。データが欲しいから試しに飛んでみてくれる? 大丈夫、人体模型では上手くいったから♪」


 小さな悪魔が微笑んでいた。




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