0章 無窮

第1話 終わらぬ闘い

誰かは夢を見て寝ている夜だろう。

誰かは仕事で寝られぬ夜だろう。

誰かは愛する人と過ごす夜だろう。

誰かはそんな夜を守らなくてはならない、そんな世の中になっていた。




秘密特殊部隊。コードネームはSSU(Secret Special Unit)。

この部隊は、繁栄した吸血鬼から人々を守るため、王家、軍、魔法協会の3つが結託し、800年前から秘密裏に設立し、動いている組織である。

特に力の在る者だけが入隊を許される超エリート部隊。銀でできた武器を持ち、魔法を用いて吸血鬼と戦い、人を守る集団。


そんな彼らでさえ、人を守るということは危険な仕事だった。吸血鬼を狩るとはいえ、彼らも"人間"。吸血鬼の獲物であることに変わりはない。そして、吸血鬼は特に力の強い人間の血を求める。自分の力の向上のためである。吸血鬼からすれば、彼らは恰好の獲物。つまり、一般人が向かうより多くのリスクが伴う。

それでも、人を守るためには力在る者が必要だった。そのためには、武器を持てる人間が必要だった。

そこで、500年前。部隊は一つの掟を定めた。吸血鬼の牙の餌食となった時、命を絶つということである。

彼らは吸血鬼の狩人だ。だから、絶対に吸血鬼に喰われるようなことがあってはならない。一瞬でも牙にかかれば吸血鬼になる。運が悪ければ、自分が何者かも忘れて人を襲い、犠牲者を増やす。

だからこそ、そんな掟は立てられた。皆、それが残酷であることを知りながら、それが正しいと理解をしていた。

例えそれが、大事な人間を殺すことになろうとも。自ら命を絶つことになろうとも。




   ♢  ♢  ♢


 夜の高層ビルの街で数多の足音が鳴っている。その中でも一際高いビルの上に刀を携えた一人の少女は立っていた。昼間なら目立つターコイズブルーのブレザーに、真っ黒なネクタイと、膝より少し上のプリーツスカート。そして、ブレザーには十字の紋章の下にSSUと記されたピンが挿されている。肩のあたりで整えられた濃紺の髪はビル風でなびいている。

 ビルの下では、彼女と同じような服装の多くの人が、同じように刀や剣、銃などの武器を持ち走り回っている者たちがいる。

 じっと街を俯瞰していた彼女が口を開いた。

「1班、右から。6班は左から回れ」

 静かではない夜だからわかる。よく通った声で彼女は耳にした高性能の小さなイヤホンマイク越しに伝える。

『総長』

 イヤホン越しに呼ばれる。総長と呼ばれた少女、一ノ瀬一花イチノセ イチカは声に答えた。

「春、どうした」

 声の主である千葉春チバ ハルは一花に報告したかったようだ。間髪入れずに春は返事をした。

『こちらも準備が整いました。如何しましょう?』

「そう――では2班も行って」

『了解』

 それと同時にプツンと音が切れた。いつものように、行動を開始したのだろう。空に向かってふぅっと息を吐きだした。下では誰かをを守ろうと人々が駆け回っているのに、いつも変わらず星が輝いている。

「何してるんですか、総長」「何してるの、涼」

 声が被った。よく知っている近付いてきた気配に振り返ると、木葉涼コノハ リョウが肩をすくめて歩いてきていた。別にということなのだろう。だから涼からの返事は答えではなかった。

「通信係から3、4班による南側の圧抑終わったらしいって。負傷者はいないそうです」

「わかった。ん……」

 今後の動きをどうしようか考えた時、連絡が入った。

『総長』

「忍か」

 本部の通信室にいた恋夏忍レンカ シノブからの連絡だ。何か不祥事があったのだろう、硬い声だ。

『5班が救援を求めているようです。思ったより数が多いとのことで……』

「わかった、3に援護に向かわせて。4は分かれて援護と、半分は私のところに。30分後片付かなかったら増援を。いつもより数が多いのかもしれない――頼んだ、忍」

『了解致しました』

 通信が終わる。服の内ポケットにしまった時計を出して確認すると深夜2時を超えたところだった。動き始めて、2時間は経ったところだ。そろそろケリをつけなければ皆の体力が消耗されていくだけになる。

