王国衛兵の異風浪漫 ~千里無煙の転覆者~

こやまここ

衛兵は冒険しない

第0.25章 日々

第一話 - 衛兵の日常 -


シリアスと笑いの滑稽味に嘲り


流れる時間に付加はなく


地平を得て過ごすことを選定し


輪郭は疑似的な生き写しに過ぎず


固めた甲冑の意志はテコでも動かない




 ――フォルナンデス王国


 世界4大王国の1つで300年前に戦争を制し、建国する。剣、魔法、各種技術に腕のある者が多く、各地から人も多く集まる。これは、そんな大国の王城前で勤務する、顔も見えない衛兵の物語――


「おはようございます!」


「おはようございまーす」


「二の門前の警備、いってきます!」


「お願いしまーす」


「メインロード守衛いってきます!」


「お願いしまーす」


 朝、王城前の飾り気の無い衛兵団の詰め所、更衣室ロッカールーム。続々と出勤してきた衛兵たちが挨拶を交わし、各持ち場へ向かう。


「あー臭えー、そろそろこのかぶと限界だわ。被ってられん」


「うわっ、おいこれ、いつの飲料だよ、捨てろよ」


「あ、アイツ、俺の甲冑かっちゅう着て行きやがった!」


 男らしさあふれるいつもの朝の風景、ガードも衛兵の正装に着替え、

東門前の警備に向かう準備をしていた。


「聞いたぜガード、さすがだな。1.5か月連続の異常なしだって?」


 同僚のセスが準備がてら話しかけてくる。


「ああ、前回は門前で漏らした老人のせいで記録がストップしたからな。それが無ければ4か月継続だった」


「いいねー。ボーナスも出ただろう」


「少ないがな。お前も励めよ。俺たちの平穏と安定のために」


 ポンッと肩を叩いて退出する。


「東門前の警備、いってきます!」


・・・


 全身白色基調の甲冑に身を包み、顔まで隠れた兜を被り、槍を持って門前に佇む。


 ――俺の名前はガード。3年前に士官した若手の衛兵だ。何よりも俺の優先すべきものはただ一つ。『平穏と安定、変わらない生活』それに類似するものだ。安定している王国公務員となり固定給を得て、定年まで安定して勤め上げる。そして老後は年金を受給し、唯一の趣味、盆栽ぼんさいに没頭する。


  これが俺の揺るぎない人生設計だ。突発的なイベント、未知との遭遇そうぐう、急な不安因子は全て悪だ。俺の威信にかけて断罪する。俺がいる限り、そんなイベントは許さない――


 前方からワイワイと談笑する冒険者パーティが歩いてくる。4人組だ。この東門をくぐり、王城へ行くように見受けられる。帯剣した優男に、クーデレ風味の魔法使い、猫耳のシーフ系に、本番巨乳クレリックと続く。


 ――いわゆるハーレムPTか。バカめ。あれを見て、男にリア充爆発しろとか言い出す野郎はド素人だ。何もわかっちゃいない。あんなのを精々十数年続けてみろ。口うるさい俺の親のようなババアを3人抱えるだけの最低な結末だ。やれ、トイレのペーパーの芯を捨てろだの、風呂から出て水をまき散らすなだの、買ってきた食糧にはイチイチケチをつけられ、夜はアザラシのように横たわるだけの存在。それが3人だ。第一老後資金をどうする気なのかも分からない。ハーレムエンドとはそういうものだ。覚えておけ。


