第7話 発現者

 あれから二時間ほどが経過した。


 あたしが案内されていた部屋は、本来は尋問室と呼ばれていた場所で、何かしらの損傷や被害が出ても大丈夫なようになっていた。あたしは気付かなかったが、壁の一部にマジックミラーが設置されており、一連の出来事は別室で観察・記録が行われていたらしい。因みに窓がなかったり扉が鉄板でできていたのは、容疑者の逃走防止措置の為だそうだ。


「少しは落ち着いたか、紗那恵。」


 今は、3階にある会議室にて休ませてもらっている。全面強化プラスチックのシースルー構造で出来ている部屋であり、椅子や机も先程の部屋のものよりデザインや材質がしっかりしている。やはり、ああなることを見越していていたのだろう。もしくは仕向けられていたのか。


 まだ、頭の中が纏まっていなかった。不安感が爆発して迷惑をかけてしまったこと、メルルが軟禁されていること、あたしに魔法の力が発現してしまったこと。こんなことになってしまって、あたしは教職が続けられるのだろうか。普段の生活に戻れるのだろうか。あたしは、口を開けずにいた。


「…まぁそうだよな、俺だって当事者だったら混乱すると思う。」


 違うんだ、そういうことじゃないんだ。


「紗那恵、騙して悪かった。大黒木警部から指示があって、紗那恵から連絡が来たら署に来るように誘導してくれって。」


 忠煕が謝るのは筋違いだ。悪いのはあたしだ。


「俺はそれを阻止したかったんだが、お前の気持ちも考えて阻止しきれなかった。これは俺の心の甘さが生んだ結果だ。」


 あたしは俯いたまま顔を上げることが出来なかった。あたしも忠煕も、今どんな顔をしているのだろうか。


「ごめん、紗那恵。」


 謝らないでほしかった。あたしのせいで忠煕が悪者になってしまったのではないか、そんな考えが頭の中によぎってしまう。



         沈黙。



 その沈黙が長かったのか短かったのか。


 不意に、忠煕があたしの頭を優しく撫でてくれた。


 なぜだろう、心が温まっていくような気がした。


 何も言わず、只々頭を撫でる。


 ふと小学生だった頃の記憶の断片が思いだされた。


 道場の団体・副将戦で負けた時、あたしは悔しくて陰で泣いていた。そんな時に、大将を務めていた忠煕が、そっと頭をなでてくれたのだ。「次の試合で俺がカッコよく勝つから見てろ。」と励ましてくれていた。その後、ボコボコにされて負けていたのだが、余りのやられっぷりに、試合後に笑いながらいじってやった。良い思い出だ。


 気づけば、頭はもう撫でられていなかった。今なら顔向けが出来る。


「ちょっとはましな顔になったか?」

「…うん。」

「なら、次のステップに進んでいいか?しんどかったらこのまま帰ってもいいんだが…。どうする?」

「あたしはメルルに会うまでは帰らない。」

「そこの意思は固いんだな。よし分かった。ちょっと待ってろ、大黒木警部呼んでくるから。」


 言葉を残し、忠煕は部屋を出て行った。


 あたしは手のひらを天井のライトに向かってかざした。あの時描かれていた幾何学模様はどこにも現れていない。あれはいったい何だったのだろうか。そういえば、塘添さんにも似たような幾何学模様が描かれていた。純粋に考えて、あれが魔法を使役していたのだろう。けど、どうしてあたしや塘添さんは魔法が発現してしまったのだろうか。思考を巡らせていても、今のあたしには答えが出なかった。


 数分後、何やら資料を抱えて大黒木さんと塘添さん、忠煕、他数人が部屋に入ってきた。


「伊佐坂さん、調子はどうかね?」

「幾分かマシにはなりました。迷惑かけてすいませんでした。」

「気にしなくても良い、あれは想定の範囲内だ。むしろ検証に利用したことを、謝ろう。」


 言って大黒木さんは、あたしに対して深々と頭を下げた。あたしは慌てて頭を上げてもらうように伝えた。


「や、やめてください。迷惑をかけたのはあたしの方なんです。」

「そうか、ならば今回はお互いさまということで。」


 そう言って椅子に座り直す。なんともまぁ、剛胆な人だ。


「では早速、今回の経緯と君の希望について話そう。」


 大黒木さんは塘添さんに目配せして、ここに居るメンバーに資料を配付させた。タイトルに「魔法発現と発現に至る因果関係」と記載されており、持出禁止の判子が押してある。


「先ずは資料の一ページ目を確認してくれ。」


 指示されたとおりにページをめくる。中身は文章ががメインで、一部写真や図で表記されていてとても見やすく作成られていた。


「改めて、生活安全課課長代理兼魔法関連調査班班長せいかつあんぜんかかちょうだいりけんまほうかんれんちょうさはんはんちょうの大黒木だ。今回は重要参考人としてゲストを呼んでいる。」


