10・モノノケ、アヤカシ、鬼、そして骨董店
学校を出た朝矢はその足取りで、徒歩十分足らずのところにある墓地の中にいた。人気のない墓地には、古い墓石が並んでいる。真新しい花が供えられているところもあるが、いかにも無縁仏のようにコケだらけの墓石もあったりもした。
「それで、どういった依頼ですか?」
朝矢を迎えいれた寺の住職に尋ねる。年は大体50台半ばほどの住職がなぜかニコニコと笑みを浮かべながら、朝矢に向かって両手を合わせている。その様子がなんとなく不気味に思えてならない。それに住職には生気も感じられなかった。
「人ではないようだ」
朝矢のすぐとなりにいる山男が言うように、住職には血の気がまったくない。ただじっと拝むばかりで表情さえも変えない。それでもこの人ならざる住職こそ依頼人であることはわかる。突然の依頼。突然、彼は桃史郎の元へ現れて祓ってほしいと願ったのだ。ただ死人からの依頼というのは、お金になるのかは疑問にならない。まあ、そもそも『祓い』での稼ぎになんて底が知れている。あってないようなものだ。それでも『かぐら骨董店』が成り立っているのは、その裏手にあるマンション経営の収入やら店長の作家としての稼ぎ、骨董品の売れ行き、その他諸々による。
「どうか、あの化け物を退治してくださいませ」
か細い声でいいながら、住職は人差し指をさす。
その方向を見ると境内の屋根の上に、それらすべてを覆い隠すほどの大型の蛾が乗っているではないか。
「いつからいるんだ?」
「はい、一週間ほど前に突然この境内に現れて住み着いたのです」
「なにか悪さでもするのか?」
「いいえ、目立って悪さするわけではないのです。ただあそこにいるだけです。けれど、私たちのような“モノノケ”にしてみれば煩わしいまですよ。なにせ、あれは我らの霊力を吸い取ってしまう」
住職は人ではない。モノノケと呼ばれる生き物だ。人の姿をしているが一般人には見えず、寺に住み着くモノノケ。寺の座敷童のようなモノだった。
彼がいう。
「大型の蛾が住み着いてからというもの、寺に住み着いているモノノケたちの元気がなくなって、次々と消えてしまったのです。私たちのような力のないモノノケにはどうにもできず、『祓い』を生業とする『かぐら骨董店』に依頼したのですよ」
なんでもありだなあと朝矢は思う。
桃史郎がなぜ『かぐら骨董店』と名付けた『祓い屋』を作ったのかは定かではない。
元々それは九州にあった。
太宰府天満宮のお膝元で店を構えたことがはじまりだったそうだ。当時は、桃志朗が店長をしていたわけではなく、彼の親戚という人がやっていたのだそうだ。そして、ある日朝矢が生まれ育った町に移転してきたのだ。そのときも彼は雇われだった。
しかし、二年ほど前に独立する形で東京へ進出してきた。そのついでというばかりにマンションの経営も始めている。いったい、どういう経緯で店とマンションを買ったのかはしらない。とにかく、「東京で祓い屋とマンション経営やるかな~。上京したら~手伝ってねえ。ちゃーんと、部屋も用意するから~」というノリノリで言っていたことを思い出す。まあ、東京行きはすでに決めていたこともあり、住むところを探さずに済んだことは助かっている。
朝矢は境内の上で羽を大きく広げた状態で居座っている大型の蛾を見る。
「アヤカシか?」
朝矢が山男に尋ねる。
「アヤカシというものが他の魂が入ることで元の姿を変化させたものととらえるならば違うだろう。あれもモノノケの一種だな」
そう答えた。
モノノケ、アヤカシ。
見分けというものははっきりついているわけではない。一つの器に二つ以上の魂が宿って、別の存在に変化したものがアヤカシ。それが進化し続けた果てが鬼と表現しているが、どうもそこはあいまいだ。鬼の場合はその過程がなくても角があれば鬼という単純なとらえ方もしている。それは根っからの鬼もいるからだ。生まれながら、角を持ち特殊な力を持つ存在も鬼という。
モノノケにもいくつかの種類がいる。鬼のような妖気を漂わせるモノノケと人のような霊気を漂わせるモノノケ。
前者は文字で書けば鬼妖、後者を霊怪と呼ぶこともあるが、大概はモノノケで済ませる。なにせ霊気と妖気の違いもあいまいなために判断が難しいのだ。ただ、鬼妖は周囲になにかしろの害を及ぼすモノで、霊怪は得をもたらすモノともされている。どちらにしても一見ではわからないのだから、果たしてこの僧侶の姿をしたモノノケがどちらに当たるのかは一目ではわからない。
でも、依頼をしたのだから、後者だろう。
「まあいい。依頼は果たすさ。ちゃんとその分の給料もらうからな」
朝矢は弓矢を出すなり、大型蛾へと向ける。
その直後、いままで止まったままになっていたはずの蛾が羽根を羽ばたかせて飛び上がったのだ。
「くそやろう。突然動くなよ。じっとしてやがれ」
そう叫びなら矢を放つ。矢はそのまま羽ばたきだした蛾の羽根をつらぬく。一瞬バランスを崩して地面に落ちるかと思われた蛾だったが、すぐに立て直すなり、朝矢のほうへと猛スピードで近づいてくるではないか。
避ける暇もない。そのまま、蛾の本体に体当たりされた朝矢はそのまま空へと押し出される。朝矢は思わず、その大きな蛾にしがみついてしまった。
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