第2話 残る弔い
一花が向かったのは講堂(といっても表向きの名称で、本来の扱いは武道場)だった。白と黒で簡易的な装飾が施されている。
これから行う式――葬儀――のためだった。
「あ、総長!」
扉が開いた音で春が一花に気付く。それにより、中にいた隊員達が一花に向かって一礼した。
「皆、ご苦労様。にしても――」
今回亡くなった数は多いものだった。通常時の1.5倍はいるのかもしれない。
「新月だったので。仕方ないんですけど……」
春が書類を確認しながら一花に言った。春もその多さに驚いている。
「だとしても、いつもの新月より多いですよね……」
そう、新月になると吸血鬼は増える傾向にある。しかし、いつもの新月に比べて吸血鬼の数が増加していた。
「ここにある資料ももう古いってことか……」
式が終わったら資料整理をしなくては。あとで忍に手配しようと考えていた時、ガチャっと扉が開く。開場まではまだ時間がある、誰だろうと思って振り返ると、そこにいたのは――
「
令と優の母の夜鈴だった。夜鈴は数年前まで、この組織に所属していたのだが、怪我により片腕を失ったので優と令と入れ替わりになるように辞職していた。
「お久しぶりね、一花……さん」
「お久しぶりです、夜鈴さん……。その、この度は――」
「いいのよ、いいの」
ポンっと一花の肩に手が置かれた。
「貴女、よくやってくれたわ」
怒りを感じない、静かな目だった。
「しかし…」
一花は正反対に、険しい顔になっていた。
「ねえ、そんな怖い顔しないでちょうだい。戦場で気を抜いた、あの子にも責任があるわ。だからね、いいのよ。だから、自分をそんなに責めないで」
「……はい、ありがとうございます」
夜鈴にそこまで言われて、何も言えなかった。俯くしかなかった。
「わかるもの、貴女の気持ちは。私だって、怪我をしてなくて、辞めてなくて、このままここにいて、あの子と一緒に戦えたのなら……。私だって、助けてあげたかった。私が代わってあげたかった……」
肩に置かれている手が震えている。夜鈴の目には涙が溜まっている。
「でもね、あの子……。ここにはいる時、言ってたわ。憧れの貴女と一緒に戦えるんだって。喜んでた、嬉しそうだった。だから……」
夜鈴の目から涙が溢れる。
「だからね、私達頑張りましょうね。あの子のような犠牲を出さないように。難しいけど――それでも頑張りましょうね」
一花はそっと肩に置かれた夜鈴の手を取り、そして、両手で彼女の手を覆った。
「はい……」
「……悪いのは吸血鬼よ」
怒りが混ざった声が後ろでした。
「令は悪くない……。悪いのは吸血鬼よ!」
「優さん!」
薫が優を止める。優は泣いていた。
「だって――だって、吸血鬼が居なかったら、令は死ぬことなかったじゃない!!」
「優」
夜鈴が娘の名前を呼ぶ。しかし、行き場のない感情に彼女の口が閉じることはない。
「お母さん、でもっ……」
「仕方がないのよ、この世界は……」
分かってはいる、優も薫も、夜鈴も。仕方がないことだと。ここにいる全員がそれはわかっていた。
しかし、それを納得するには残酷すぎたし、持って行きようのない――どうしようもない怒りが親類や仲間を亡くしてきた全員の中にはあった。
「なんで、吸血鬼なんているのよ。この世界に、いなかったらよかったのに……」
娘の元に向かった母親は、そっと娘と娘の婚約者を抱きしめた。それを見た一花は、ここはというように皆に目配せをする。
各々が講堂から出て、開場への準備をするのであった――愛する人を亡くした人を残して。
あれこれと準備をしているうちに開場の時間になる。その頃には優も泣き止んでいたし、ごめんなさいねとだけ言って夜鈴もこちらの手伝いをしてくれた。
「――じゃあ、開場に」
一花の合図で、式に参列する人達が入ってくる。
1人1人、名簿で名前を確認して、席に着いてもらう。もちろん、家族が来られない人もいるし、天涯孤独となってここに来た隊員もいるわけで――全ての席が埋まるということは無かった。
祈りの言葉が終わり、棺に花を手向ける。それが終わると、一花は毎回、遺族一人一人に向かって深々と一礼する。