 皆が一斉にこちらを見た。というか勝手に重要参考人にされている。


「彼女は今回の件の肝だ。何かあれば任意同行をお願いすることもあるだろう。」

「警部、お言葉ですが、一般人をこの場に居合わせるのはどうかと。」


 メガネをかけたいかにもインテリっぽい人物が発言していた。同感だ、この場は明らかにあたしだけ浮いている。空気感も普通ではない。


照屋てるや警部補、こと魔法に関しては我々は無知。魔法が使える人間、理解のある者が一人でも多い方が良いであろう。」

「そこの塘添巡査では不満なのですか?」

「一人でも多い方がと行ったであろうに。それに彼女は、あの被験者との重要な関係性があるらしい。協力者になってもらった方がいいと思うがね?」

「しかし…。」


 すると、大黒木さんの近くにあったファイルを照屋と呼ばれた人物へ見せつけた。


「署長の署名と警察庁長官の書状…!?」

「そこにあるように、任意の人物を班に加える事が出来る。一般人でも。魔法という未知の存在に、国もなりふり構っていられないのだろう。」


 そんなとんでもないことが許容されるのか?あたしは酷く不味い状況に巻き込まれているのかもしれない。


「さて、話を戻そうか。」


 ゆっくりとした動作でプロジェクターを起動する。


「先ずは魔法に関しての説明だが、被験者が説明したものを基準とする。この図のように、四つの根源と二つの起源に部類される。四つの根源だが、それぞれ【熱(サラマンド)】【風(シルフェ)】【液(リキッド)】【金(メタグラン)】と部類分けされる。次に二つの起源だが、【閃(フラッシュ)】【闇(グラビアーク)】と分けられる。熱と風は閃に近く、液と金は闇に近いとされている。今のところ確認されているのが、熱・風・液の魔法だ。これに関しては研究機関と相談して対処法を模索している。そこに居る伊佐坂さんは闇の魔法が使える。被験者によれば、一番強力な魔法だそうだ。」


 室内がまた少しざわついた。明らかに危険視している人物もいる。尋問室であった映像を見たのであろう。


「静かに。これらの魔法は犯罪に使われれば大変危険であろう。しかし、警護に役立てればこれからの魔法犯罪に対する手段として上手く運営できるだろう。」

「毒を以て毒を制す、ということですね警部。」

「そういうことだ、桧垣ひがき巡査部長。」

「ただ、資料にあるように被験者2名と発現者8名、そこに居る方を含め9名ですか、内逮捕者7名という数字を見ると、今のところ犯罪者に協力してもらう形になってしまいますが、警察が犯罪者に依頼をするのはあまり感心しません。」

「うん。君の正義心は素晴らしい、警察官の鏡だ。」


 言いつつ軽く拍手をする。それに対して発言をした女性警官は、複雑そうな表情をしていた。


「その通り、犯罪者一行は共犯で、被験者に性犯罪、輪姦事件を起こしていたグループだ。今回の件で一斉逮捕できたが、アレに頼らなくとも警察はまだ対処できる。」

「それを聞いて安心しました。」

「うむ、だが今後は分からない。今後起こりうるであろう事件の可能性において、魔法という選択肢が増えたのだ。生活安全も兼ねて、先手を打っておく他ないだろう。」


 魔法が犯罪に使われる。確かにそうなってしまったら、大変なことが起きてしまうだろう。下手をしたら戦争並みの規模で大惨事になりかねない。


「あのぉ、自分まだ魔法が存在することが信じられないんですけど…。」


 気弱そうな男性警官がおずおずと手を上げ発言した。


「君は…。」

「志願者の生活安全課巡査の玉目たまめです…。」

「玉目巡査か。塘添巡査、手間をかけるが見せてやってくれ。」

「了解しました。」


 塘添さんはメモ用紙を一枚契り、細かくして手のひらの上に乗せた。次の瞬間、幾何学模様が手のひらに浮かび上がり、紙が空中で渦を巻いて舞い始めた。


「うわぁ…。」


 その様子を、玉目巡査他数名も見入っていた。


「魔法は科学では証明できない現象として実在する。少なくとも、発現した瞬間は力の加減が分からず暴走してしまうこともあるが、訓練を積めばこの通り、自由に使いこなす事が出来るぞ。もういいぞ。」

