第22話 - 奪還の作戦4 -

 全員が止まり、ベーリットのほうを見た。


「これは大臣殿。このような夜更けに当家へ御用ですかな?」


 子爵が応じる。不測の事態も普段通り、動じないのはさすがだだろう。


「知れた事。シャーロテ=ギャレンティン、及び、コルト=ギャレンティン。国賓への攻撃現行犯で拘束する」


 !


「……これは異なことを。神来社様は来客。実技演習の稽古をつけて頂いていたにすぎませぬ」


「うむ。茶も貰ったぞ」


 朝姫も適当に合わせる。この胡散臭い左大臣に味方する人間はここにはいない。ベーリットもこんな夜更けに演習の稽古をする者がいるかと馬鹿にしたような失笑をする。


「ふっ、これでも譲歩したのだぞ? ならば本来のほうでよいのだな?」


 !


「異界の知られざる者、ドウター、シャーロテ=ギャレンティンを、……いや、姓不詳、シャーロテを防衛法に基づき拘束せよ!」


 ――な、なんだと!? シャーロテが、ドウター!?


「ガード=カベヤマ一等兵、一番近い貴様がやれ」


「……」


 周りを見る。フローラ、朝姫、子爵、皆沈黙する。


 ――俺以外、皆、知っていたのか。


「ガード=カベヤマ。なりません。命令です」


 フローラが言うが、


「フローラ嬢、宰相秘書官のそなたより私のほうが権限が高い。その命令は無効にさせていただく」


「くっ!」


「大臣殿、ここは当家の敷地内。もとより来訪を許可した覚えはありませぬ。今日はお引き取り願えませんかな?」


 子爵も負けじと言い返すが、


「あれを出せ」


 衛兵の一人が一歩前へ出て、紙を掲げる。


 ――令状があるのか! 元から今日来る気満々だったってわけか。


「防衛法、違反とのことですが、ドウターであれシャーロテは我が養子。どこに違反があるのですかな?」


 まあいい、茶番に付き合ってやると言わんばかりに、ベーリットはまた笑う。


「時間を見ろ。0時を回っている。日付は、変わった」


 !


 ドウターはやむを得ない場合、保護目的でのみ養子にでき、期限は15歳の誕生日までと決まっている。15歳以上は原則国の管理下におかれる。それ以外は国民と婚姻関係がないと、実質野良のドウター扱いとなる。


 婚姻は15歳から可能。つまり、朝一で婚姻届を出す気でいても、空白の数時間が生まれる。


「それは! 法の不備のはずです。どうしようもありません!」


 フローラが反論するが、


「私に言われてもな。国民から改正しろとの声も別に無い」


 ――当然だ。ドウターに有利になる法改正など望む国民などいない。ほとんどの国民は恨みはあれど歓迎などしていないのだから。


「だが、私もそこまで鬼ではない」


「シャーロテ=ギャレンティン。今ここで、婚姻届を提出せよ」


 ――なに!?


「私が受け取る。丁重に預かり、西区で明日受理させる」


 !


「シャーロテ! 西区への提出はならんぞ!」


 内政色の強い西区へ入るということはベーリット派の支配下になるも同然だ。東区なら軍部の管轄となる。だから子爵は、ガードへの訴訟も婚姻届の手続きも全て、地元の西区でなくわざわざ自宅から遠い東区でやろうとしていた。


 そして西区の管轄したドウターは、全て行方不明か命を落としている。


・・・


「決めよ。違反で捕まるか、婚姻届を提出するか」


 朝姫を見る。内々の問題ではどうしようもないという顔だ。フローラは口を噛みしめている。元よりこのベーリットは国家軍師、智将で有名だ。出てきた以上、アリの這い出るスキすらないだろう。


「……」


 シャーロテが不意に、懐へ手を入れる。1枚の紙が出てきた。


 ――婚姻届! 本物だ。自分で直接持っていたのか。


「……幼少より、父、子爵に拾われて以来、恩返しのために生きてまいりました。成長するに従い、魔法で容姿を姉に似せていきました」


「あと一歩でしたが。届きませんでした」


「ガード様」


「……」


「お慕いしております」


 シャーロテは笑顔を見せた。



そして――



婚姻届を燃やした。



「シャーロテを捕えよ」


 衛兵達に拘束され、連れていかれる。子爵は膝を突いた。


「シャーロテ!」


・・・


 ――――姉の誤った采配にも進言こそすれど文句も言わず、忠実に職務を遂行した。


 ――――この人はきっと私が命令してもそうするのだろう。貴族には少ない、真っ直ぐな人。姉のように死なせてはいけないと思った。


 ――――少し、魔が差した。自分のものにしたいと思ってしまった。


『だが、覚悟はしておけ? 因果に向き合わぬ者、成すことあらぬ』


 ――――報いを受けたのだ。所詮私は――


・・・

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