「行くんですか?」

 先程の通信を聞いて思ったのだろう。涼の質問に小さく頷くと一花はビルから飛び降りた。否、飛んだというべきか。体が宙に浮き急降下する。耳元でわずらわしく風が鳴る。危なげなく今までいたビルより少し低いビルに着地すると同時に駆け、そのまま、また、ビルからビルへ飛び移り、降りていく。

 空中で体勢を直しながら驚異的な動体視力で彼女は獲物を捉えた。携えていた刀を抜き、構える。刀が炎を帯びたと思った瞬間、一花はそれを下に飛ばした。何十といた吸血鬼が一瞬で灰になった。

 一花はその炎の中に着地した。それと同時に風を操り火を消す。着地してから1秒にも満たない時間でそれをやってのけたことから彼女が相当の力の持ち主であることをうかがわせた。

 立ち上がったところで、少し後ろでスタッという着地音。涼が追いついたのだろう。しかし、一花は気に入らなさげである。

「遅い。」

 ぶっきらぼうな一言だけかけると、歩き始めた。

「そりゃ、総長が速す――っ?!」

 全てを聞き終わらぬうち、目の前から吸血鬼バンパイアの群れが飛び出してきた。気配を察知していた一花は前に進みながら目の前に出てくる吸血鬼を縦横無尽に切っていく。血飛沫が迸り、返り血で染まっていく。しかし、それを気にすることも無く、前へ前へと切り進む。前に進みながらも後ろを気にすると、涼や後から来た他のメンバーも次から次へと現れる吸血鬼を狩っている。

 その時、後方から一人の吸血鬼が一花に襲い掛かった。慌てもせず、足に着けていたホルスターから銃を抜き撃つ。夜の都会に銃声が響き、銃弾は的確に吸血鬼の急所を捉えていた。しかし、続け様に暗闇から気配が沸き上がった。一花は一瞬で後ろに跳び避ける。彼女が今までいた所に吸血鬼が立っていた。

「バレてましたかぁ?」

 人をあざけるような、見下したような笑いを向けてくる。口元は血で汚れている。誰かが犠牲になったのだ。

「リーダァさんっ!!」

 言うや否や、吸血鬼が向かってくる。一花は冷静に、ギリギリまで動かず、間合いに入ったところで刀を前に出す。感触が自分の手に伝わってくる。そして、刀を薙いだ。たった一瞬で、呻くこともなく吸血鬼が倒れた。

 それが合図だったのだろうか、前方、後方、いや、四方八方から一花に向かって吸血鬼の大群が押し寄せる。死ぬ前提の攻撃なんて愚かなことを、と思いながら、一花は片膝を地面に着き、地面を刀に突き立てた。

「やべっ!伏せろっ!!」

 涼が慌てたように周りに告げたが、一花はその声を気に留めることはない。一花が魔法を放つと、地響きと共に地面から、大気から、風の刃が舞い、吸血鬼の身から一斉に血が噴き出す。涼や他の面々は防御魔法で辛うじて風の刃から身を守るだけで精一杯だった。

 波が引くように風が止む。

 涼達が辺りを見回すと、吸血鬼の無残な屍が散らばっていた。すでに立ち上がっていた一花はというと、息が乱れた様子はない。ここまでの戦闘で疲れた様子が全くなかった。

「凄いな……。力の差が……半端ない……」

 ボソッと涼が呟く。涼達は息切れを起こしていた。あの一度の魔法を防ぐのに相当な体力を消費していたのである。

「鍛え直しか……」

 そんな涼達を見て一花は呟いたが、幸か不幸か涼達には聞こえてはいないようだった。



「そっうちょおぉ~!!!」

 この場に似合わぬような明るい声が遠くから聞こえる。声がした方を見れば、手を振りながら浅葱令アサギ レイが駆け寄ってきていた。彼女は第5班に属している。令がここに来たということはそちらは片付いたのだろう。おっちょこちょいで危なっかしいところはあるが、こうして生き残れたということはそれだけ成長したということだ。一言かけようと一花が口を開いて声を発そうとした時。令の側でフッと人ならざる気配が沸く。今まで表情が変わることが無かった、冷静でいた一花が焦った。

