第26話 ここは王宮の庭

 太陽が王や権力を好むにも関わらず、アイラは王ではないのだ。第一子ですらない。権力ではリディに勝ち目がなく、余っているのは元気くらいである。そうなると、強硬手段くらいしか残っていないように感じられた。喜びの気持ちは、長続きせずにしぼんでしまった。


「仮説を口にはしたが、絶対やりたくなさそうな顔ですね。ルドラ王も娘に好かれたものです」

「何も生まない争いは主義に反するってだけよ」


 口を尖らせるアイラの本心を見透かしたように、ケートゥは笑った。今、自分がどんな顔をしているか想像すると、アイラの頬が熱くなる。父への屈折した思いに関しては考えまいとアイラは誓った。


「別に、実際の地位が低くてもいいのですよ。彼らが好むのは、もっと魂的なつながりです」

「魂?」

「心、精神、信念。色々な呼び方をされますが──要はあなたがあなたであるために、譲れないもの。それを惑星が象意にかなうと気に入れば、早く力を貸してくれるでしょう」


 自分が、自分であるための証。アイラが真っ先に思い浮かぶのは、深く、暗く、汚らわしい記憶だった。それを晒せと、この男は言っているのか。勇気と呼ぶと聞こえはいいが、あまりに乱暴だとアイラには思えた。


「口に出していただく必要はありませんよ。考えて、己の分身を手になさい。そして全てを打ち明けて武器の審判をあおぎなさい。その結果受け入れられなければ、王の座は潔く諦めましょう。手に入らないものに執着する人生は苦しいだけですよ」


 ケートゥがアイラの後ろに回った。アイラはケートゥの声を聞きながら、剣を腰にさす。柄を握り、抜刀の構えを取った。そして、過去から現在まで自分を縛っている光景を思い出す。


 息を吸った。滑らかに体が動く。何千回も繰り返してきた動作ゆえに、上手くいったのだとすぐに分かった。


 軽い。大ぶりな長剣だというのに、片手で楽に動かすことが出来る。いつも両手持ちをしていたアイラは、自由になった左手を持て余した。感謝の念をこめてケートゥを見つめると、彼の顔には何故か焦りの色がある。


「うまくいったようですね……」


 喜びの表情を浮かべながら舌打ちをするという難行を、ケートゥは見事にこなしてみせた。


「なんなの、こいつ」

「だから言ったろ。こいつは人にモノを捨てさせたがるんだって。なんでも言うことを聞いてくれる宮廷の奴らと同じだと思ってたら、痛い目みるぞ」


 ラーフが冷たい目をしながら相方をこき下ろした。


「それにしても、短期間でえらく変わったな」

「ありがとう」

「俺に向かってこいよ。相手してやる」


 剣を使いこなしたことで、彼の「欲」を刺激してしまったらしい。さっきとはうってかわって、前のめりになっている。


「いいの? 手加減しないよ」


 アイラにとっても、これは望ましい展開だった。新しい剣がどこまで使えるのか、実地で検証することができる。ケートゥがため息をついたが、上機嫌になった二人には届かなかった。


「来い来い。楽しませてくれ」


 アイラは剣先を上にして構えた。ラーフとしばし、にらみ合う。相手が呼吸し、ふっと体が動いた。次の瞬間──アイラは踏み込む。構えた剣を、ただ斜めに切り下げる。剣が落ちる動きに逆らわない、ただすんなりとした斬撃。怒った人間が本能的にやる方法なので、『怒撃』と呼ばれる動きだ。細工がない分、初速が出て避けにくい。


 しかし、剣の先にラーフはいなかった。かわりに、何年も庭で根を張っていた大樹がまとめて数本、剣の軌道に沿って倒された。


 根元で切断された木々が舞い、そして落ちる。アイラは口を開けて見ているしかなかった。あまりのあっけなさに、感動するというより呆れてしまう。樹はいずれも大人の胴ほどもあったのに、手にしびれどころか重さの感覚すら残っていなかった。


「ははは! 派手にやったな」


 あまりのことにアイラがぼんやりしていると、いきなり首根っこをつかまれる。無理に首を動かして後ろをちらっと見ると、銀髪の端正な顔立ちをした青年がそこにいた。今日はきちんとした貴族用の長い外套をまとい、片手一本でアイラを持ち上げている。


「自由に人にもなれるのね」

「ああ、そうだよ。攻撃を避けるにはナリを小さくした方がいいからな」

「へえ、賢い」


 アイラはラーフの腕にぶら下がったまま、素直に感心した。


「これで王になれそう?」

「はははははは」


 アイラは真面目に聞いたのに、ラーフは爆笑した。その間もつかんでいたアイラの着物を放すことはない。


「そりゃまだ早いな。他の連中の能力を見たらわかるだろうよ」

「む。聞き捨てならん」

「暴れても無駄だぞ。猫みたいな格好が面白いからしばらくこのままだ」

「……仲がよろしいですねえ。それでは、私は痛い目見たくないのでこれで」

「あ?」


 ケートゥがうさんくさい笑みを浮かべながら、姿を消す。そこでようやく、アイラとラーフは気付いた。怒りで目を光らせた警備兵たちが、自分たちの周りに堅固な陣をしいていることに。


「あれだけ騒げば」

「バレるわな」


 二人はそろってため息をついた。


「これは……」

「木が倒れているぞ」

「アイラ様を人質にとっていた」

「曲者! かかれ!!」


 ラーフはアイラから手を離して弁明するも、時すでに遅かった。血気にはやった兵たちは、容赦なくラーフを羽交い締めにした上、警棒を使ってめった打ちにする。その間ケートゥは消えたまま、一度も姿を現さなかった。


「待ちなさい、違うんだって、あっ、いま、足踏んだの誰っ」


 アイラはなんとか兵たちをなだめることに成功したが、その頃にはすっかり声が枯れていた。



☆☆☆



「よう」

「おう」


 翌日、アイラは時計塔に近い城門にいた。ケートゥに呼び出され、惑星武器の使い手たちは軍の詰め所に集合することになっていた。


 武器に慣れるため、立ち回りをすることはあらかじめ聞かされていた。今日のアイラはゆったりした上着に幅の広い男性用の履物を合わせている。着物は汗をよく吸う生地でできており、この上に鎧をつければ訓練にもすぐ挑めた。


 時計塔と向かい合うように小さな門兵たちの宿舎があり、その奥が詰め所だ。そこでラーフと再会する。彼は人型のままで、まだ顔を腫らしていた。


「ひどい面」

「お前もな」

「昨日、ほとんど寝てないの」


 賊などおらず、植木の惨状はアイラの暴走だとわかった後。当然のことながら、こってり怒られる。ようやく説教から解放された時には、朝日が見え始めていた。


「それはそれは。俺なんて、護衛付きで牢へご招待だぜ。すぐ抜け出したけどな」


 賓客が来ることは皆知っていたが、ラーフとケートゥの人型を誰も知らなかった故の悲劇であった。これに懲りて、皆に顔を覚えてもらうためにしばらく人の姿でいるという。


「ケートゥは?」

「一回も来なかった」

「ちゃんと側にはいたんですけどね。姿を消して」

「「出た」」

「ははは、二人揃って物騒なものを向けて」


 裏切り者が、にこやかに物陰から現れた。アイラたちは恨みを晴らすべく、得物を彼に向ける。

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