「はい。」


 暴走という言葉を聞いて、あの部屋の惨状を思い出す。ただ、あんな状態になってしまうなんて、あたしの力はいったい何なのだろうか。


「魔法の特性や方向性はまだ研究中だが、被験者によれば、魔力値なるものが存在していて、それは女性の方が高いそうだ。もちろん男性でも魔法を扱えるそうだがね、女性より圧倒的に威力は劣るらしい。」

「では、魔法の習得にはどのような条件が?」

「良い質問だ。次のページを見てくれるかい?」


 指示に従い、全員ページをめくる。


「ここに記載されている内容は、あくまでも仮説だ。だが、今朝この仮説に対して立証に近い事が起きたので皆に共有しておきたい。」


 警部の優しい顔がまた少し歪んだ。興奮を抑えきれないのだろう。


「まず、魔法が使える人物を”発現者”と便宜上定義しておこう。その発現者の共通点を考えてみたのだ。それは、こちらで保護している被験者2名との濃厚接触を行った人物だと、私は推測した。」


 プロジェクターには、メルルともう一人、褐色肌に短髪黒髪、なのに妙に長いアホ毛が二本生えている少女だった。


「こちらの猫耳少女は、一週間前に伊佐坂さんが保護、署で引き取り5日前まで塘添巡査が世話をしていた人物だ。ただ彼女は宿所内の寝室で魔法を乱発、塘添巡査の負傷、傷害事件の現行犯として一時的に特別な場所に軟禁させてもらっている。素性も分からないのでな、今はおとなしくしてもらっている。」


 その話を聞いて、あたしは頭に血が上り立ち上がりそうになったが、隣にいた忠煕が無言で腕を押さえてくれたおかげで事なきを得た。


 話の続きを聞く。


「もう一人の触覚少女は、皆が周知の通り、輪姦事件の被害者だ。発見した当初はひどく衰弱していたが、護送中のパトカーの中で、運転中の越谷こしがや巡査長を魔法で絞殺しようと試みたそうだ。昨夜、不審者の通報があり、私と他数名で身柄を確保。同じく殺人未遂で軟禁させてもらっている。猫耳少女の反応を確かめたが、おそらくは同郷の者だ。」


 彼女は被害者であり加害者でもある。何よりメルルの知り合いとなれば、彼女たちを元の世界に帰すヒントがあるかもしれない。ただ、この状況、帰す以前に彼女たちを解放してあげなければどうにもならない。


 ここは思い切った行動が必要だ。そう思い、あたしは思い切って挙手をした。


「伊佐坂さん、どうかしました?」

「あの、あたしが彼女たちに会うことは出来ますか?」


 一斉に視線が集まる。明らかに睨んでいる者や、少し慌てたようにしている人もいる。これがアウェイの空気というやつか。隣にいる忠煕でさえ頭を抱えている。だが知ったこっちゃない、あたしは一般人であって、警察の上下関係など気にしていないのだ。