とある1人の夫婦の前に立ち、一礼して顔を上げると、頬に衝撃を受けた。1人の亡くなった隊員の母親から平手打ちを食らったのである。母親がつけていた指輪で口元が切れたのを感じた。
「貴女!!」
「ちょっと、やめなさいって」
隣で父親が制止しているがそれを振り切って一花の前に出た。
「悲しいとかそんなものは無いわけっ??部下が大勢亡くなったというのよ!!返してよ、私の息子をっ!!返して!」
一花の胸ぐらを掴み、責めたてる。
「……」
「何よ、返す言葉も無いの?そうでしょうね!だって、部下を亡くしたというのに涙を流さないものね!!人だというのに!!それとも、人じゃないのかしらっ??」
「やめなさい!」
きつい言葉に父親が後ろから制止しようとするが、手で振り払う。後ろに控えている隊員達もオロオロして見ている。殴られたり、何かを投げられるということは偶にあることだが、それでも行く末がどうなるかと一花を心配していた。
「だって、そうでしょ?もう息子は帰ってこないのよ!!帰って……来ないのよ……」
掴む手が震え、目からは涙が流れている。周りの遺族も険しい顔で2人を見ている。本当は、そう言いたい遺族は沢山いる――皆、堪えていた。
一花はその手を掴み、服から引き離した。
「泣きません」
その言葉に母親はギッと一花を見る。一花はその目を真っ直ぐ見返した。
「なんでよ?なんでそんな――」
「今、私が泣いたところで状況は変わりません。ましてや、泣いたところで亡くなった方々は戻ることはありません」
「そうだけど――」
「守れなかったことは、大変申し訳ないと思っています。私も後悔しております。しかし、何を言ってもご遺族の方々からは言い訳にしか聞こえないと思っております。だから、私はこのような亡くなる方が無いようにしたいと思っているのです。勿論、私の力だけでは成し得ません。だから、この会社は存在しています。
我々は魔法師。人々を守る義務があります。しかし、魔法師もまた守られる"人"であるということに変わりありません。だから、私は魔法師を守りたいのです。こうして亡くなる方がいなくなるまで、私は戦い続けます。こうして亡くなる方がいなくなった時、私は泣くことを許されると思っています。だから――私は泣きません。」
「……」
母親はじっと一花を見つめていたが、その手がストンと一花の手の中から落ちた。そんなことは、この母親もわかっていた。大義のために息子が亡くなったこともこの母親はわかっていた。わかっていて、行き場のない怒りを一花にぶつけていた。
「うっ、ああっ……」
泣き崩れる母親を父親が抱きしめる。
「すいません、動揺しているんです。我が家で初めての魔法師だったもんで……。余計ショックを受けているんです。すいません。」
一花はふるふると首を横に振った。
「いいえ、お気持ちはお察しいたします」
それだけ言うと、一花はまた深々とその夫婦に一礼をした。
そして、全ての遺族に一礼をして、自分の席に戻った。
そうして式は終わった。始まりから終わりまで一花の表情は一度も変わらなかった。
♢ ♢ ♢
式の片付けも終わり、一花は隊舎の裏(裏口)に来ていた。
隊舎の裏は一花のお気に入りだった。目の前は小高い丘になっていて少し行くと、亡くなった者たちの墓地がある。丘の上からの夕日は綺麗で小さい頃はよく日が沈むまで丘で遊んでいた。
そんな場所のため、風通しが良い。そのため、ここで煙草を吸う者もいた。それも含めて一花は気に入っていた。一花が昔からよく知る人間が多く来るからである。
「にしても、派手にビンタかまされたねぇ。お嬢」
段差のところに座っている一花にニヤニヤしながら言ってきたのは
「別に」
「肩からの綺麗なもんだったぜ、ありゃあ」
と、こちらもニヤニヤしてそれに乗ってくるのは
「強がんなって、ほら。掠れてんぞ」
尊が一花にハンカチを差し出す。
「……ありがと」
「おっ、今日のお嬢は素直じゃん」
尊の言葉を聞かなかったフリをしてハンカチを頬にあてた。痛みはもうないが、そこに熱だけが残っている。
(あ、尊のハンカチ……、汚しちゃう……)
