第27話 見え見えの挑発


 憎たらしいことに、ケートゥは全く慌てる素振りを見せない。


「降ろしましょう。剣も爪も。他の方がびっくりしていますよ。ほらほら」


 そう言って微笑むケートゥの後ろから、王や他の娘たちが現れた。さすがにこの状況で刃傷沙汰を起こしたら、アイラたちの方が悪者になる。


「……保身に走りやがった……」

「まだ命まで捨てたくありませんからね」


 アイラとラーフはじっとりと彼をにらむが、どうすることもできない。結果、渋々ながら矛をおさめた。


「では、これで全員そろいましたので、惑星武器の訓練を開始しましょう。皆さん、練兵場へどうぞ」

「親父から聞いたが……本当にお前がやるのか。手加減しねえぞ、怪我すんなよ」


 テルグが先行するケートゥに向かって軽口をたたいた。


「大丈夫ですよ。そんなことにはなりませんから」


 しかしケートゥから放たれた言葉によって、空気がざわつく。特にテルグは、あからさまに怒りが顔面に浮き上がった。


「……あたしたちの攻撃が大したことないって意味か?」

「過ぎた自信は身を滅ぼすぞ」


 テルグが噛みつく。リディがそれに同意した。


「僕は後方支援だから、訓練はいいよ」

「みんな強いのは分かってるから、そんなに怒らないでくださいまし」

「…………」

「まあ、やってみれば分かりますから。ついてきてください」


 乗り気でない水星と金星、そして無言の土星。各人の反応は様々だ。しかし結局ケートゥに押し切られ、練兵場に入る。


 騎馬や騎鳥による訓練には場所が必要なため、練兵場は土だけがしかれた広い空間だった。高官や訓練官が全体を見下ろせるように作られた櫓だけが、文明を示すようにぽつりと立っている。金属製の道具を使って土をならしていた兵たちが、王女に気付いて敬礼をし立ち去っていく。


 練兵場の真ん中に立ったケートゥは、腰に手を当てた。


「さて……まずは、皆さん。自分の武器を構えてみてください」


 馬鹿にするな、という声もあがったが、結局娘たちは彼の言葉にならった。


「武器が持てないほど慣れていない方はいらっしゃいませんね。ならば講釈はせず、実践から参りましょう。どなたからでも結構。私に向かって、思い切り打ちこんできてください」

「面白え」


 テルグが真っ先に進み出た。彼女の手には長斧が握られている。斧は刃の部分がかなり大きく、持っていなければすぐに地面につき刺さりそうに見えた。アイラの武器と違って宝石はほとんどついていなかったが、大きな刃に添うように炎影のような形の金属装飾が施されている。


 それを掲げるテルグに、重そうなそぶりは微塵もない。前後左右に目をやっても、苦しそうにしている顔はなかった。彼女も他の娘も、アイラが教えてもらってできた境地に、自分で辿り着いたということだ。最初から負けた気分になったアイラだったが、気持ちを押し殺して口を固く結ぶ。


「──それでは他の方々は、離れて」


 開始の声がかかった。テルグ以外の娘たちと王が、言われたとおり数十歩くらいの距離をとる。


「さて、こちらも得物を持ちませんと」


 ケートゥがつぶやく。そして軽く手を振ると、一瞬だけ彼の身体が白く光った。次の瞬間には、彼は手に長柄の斧を持っている。テルグの惑星武器と比べると装飾が少ないが、それでも光を受けて輝く刃は鋭かった。本当に「生み出した」としか思えない動きに、アイラは目を見張る。隣の異母姉妹たちからも、驚きの声が漏れた。


 相対するテルグは満面の笑みである。強い相手に巡り会ったことが、嬉しくて仕方ない様子だ。やはり脳味噌筋肉一族の考える事はよくわからない、とアイラは思う。


「いいモン持ってるな」

「私の本来の得物ではありませんが、十分戦えるはずです」


 刃を上に向けて構え、テルグがじりじり距離を詰める。ケートゥも同じ構えで彼女に相対した。そのうち、いつどちらが動いても、相手に刃があたる距離にさしかかる。アイラは瞬きの間も惜しむように前を見つめた。


 意外なことに、先に動いたのはケートゥだった。構えた斧を、テルグに向かって振り下ろす。無駄のない、正確な動き。しかし、それだけだ。バカ正直な軌道を、テルグは見切っている。


 テルグの口から、鋭い声が漏れた。彼女は足を踏み込むと同時に、斧の柄で攻撃を流す。反動を受けたケートゥの体が、大きくぐらつき前にのめった。


「もらった!」


 無防備な背中に、テルグの斧が吸い込まれていく。痛打間違いなし、下手すれば一生寝たきりだ。この場にいる誰もが、そう思った。


 しかし次の瞬間、ガチッと硬い音が響く。テルグの斧がはね返され、空中で円を描いた。そんなことになるとは予想もしていなかったのだろう、テルグが転がる。それでも受け身をとっていたので、彼女はすぐに立ち上がった。しかしやり返そうとした斧が届く範囲に、ケートゥはもういない。


「やれやれ。かすり傷くらいはつけてくださいよ」

「てめえ……」


 ケートゥが煽る。テルグの眉間に、青筋が浮かんだ。彼女は苛立たしそうに地面に着けた斧先を引きずる。結果を認めたくないのか、テルグはケートゥに向かってまだ殺気のこもった視線を投げていた。ケートゥは憎たらしいくらい泰然とした笑みで、それにこたえる。虎と龍のにらみ合いだ、とアイラは思ってため息をついた。


「ケートゥ様……当たったのに、痛くないのですか?」


 流れる沈黙を破って、ユクタがケートゥに聞く。その横でラニが、傷口を見たくないのか膝を抱えて時折頭を上げる。リディとトリシャは並んで立ち、テルグとケートゥの顔を交互に見ている。


 ケートゥが切り裂かれた衣をめくって、観覧者たちに身体を見せた。あらわになった白い肌には、傷一つなくなめらかだ。時々光の具合によって、鱗模様がうっすら浮かび上がる。ラニもようやく、他の姉妹と同じ姿勢で観察し始めた。


「出血どころか、跡さえないな」

「……え、あんなに当たった音がしたのに?」

「貴殿、一体何者だ?」


 眉をひそめながらリディが聞く。


「失礼。こういう者です」


 ケートゥが、それをうけて竜の姿に変化する。兄弟分であるラーフも、同じ姿に戻って彼の横に並んだ。アイラはすでにこの姿を見ていたので平静を保ったが、他の姉妹達の口からは感嘆の声が漏れた。


「竜だ! 竜だよ!」

「本物か?」

「絵巻物と同じ姿ですわね」

「……綺麗」


 姉妹が口々に感想を述べる。最後にリディがつぶやいた。


「初めて見たな。竜種か」

「はい。ちなみにこの武器は、鱗で作った物ですよ」

「聞きしに勝る能力だな。しかしそのかわり、人嫌いで有名なはずだが」

「私たちは変わり者でね。惑星武器の使い手を助けて、ずっと『泥』と戦ってきたのですよ。うるさいのは嫌いなので伏せてもらっていましたが。お父上に聞いてごらんなさい」


 娘たちの視線が、一斉に王に集中する。彼はわざとらしい咳払いをした。


「その男が言っていることは本当だ」





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