渋谷駅前にて

 渋谷駅前はいつものように若者であふれかえっていた。


「相変わらず、人の多いねえ。こんなに多いなら、紛れ込んでいて絶対にばれないよな」


 渋谷駅を出てくる人込みに紛れて、イバラギは信号が青に変わるのを待っていた。その間に周囲の人間たちを見回す。


イバラギのようにただボーっと信号が変わるのを待つもの。友人たちとくだらない話をしているもの。携帯画面をみているもの。ゲームをしているもの。


学生らしき若者から高齢者までさまざまな人たちがひとつの信号が動くのを待っている。


「そういえば、ここで大暴れさせたんだよなあ。でも、意味あったのか?」


「意味はあったと思うよ」


 イバラギが見下ろすと、その隣には小学生らしき子供が二人。二人ともフードを深々とかぶっているために顔は見えない。


「しかし、お前らフードかぶらなくてよくないか?」


「人間に見られたくはない」


「そう。人間に見つかったら面倒だ」


 二人の子どもが口々にいう。


「見られるもなにもほとんどの人間が気づかないぞ」


「お前は姿を現しすぎだ」


「別に構わないだろう。こういうのも楽しいぞ。ここで思いっきりバレるのもありだな」 


 イバラギは唇を舐める。


「やめてくれないか」


「そうだ。そんなことをしたら、面倒なことになる」


「ああ。祓い屋どものことか? あんな雑魚100人こようとも倒せる自信があるぜ。まあ、あの陰陽師どもなら苦戦するかもしれないけどな」


 イバラギは楽しそうに笑う。


「えらい自信だな。以前、娘に押されていたではないか」


「あれ? あれはただのお遊びだよ。あのちび助の仲間がどんな風になっているのかってさ」


「そうか。どうせなら始末しればいいものを……。わざわざ捕まる必要もなかっただろう」


「それじゃあ面白くねえよ。どうぜなら、ちび助とともに強くなってもらわないとやりがいがない。あ、でも、もうちび助ではないな。ちょっと見ないうちに俺の身長追い越しやがった」


「たのしそうだな」


「ああ楽しいさ。これほど楽しませてくれるものはない」


「あまり遊ぶな。こちらとしては彼らに強くなられても困る」


「そうだ。ただでさえ、陰陽師どもに守られて手出しできんのだぞ」


「本来ならば捕らえておくべきところだ。おめおめとしていると、あれも強くなりすぎてしまうではないか」


「捕らえる?勘弁してくれよ。俺の楽しみを奪うな」


「おまえの楽しみなど知らん。我らは主様に従うのみだ」


「フーン。おっと、そうこうしている間に信号が変わったぞ。お前らの大好きな主様があそこにいるぜ」


 信号が変わり、人々の群れが動き始めた。それに紛れるように歩いた向こう側に彼らのいう“主様”の姿があった。


「主様」


 二人の子どもが頭を下げる。


「やあ。シロとハダ。相変わらず、元気のようだね」


 “主様”は二人の子どもの頭を撫でる。すると、子供は嬉しそうに笑顔を向けた。


「たく。お前らの主好きには参るよ。久しぶりだな」


「ええ。久しぶりですね。たまには顔を見せにきてくださいよ。イバラギ」


「いいじゃねえか。お前の頼みは聞いているぞ」


「それはありがたいです。お礼はちゃんとしますよ」


「礼はいい。それに今回は失敗した。邪魔が入ったからな」


「それはお茶でもしながら、お話しましょうか。ここは人が多い。まいりましょう」


「そうだな」


 そんな会話をしていた彼らは忽然と姿を消した。しかし、人のあふれかえる交差点で、彼らが消えたことに気づくものなどいなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る