5・朝矢の舎弟?
「えっと、その……」
「ああああああ。君たちいいいい」
その時だった。突然ハイテンションな声が聞こえて弦音たちが振り向く。すると、一人の見慣れない青年がこちらのほうへとステップでも踏むように近づいてくるではないか。
その青年を見るなり、突如としめモヒカン男の血相を変える。
「かっ柿添さん?」
あきらかに声がうわずり、なぜか背筋をピンと伸ばしている。
「君たちい。久しぶりたい。元気しとった?」
柿添と呼ばれた小柄な青年はモヒカン男をのぞき込むように見ながら、笑顔を浮かべていた。
「どっどうしてここに? って、光吉さんも?」
柿添に送れるようの長身の眼鏡をかけた男が歩いてくる。その隣にはなぜか青子の姿があった。
「お二人がここにいるということは? まっまさか」
さらに顔を青くする。
「そうなんだよお。あいつがちょっとここに教育実習してんだよお」
柿添が陽気に答えると突然モヒカン男たちが駆け出そうとした。それを停めたのは、柿添と光吉だった。
「どこにいくんだ?」
「いや、その」
少年たちはしどろもどろになる。
「だめだぞお。悪さしにきたんだろう?」
「そういうつもりでは……」
「文化祭はねえ。楽しむものなんだよお。せっかく楽しくやっているのにさあ。みだすようなことしちゃだめだよお」
そう言いながら、柿添が指を鳴らしながら、満面の笑顔を浮かべる。その笑顔がなんか怖い。
「すっすみません」
モヒカン男たちはすぐさま土下座して謝る。
「する気の満々だったんだあ。いけないねえ」
「おめえら。なに脅してんだよ」
すると、また別の方向から声がした。その声の主にモヒカン男たちの血の気が完全に引いている。
朝矢だ。
「ああ。お前ら、こんなところでなにしてんだ?」
「あ……有川さん。その……。レッドが復活するってきいて」
モヒカン男がさっきの勢いはどこに行ったのやらモジモジし始めている。
「レッドのライブ見に来たのか?」
「はい」
モヒカン男たちが立ち上がると、今度ははっきりした声で答えた。その眼差しはなぜか輝いている。
「有川さんのギター演奏が見れるなんて感動っす」
「期待してます」
「それはどうも。でも、今日じゃねえよ。明後日だ」
「あっ、じゃあ、また明後日来ます。では、さようなら」
モヒカン男たちはそそくさと帰っていく。
「あははは。ただのライブ見にきただけだったのかあああ。あははは」
柿添は大笑いをする。
「いや、荒らしにきたのだろう。でも、朝矢がいると聞いて逃げただけだ」
光吉がクールにいう。
「そうだねえ。あーくんは目つき悪いからねえ」
「ああ?」
朝矢がギッと柿添を睨みつけるが、まったく効いてはいない。ニコニコと笑っているだけだ。そういうところは、あの店長に似ているが、彼のように裏表がありそうな雰囲気はまったくない。
「あのお。誰ですか?」
弦音が尋ねる。
「こいつらは、レッドの元メンバーだ。俺の高校時代の部活仲間でもある」
朝矢が答える。部活仲間ということは、元弓道部のメンバーとなる。
それよりもいかにも喧嘩も強そうなモヒカン男たちを一瞬で委縮させてしまう朝矢というのは、とんでもない人なのかもしれないと改めて思う。
「あの子たちはねえ。俺たちレッドにいちゃもんかけてきてさあ。あーくんが打ちのめしたとよ」
弦音が尋ねるよりも早く柿添が口を開いた。
弦音にはなんとなくわかる気がする。確かに朝矢は強い。アヤカシや鬼と呼ばれる存在と戦っているところを何度か目撃したが、化け物相手にまったくひるまないのだ。それだったら、生身の人間なんて楽勝だろうということは想像つく。しかし、果たして普通の人間に恐怖を与えるほどに打ちのめしていいのかという疑問もあった。
「それから、完全にレッドのファンになったんだよなあ」
「そうだな。いつもライブにきていたな。いわば、朝矢の舎弟のようなものだ」
「だれが舎弟だ。そんなもん、門前払いだ」
三人はそんなくだらない会話をしていた。
「それよりもおおお。いいんですかあああ?」
さっきまで黙っていた青子が口を開く。
「この人ですう。レッドの新しいメンバーは」
その言葉に光吉と呼ばれた男がはっとする。なぜか弦音を睨みつけている。
「君か。臨時にドラムやってくれるのは」
「そっ。そうですけど」
弦音はしどろもどろになる。
「練習時間は?」
「三十……」
三十時間といおうとしたのだが、朝矢が「いうな」といわんばかりに睨みつけてくる。
「三十分です」
「三十分? それでレッドのライブに参加だとおおお」
弦音の言葉に光吉が怒りをあらわにする。
「ドラムをなめるなよ。レッドをなめるなよ。そんなので、バンドなんてできるかああああ」
さっきまでのクールさはどこへいったのか。いっきに暑苦しい人間に変わる。
「大丈夫だ。芦屋さんが教えたんだからな」
その名前を聞いた瞬間に光吉の表情が固まる。
「芦屋さん?」
「ああ。三十分みっちり鍛えたのだから、まあ大丈夫だ」
朝矢の言葉を聞いた光吉が突然目を輝かせながら、弦音の肩をポンポンと叩く。
「そうか、そうか。芦屋さんかあ。なら、大丈夫だ。がんばれよ。わが弟弟子よ」
「なんか、変なやつだなあ」
金太郎がいう。
「それならいい。じゃぁ、お邪魔した。あさってがんばれよ」
「えええ、ミッチー。もう帰るのおおお」
「僕は試験なの。分かってる?」
「おれはもう少し楽しんでくっけん」
「勝手にしろ。じゃあな。朝矢」
「ああ」
光吉はそのまま坂道のほうへと引き返していく。柿添は軽い足取りで模擬店を見回り始めた。
「それじゃあ、私も行きますねえ」
青子も去っていった。
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