 心の中で言い終えると、すでに4人は門を通過して行った後だった。


「すみませーん」


「む!?」


「異常ありません!」


「あの、」


「異常ありません!」


謁見えっけんの受付にいくには……」


「異常ありません!」


「ご、ごめんなさい、聞く人間違えちゃったかな……」


 若い女性冒険者は去っていく。常にNPCのように最強の決め台詞を使い続ける。

ここぞというときこそ、折れず、曲げず、押し切る。それが主人公というものだ。



 ――ふぅ。今日もいい仕事をした。


「交代だ!」「はっ!」


 勤務時間を終える。


・・・


 徒歩で帰宅する。うちは中流も中流、ごく普通の一軒家だ。玄関を開けると、ドタドタと走ってくる妹。など居るはずもなく、そのまま階段を上がり、自室へ向かう。


 ――ふぅ。


 荷物を置いて即、2つの盆栽へ向かう。


「ただいま、お前たち、異常ないか?」


 まったく変わらぬ2つの盆栽を見て安堵する。初任給で買った、エー子と去年購入したビー太郎。俺の心の癒しだ。


 ――定年退職してから日々たくさんの盆栽に囲まれ、まったく変化の無い生活をし続けた祖父は俺の憧れだった。毎日盆栽たちに優しく語り掛け、時には近所の子供たちの魔法弾が当たり鉢が割れ、悔しさと別れに涙するも、また1から出直す年金暮らしの祖父の姿はいつしか俺の目標になった。


「他の何でもない。この平穏は守り続ける。誰のためでもない。俺自身のために」


・・・


「お前たちは何のために存在する!?」


「国のためです!」


「危機が起こったらどうする!?


「国王の盾となります!」


「よーし、朝礼終わり! 解散」


 ――ふぅ。


「ガード! ガードはいるか!」


「はっ!」


 団長に急に呼び止められる。


「呼びだしだ。着替え次第、詰め所、所長室に来るように」


「はっ!」


 ――なんだ? なんの呼び出しだ? 直近では何も異常はなかったはず。


 呼び出しの理由に見当がつかず、困惑しながらも所長室に向かった。コツンと拳で二回ほど扉をノックし入室する。


「失礼します! 東区第二師団所属、ガードであります!」


「うむ。楽にしていい」


「はっ!」


 敬礼を崩し、歩幅をやや開け、腕を後ろに回す。


「急だが、宮内司書室に行ってもらいたい。用件はわからんが、おそらく、試験の話だろう」


「試験、でありますか?」


「この前、師団の優秀な人材を推薦して欲しいと言われてな。お前を挙げておいた」


 ――な、なんだと? 何しくさってんだこのオッサン!?


「先日、近衛騎士に2名の欠員がでた。その補填だろう。いいじゃないか。お前ならいつか近衛にもなれるだろう」


 ――近衛だと!? 冗談じゃない……! 近衛についてはもう調べ済みだ。あれは費用対効果が悪い。たしかに給与は若干いい。だが勤務時間に対して割が合わない。それになにより、トラブルの際の責任で降級点が付きやすい、致死率も14%上がる”うまくない役職”だ。


「せ、せっかくですがお断りさせていただくわけには――」


「司書官殿と今朝すれちがってな。お前の話をしたら大層気に入られておった」


「私も鼻が高いぞ。師団のイメージアップ、お前に託した」


 ――く、クソ野郎がー!


「はっ! 誠心誠意を尽くします!」


・・・


 カシャッ カシャッ


 仕方なく司書室に向かう。なぜか甲冑着のままだ。考え事をしながら歩を進めていたため着替えのことなど毛頭頭になかった。


 ――ど、どうする。そういえば試験がどうとか……


 バシャッ


「!?」


 急に水がぶっかかる。


「あ、も、もうしわけありません」


「ん?」


 そこには見るからに上流の若い女性がいた。


 ――こ、こいつは? 間違いない、宰相さいしょうの娘のなんとかだ、なぜこんなところに!


「申し訳ございません! 前をよく見ておらず! お怪我はありませんか!」


 すぐに敬礼する。時代は四民平等だが、公職は序列が絶対だ。今は勤務中。そうでなくともガードは序列には従順だ。


 ――どうしてこんなことになった、今日は厄日か!