「…大丈夫だ。許可しよう。」

「警部!そんな簡単に了承してよい発言じゃないでしょう!」


 そう叫んでいたのは先ほどのメガネだ。


「まだ危険性のある人物に一般人を引き合わせるなど警察官としての倫理が___。」

「照屋警部補、彼女なら大丈夫だ。」

「何処にそんな根拠が…。」

「心配なら塘添巡査と近江巡査長を同行させよう。」

「そういうことじゃないんです!もし被験者と共謀して、魔法を使った被害が出れば世論がどういった反応をするか!」


 あのメガネ勝ち割ってやろうかな。いいたい放題言いやがって。


「これは世論がどうという話ではないよ警部補。」

「私は市民の安全を第一に考えてほしいんです!」


       沈黙。


「…伊佐坂さん。」

「はい。」

「君は彼女らに会ってどうしたい?」

「話を、したいです。先ほどの話の内容が本当なのか、彼女たちが今どんな気持ちで過ごしているのか、それを確かめたいです。魔法がどうとかは関係ない。ただ、会いたい。」


 皆が聞き入っていた。


「照屋警部補。」

「はい。」

「もし、君の探している行方不明の妹が見つかったとしたら、どうする?」

「…そんな事、もうあり得ません。」

「仮定の話だ、答えなさい。」

「…会って話をします。それから事情を聴いて、思い出話をして、…言葉じゃ言い表せません。」

「そうだよね、それと同じなんだよ。」

「違います警部!彼女はたったの一週間、私はもう十年以上も探しているのですよ!」

「君は会いたいという気持ちに、時間の長さが関係あると思っているのかい?」

「警部!話を変えないでください!」

「この大馬鹿者が!!」


 一瞬で空気が凍り付いた。ここで会ってから笑顔を絶やさなかった大黒木さんが、今は怒りの表情を向けている。当然当事者のあたしも溢れ出る覇気には押し黙るしかなかった。


「人を守りたい、大切にしたいと思う気持ちを無下にしてどうする!それでも警察官か!」

「…すいません、出過ぎた真似でした。」


 そう言って大黒木さんはあたしの方を見る。


「伊佐坂さん、警部補の不手際を許してやってくれないかい?」

「はい、大丈夫です。少しあれでしたけど…。」

「ただ、照屋警部補の考えも汲み取ってもらいたい。魔法の危険性は身をもって知っているだろう?」

「…はい。」


 ボロボロにした机やイス、コンクリートの床さえも陥没させてしまうあの力は無暗に振るってはいけない。その事は重々承知している。


「話が少し脱線してしまったが、戻そうか。」


 その後、魔法発現についての条件と仮説が大黒木さんから発表された。


・被験者との濃厚接触による可能性

・感情爆発による暴走で発現開花

・魔法適性や魔力値の高いもしくは可能性を秘めた体質

・・・etc


三項を起点として満たしている者が、魔法発現者となる可能性が極めて高いと言う。


「と、簡単に説明するとこのような感じだ。何か質問は?」

「あの、今後の対応方法と被験者についてお伺いしたいのですが…。」

「それについては次のページを開いてくれるかい?」

 皆が次のページを開いたので、あたしも続いて開く。

「細かい内容はこれから査定するとして、今できることはこのくらいだ。玉目巡査、読んでくれるかい?」

「は、はい。一、被検者の扱いについて『被検者と判断される人物が特定された場合、支給された装備を着用し、速やかに確保・保護を行うこと。』二、濃厚接触の基準『被検者との濃厚接触に関して、飛沫・空気伝播による発現事例が見られない為、現状は素肌を介した接触のみとする。』三、発現者への対応措置①『魔法を行使した被害又は犯罪が起きた場合、魔法関連調査班が速やかに対応、事態の収束に勤める。』四、発現者への対応措置②『①で被害が出ていない場合、警察側は協力要請及び守秘義務契約を結び、出来るだけ友好的かつ穏便に事を進めること。』五、その他・追加項『今後対応策が変化する恐れがあるため、柔軟に対応する事。』…以上です。」


 難しそうな言葉が続いたが、一応理解はできた。こう、回りくどく文章化するのは、お偉いさん方へのアピールも兼ねているのだろう。


「ありがとう、玉目巡査。私からは以上だ。他に質問は?…無いね。では、会議を終了する。次回の会議までには資料を熟読しておくように。皆、通常業務にあたってくれ。」


 号令とともに、皆席を立ち、会議室から退室していく。


「近江巡査長と塘添巡査は少し残ってくれるかい。」


 今朝居たメンバー以外が退室しきってから、大黒木さんが話を進める。


「さて、この後なのだが、伊佐坂さんと約束をした手前実行に移さなければならない。二人には悪いが、この場所まで案内してもらえるかい?」

「かしこまりました。」

「ま、そうですよね。」


 二人は小型タブレットを開き、データを受信している。きっと軟禁されているであろう場所の地図だ。


「紗那恵、その資料は俺が預かっておく。」

「ん、わかった。」

「それじぁ、行くとしますか。紗那恵、行くぞ。」


 あたしは頷いて、三人の後ろを付いていき、会議室から出て行く。


 何やら準備があるそうで、あたしは一人、署の入り口付近で待機することとなった。空に浮かぶ太陽は高く、昼前に差し掛かっているのが分かる。不思議と空腹感は無かった。ただ、とても疲れた。


 もう一度、今度は太陽に向かって手をかざしてみる。やはりあの幾何学模様は現れていない。意識すれば何かしらの力は使えるのだろうか?だが、今のあたしに、その力を使いこなすことはできるのだろうか?授業中に力を暴走させてしまわないだろうか。


 あたしは手を下ろし、強く手を握り締めた。絶対に間違えない用にしよう。そう誓った。


 五分後、準備が出来たようで、二人と合流した。一台のパトカーに案内され、乗車し目的の場所へ車を走らせた。





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