「っ!!令!!!」

 叫ぶことしかできなかった。一瞬体が固まって、地面を蹴った時は、もう遅い。

同時に目に映ったものはえっという表情の令の顔。そして、吸血鬼が令の首筋に牙を立てる画。令がつんのめり、同時に一花が吸血鬼を撃った。

「!?」

 一瞬の出来事に驚愕の表情を浮かべる涼達。令と吸血鬼が倒れこんだ。

「令っ!」

 駆け寄った一花は、吸血鬼の下から令を引きずり出そうとする。吸血鬼はすでに絶命していたが、吸血鬼の血で令も一花も徐々に染まっていく。

「総長!令!」

 一発目の銃声を聞いて急いで駆け付けた春達が吸血鬼を令の上から退かした。その頃には、一花も春も手伝った者も、令も血まみれになっていた。

しかし、敵は休ませてくれることはない。血の匂いに誘われて血の亡者は群がってくる。

「多いっ!」

 春や涼が臨戦態勢に入るが一花からは返事が無い。

「総長、指示をっ!」

 じりじりと吸血鬼が寄ってくるが一花は何も言わない。間合いに入るか入らないところまで迫っていた。耐えきれなかった春が飛び出そうと刀の柄に手をやった時、春は風を感じた。

「風?」

 誰かも感じたのだろうか、呟いきが聞こえた。その瞬間、一花達を取り囲むように辺り一面が火の海と化した。生きていた吸血鬼も、屍となった吸血鬼も皆、焼き尽くされた。




   ♢  ♢  ♢


 誰かが一際高いビルの上に立っている。火の海と化した街を見つめていた。

「強力な力の持ち主か……。退屈しなくてよさそうだな、これは」

「吾妻様!」

 スッと闇から人が現れた。吾妻様と呼ばれた男、吾妻律アヅマ リツは振り返る。

「――ナルか」

「はい」

 静かに八田成清ヤタ ナルセは答え、律の前に跪いた。

「いいって、俺にそんなことしなくても」

「ですが…」

「俺は序列とか気にしてないからさ。いいから立てよ。それとも命令っていうか?」

 半笑いに律が言うと、成清は一瞬渋った顔をしたが立ち上がった。

「そういう顔すんなって。それにいい加減、律って呼んでほしいんだけど」

 律が呆れたように言うと、成清は俯いてしまった。

「あっ、ごめんって!別に悪いって言ってるんじゃないんだけど。その、あれだ。なんか距離を感じるからさ。それで」

 慌てたように付け加えると、成清は上目遣いな目で律を見て、また俯いた。

「申し訳ございません、あ……り、律様……」

「んーー、本当は律がいいんだけど……」

 と成清を見ると、それは曲げないという顔をしている。律としては様付けかと思ったが、それならば仕方ない。

「まあ、追々な。にしてもだ」

 一花達がいる方を見る。未だ、炎が消える様子はない。

「その……。凄いですね、敵ながら」

「ん?そうだな。ま、これを見れただけでも大きな収穫かな」

 律はじっと見ていたが、くるりと向きを変え歩き出した。

「え、もういいのですか?」

 成清が驚いたようである。もう少しいると思っていたのだろう。

「ああ。それにいつまでもここにいるとバレるしな」

 言いながら、首だけ振り返り顎でクイッと一花の方を示す。

「……」

「言いたいことでもあるのか?」

「いえ」

「そうか」

 成清の言ったことを気にした様子もなく歩いていく。

「にしても、アレは」

 そう呟いた律は不敵な笑みを浮かべた。いつかあるだろう敵との戦いを楽しみにしているようだった。

「帰るぞ」

 その一言で、数多の紅い瞳が闇に溶けた。

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