ハンカチを頬から外し血がついていないか確認する。そして、傷のある部分を拭と傷は跡形もなく無くなっていた。
「あーあ、治しちゃったよ」
残念そうに尊が言う。
「ハンカチ汚れるし、これくらいすぐ治る」
「まあ、わかるけどさ~。お嬢は特に傷の治り速いし」
一花は魔術師の中でも最高峰の力を有している。そのため、傷の治りも尋常じゃなく速い。今になって怪我を治したのはあの母親への配慮だった。
「ま、偉かったな。最善ってやつだよ」
「――出雲」
「褒めてんだから、もう少し嬉しそうな顔をしろぉ。ほら」
出雲にペシャっと両頬を潰される。
「別に、最善だからと思ってやっただけだし!」
不機嫌に言う一花は、出雲の手から逃れようと顔を左右に一生懸命動かす。
「かわいげなくなったなぁ。昔はもうちょっとかわいかったのに」
「もう17」
「おいちゃんにとっては、まだまだ子どもよ」
そう言うと、出雲は急に手を放す。そして、一花の頭にポンっと手を乗せた
「あんなこと言ってたけど。辛くなったら、泣いたっていいんだぜ。おいちゃん、何も見てねぇからさ」
「出雲……」
ニヤッと笑うと出雲は一花の頭をわしゃわしゃと撫でた。そんな出雲の態度に一花はムスっとする。
「何?」
「ん?ま、もうちょい気楽にやってもいいんじゃないかってこと。
薊と柳。聞きなれていた母と父の名前。
「私、母様と父様みたいにはなれないもん」
「だから」
これまで立っていた出雲が、一花と目線を合わせるようにしゃがんだ。
「もう少し、おいちゃん達、頼ってくれると嬉しいなってこと」
出雲は優しく笑っている。もちろん、尊も同じ顔だった。
「そうそう、お嬢。しかも、俺ら、昔からお嬢のこと知ってるしな。ある程度はお嬢のことわかってるつもり。だからもう少し、俺らの前では弱くたっていいんだぜ?」
いつもこうして二人は言ってくれる。心配してくれているのだと改めて痛感する。総長になって約3年。昔以上に自分の弱さを他人に見せなくなっていた。
「うん。ありがと……」
「素直でよろしい」
そう言うと出雲は一花の頭をポンポンッと撫でた。
「なあ、そう思うだろ?木葉」
「気づいてたんすか」
ひょっこり影から涼が顔を出す。勿論、一花も尊も気付いていた。
「まあなぁ?おいちゃん、なめんなよ?」
「なめてないですって。社さんに軽口叩けるの総長とか尊さんぐらいっす」
そう言いながら、一花達の方に来ると胸ポケットから煙管を出した。
「相っ変わらず。おめーさんは粋なもん使ってんなぁ」
「そうすか?社さん、似合いそうですけど」
煙管を咥え、火をつける。すうっと吸い、白い息を吐く。
「わぁ、様になるね~」
「やめてくださいって、尊さんまで。恥ずかしいじゃないすかー」
「またまたー」
「ホントですって。あ、でも。」
涼は一花を見る。
「ん?」
「個人的には総長が煙管使ってるところ見てみたいっすね」
「私、煙草まだ吸えないんだけど」
「でも、あと半年ぐらいで成人っすよ?吸えるようになるんすよ?一回見せてくださいよ」
「まあ、考えとく……」
この国での成人となる年齢は18。あと半年もすれば一花も18になる。成人すれば煙草を吸うことが許される。一花としては、別段煙草に手を出そうとかは全く考えていなかったし、動くから煙草は体に悪いよなと思っていた。
そんなこんなでの渋った答えだったがそれでも涼はなんだか嬉しそうにニコニコしている。「ま、それまで生きてればですけど~」と煙管を咥えながら涼はそんなことを言っている。「何言ってんだよ」と出雲と尊がそれに返す。
いつもと同じ日常をこうして見れたことに一花はホッとした。こうして、今日もまた、皆と過ごせることにホッとしていた。
「今日を生き伸びたことに祝福を」
一花の言葉に、涼が言葉と煙管を持つ手上げて答える。それに準ずるように、出雲も尊も煙草を持つ手を上げた。
そして一花は心の中でこう言った。
――強く生きた者に弔いを。
――全ての戦う者に祝福を。
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