6・人間に見える術

「大丈夫かい?」


 それを確認すると、錫杖の男が矢場のほうへと登ってきた。


「どうして? ここに?」


「ちょっとねえ。朝矢君からのアドバイスもらったんだよ」


「アドバイス?」


「“杉原にもちゃんと人間に見えるようにしとけ”ってさ。そういえば、あの子にはまだ力の制御の仕方教えていなかったからね。もうこうなったら、だれにでも人間に見えるように術を施そうと思ってきたんだよ」


 そう言いながら、男――土御門桃志郎はにこっと笑ってみえる。


 その時、武村は今朝の弦音の様子を思い出した。


  そういえば弦音は武村を見るなりか完全に思考が追い付いていない様子で固まっていた。なぜそんな顔をするのかと疑問に思っていたのだが、どうやら彼にだけが自分の姿がマネキンにしか見えなかったということらしい。


「そしたら、変な気配がしたんだよね」


「あのお。あの男は?」


「うーん。簡単に言えば、“鬼”だね」


「え?」


「どうやら、君をスカウトしにきたみたいだね。だけど、だめだよ。彼らに乗ったら、戻れなくなるかもしれないからね。そうだ。次いでにそっちの術もかけ解こうかな」


 そう言いながら、桃志郎は札を取り出し武村のおでこにつけた。そして、呪文を唱える。札はまるで武村の額に溶けるように消え去った

「これでよし。しばらくは彼らに捕まらない。まあ、また狙われるだろうから、その前までに君には成仏してもらうよ」


「えっと……」


「君が成仏するには足りないものがまだあるだろう?どうしたい?どうしてもらいたい?」


 桃志郎がまっすぐに彼を見た。


 月明りに浮かぶ彼の姿は美しい。その琥珀色の眼差しがすべてを見透かしているようでいて、どこか得体のしれない神秘的ななにかのように思えた。


 いったいこの男は何者なのだろうか?


「拙者は麻美殿と……。その……接吻をしたいのでござる」


 そういった瞬間、武村の顔が真っ赤になり、思わず俯く。


 すると、周囲のざわめきが聞こえてきた。


 どうやら、弓道場にいるモノノケたちが武村の接吻発言をあざ笑っているようだ。それを感じて、武村は羞恥心にかられ、発言を後悔した。


「いや……その……」


 武村が顔を上げると、桃志郎が顎を手の甲に乗せながら、空を仰いでいた。


「うーん、それは難しいかもねえ。五日でどうにかできるものではないよねえ」


「五日?」


「そうなんだよお」


 桃志郎は武村の目の前で人差し指を立てる。


「期限は五日。それ以上無理だね。それが条件で君をマネキンに宿らせて、朝矢君を潜入させているからね」


「じゃあ、その……」


「でもまあ。そんな雰囲気に持っていくことはできるかもしれないよ。ちょうど文化祭だしい、最終日にはダンスパーティーがあるみたいだからねえ。そこでだ。君が麻美って子を誘えるかどうかだね」


「ダンスパーティー?」


 武村は聞きなれない言葉に首を傾げる。


「なんていうかな。踊るんだよ。男と女が手をつないで踊るものらしいよ」


 その言葉に武村は動揺する。


「女子と手をつないで踊る?」


「なに真っ赤になってんだい?もう手は繋いでいるでしょ?しかも彼女のほうから」


 その言葉で昼間のことをさらに思い出される。


「大丈夫。とりあえず、ダンスのパートナーにはできるはずだからねえ。はい、がんばってねえ。じゃっ」


 武村の肩をポンと叩いたかと思うと再び中庭のほうへと降りた。


 ものすごい風が吹く。武村は一瞬目を閉じた。


 風がやみ、目を開いたときには桃志郎の姿はどこにもなかった。


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