第23話 食事は楽しく食べるもの

 アイラは壁に目をやった。赤壁に白い家具と柱と扉、そして床に濃茶の絨毯。家具は第四妃と好みが似ているが、母の方が装飾過多なものを偏愛している。


 それだけなら特におかしいことはないが……そこここに母が描かせた大量の肖像画がかかっているのが厳しい。自己主張が強く、己を愛してやまない彼女は画家を呼ぶのが大好きだ。


 そういう連中は婦人の扱いを心得ていて、「美しいです」「こんな方は見たことがありません」と褒めるものだから、ますます絵ばかり増えていく。本当に禁欲の神官一族の出なのか、とアイラは母の出自を疑っていた。


 呪いを一切うけない神気を帯びた少女、と話題になったこともあるそうだが、単に鈍感だっただけではなかろうか。今は亡き祖父が叔母にばかり期待をかけていたのも、分かる気がする。アイラはため息をついた。


「ほーら、アイラ。今度は父上と抱擁だ」

「やなこった」

「親子の絆だよ」

「志願を蹴りやがったくせに」

「あれはあれだよ」

「うるさい」


 ようやくいちゃつくのをやめた片割れに向かって、アイラは吐き捨てる。


「……父上は胸がないから、呼吸もできるぞ」

「かわりに腹が出てるくせに」


 アイラが毒づくと、父は真っ青になって鏡の前へすっ飛んでいく。


「出てる?」

「大丈夫大丈夫」


 夫婦で真面目な顔をして、一緒に服をまくっている。コレとコレから生まれたのだなあ、と思うとアイラはなんだか悲しくなってきた。


「出てない。父上の腹は出てない」

「分かったから見せびらかしに来ないで」


 加齢臭漂うおじさんの体から、アイラは逃げた。


「腹がどうだとか気にする前に、娘へ言うことがあるんじゃない?」


 アイラが言うと、父が振り返った。


「わかってるよ。自力で辿り着いたんだ、これは認めざるを得ないね。選ばれたのを運命と思って、頑張りなさい」

「へいへい」

「あと、父上は不正なんかしてませんからね。嫌味を言われたらやっつけて構わないから」

「んなこと誰が言ってるのよ」

「今日さんざん間諜から報告があったのさ」


 父は両手で顔を覆った。確かに合格者が自分の娘ばかりなら、なにか不正があったのかと勘ぐられて当然だろう。


「でも、試験は公正にやったよ。国内の参加希望者は全部集めたんだから」


 はじめは壮年男性や少年を主に集めたが、その中からは一人も選ばれなかった。何度も試行錯誤した後、乙女ばかりを集めてようやく決まったのである。


「それは分かってるわよ。うるさく言う連中は、ただのやっかみ。アイラが言いたいのも、そういうことじゃないでしょ?」


 母が父の背中をたたく。話をふられたアイラはうなずいた。


「試験開始の時間。参加者が聞かされてたのより、Ⅰ時間も早かったみたいだけど」

「まあね」


 だからこそ、ぼんやりしていた参加者が最初に大量に死んだのだ。アイラはそこに、なんらかの意図を感じ取っていた。


「いつもそういう風に、少しずらして伝えるんだ。よく時計を見て、計算していれば開始時間のずれには気づくはずだからね。……まあ、今年はラニがいたから早々に警告しちゃったけど。アイラも急に参加したわりには、ちゃんと計算してたじゃないか」


 そんな計算などしていないアイラは、曖昧に笑って誤魔化した。


「上から言われた時間通りに始まると思って油断してるなんて、最初から戦う資格がないってことよ」


 母が真面目な顔で言う。彼女もまた妹とともに惑星武器の試験に挑んだ一人だ。同じ受験者には手厳しい……偉そうなことを言っているわりに、自分だけあっさり落ちたが。


「わかった。もう一つ、聞きたいことがあるんだけど」

「ん?」

「惑星武器が人を選ぶ基準って、何?」


 アイラが聞くと、父は目をしばたいた。


「どうしてそんなことを……もしかして、気に入らないのか。自分の星が」

「まあね」

「……寂しいが、昔は俺もそうだったな。そうだな、惑星にも象意があって、それから大きくずれると、いくら武芸の才能があっても特定の星には選ばれないと聞く」


 父の目が宙に向いた。次々記憶をたぐっている。


「お前がほしがりそうな木星だと、『高度な精神性』、『宗教』、『知恵』……」


 指を折って数えながら、父はつぶやいた。


「なんか縁遠いな」

「やかましい」


 その通りだったが、アイラは毛を逆立てた。


「どうせ私はバカですよ」

「いいじゃないか、バカな子ほどかわいいだろ」

「それで救いを入れたつもりか」

「あ、やめて顔を引っ張らないで」

「あら、お父様。いらっしゃいませ」


 親子喧嘩になりかけたところで、カイラが入って来た。扉の前で様子をうかがっていたのだろう、絶妙な間だった。


「カイラ~、アイラが怒ってるよう」

「あら、またお父様で遊んで。いけませんよ」


 素早く妹に寄っていく父親。頃合いだと感じたアイラは、矛を収めた。


「はいはい、私が悪うございました。親父殿、お菓子半分あげるわ」

「やったあ」


 中年男が本気で喜んでいる。太るのを気にしていたくせに、この変わり身の早さはどうだ。太って後悔する日も、そう遠くない。


 アイラの懸念をよそに、四人で卓を囲み、手際よく下女が用意した茶と菓子を楽しんだ。今日は冷たくした果実と、こってりした家畜の乳を泡立てて作った乳脂をのせた焼き菓子だ。


「ああ、暖かいっていいなあ」


 父がこぼす。なにを大げさな、と言いたいところだが、アイラにも気持ちはわかった。通常貴族の家であれば、食事ひとつ摂るのにも過剰な儀式が必要とされる。何人もの召使いが使いもしない食器をずらずらと並べ、卓上の布にひだを作ってご丁寧に食器を挟み込む。


 手洗いの小さなたらいを用意し、魔を払うとされる薬草を食卓に置き、何度か毒味をしてようやく主人が呼ばれるのだ。そんなことをしているものだから、当然全ての食事は冷え切っている。


 アイラの母は一度だけおざなりな毒味をさせるものの、後の工程はほとんどすっ飛ばしているといっていい。不用心だとたびたび指摘されるものの、「毒が入っていれば霊感でわかる」と神殿出身の彼女はのたまう。霊感というより、動物的な嗅覚じゃないかとアイラはここでも意地悪な見方をするのだが。


「確かにねえ。冷えた食事なんて美味しくもなんともないじゃない。料理人に暑いところで汗だくになって肉を焼かせて、結局冷めたまま食べるなんて侮辱もいいところだわ」


 アイラが言うと、食卓に座った一同がうなずいた。


 下女が高いところからカップに注ぎ入れた香りのいい茶と共に菓子を味わった後、アイラは改めて口を開いた。


「しかし、まだまだ謎ばっかりだなあ。星の力って」


 選ばれておいてなんだが、まだ実感がわかない。父母たちから聞いた「泥」の特徴は選別の役に立ったが、深いところはわからないままだ。




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