「謝るのはこちらです。お花と水を運んでいたところに勝手にバランスを崩していまい……。ぜひお詫びをさせてください」


「ありえません!」


「え?」


「あ、そ、その儀には及びません!」


「そうは参りません。何もせずとあっては淑女たりえません。ぜひお名前だけでも」


「無駄です!」


「え?」


「あ、いや、そのような身分ではありません!」


「そんな、せめてお顔だけでも、兜をお取りいただけませんか?」


「顔はございません! 呼び出しがありますのでこれにて!」


「あ……」


 多少強引になったがその場を去った困った顔をした淑女は、気づかれないように指先から小さな魔法を放った。そしてガードの甲冑の中へ吸い込まれていった。


 ――冗談じゃない。宰相の娘に名前と顔を覚えられてたまるか。あまりにも平穏とかけ離れている。そして残念だが、俺に少女との出会いはない。これはそういう物語だ。そんなイベントは全てスルーしてみせる。


 司書室に到着する。また拳でノックし応答を待つ。


「入れ」


「失礼します! 東区第二師団所属、ガード=カベヤマであります!」


 目の前にはショートカットでメガネの若い女性司書官がいた。規律に厳しそうだ。

ガードより少し年上くらいか。


「足を運んでもらってすまない。ん? なぜれている?」


「異常ありません!」


「そうか。どうみても異常だがまあいい。早速本題だ。聞いているとは思うが、近衛騎士に2名、欠員が出た。その補填を行うため、試験を受けてもらいたい」


「はっ どのような試験でありましょうか?」


「うむ、今回、地区の推薦で4名が集まっている。職は近衛だ。単純だが、腕をみたい」


 武を競う、ということだろうか。


「時間もないのでな。1対1で戦ってもらい、それぞれ勝った者2名を採用したい」


「相手は、決まっているのでありますか?」


「決まっているが、当日までは発表されない。相手の対策をせず、純粋な腕を見たいのでな」


 拳に力が入り、ぽたぽたと水が落ちる。


「試験は3日後だ。調練場1へ朝礼後くるように。善戦を期待している」


「はっ! 失礼します!」


「待て」


「はっ」


「床を拭いていけ」


「……」


・・・


「ただいま」


「おかえりー」


 そこにはアザラシがいた。飼った覚えはない。よくみたら母親だった。


・・・


 ――簡単な話だ。ワザと負ければいい。


 ガードは試験のことを考えていた。


 ――俺以外に、候補者が3人がいる。そのうち誰か1人と当たる。そもそも近衛に推薦されるような連中だ。手を抜かなくたって負けるだろう。俺は真面目というだけで推薦された身だ。何も案ずることはない。師団の面子を潰さないくらい奮戦して敗北しよう。それでまた日常通りだ。


・・・


- 翌日 -


「ドウターが出たぞー!」


 街中が騒がしい、出たようだな。今日は非番だ。野次馬にでも出てみる。広場の噴水前に行くと、そこには白いシャツに黒い長ズボンは穿いた優男がいた。


 ――最近多いな。


 すでに衛兵に連行されようとしていたところに、若い女市民が必死の説得をしていた。


「まって! ――――は悪くないの!」


 ――早いもんだ。もう女に手を付けてやがる。


 こっちに来た瞬間どこかで出会ったんだろう。


「おとなしくしろ!」


「くっ俺はなにもしてない! その子にも手を出すな!」


 少年とやりとりする衛兵を見て、だんだん怒りが込み上げてくるガード。出ずにはいられなかった。


「待て!」


 !


 ここぞというタイミングでガードは出る。


「なんだお前は!」


 衛兵から咬ませキャラお決まりのセリフが出る。


「ふっ、見て分からないか?」


 そのガードの台詞に衛兵はハッっとする。


「変わりに俺がやってやる」


 ガードはゆっくりと――


 少年と町娘に振り向いた。


「マジかよガード、非番の癖にやってくれるなんてな」


「ああ、お前もこんな陳腐な揉め事なんかより早く持ち場へ戻りたいだろう?うまく報告書を作っておいてくれ。あと飯もおごれ」


「手痛い出費だが仕方ねえか。じゃあよろしくな」


 準備運動がてら軽くストレッチする。


「……お前ら、いいかげんにしろよ……!」


 少年が怒り出す。話も聞かずにむりやり取り押さえようとしたことに憤慨しているのだろう。


「ぜってーにテメエなんかに負けねえ。ルーシーは俺が助ける」


「た、達也!」


「ふっ、このピンチを乗り切ってそこの市民少女と晴れて冒険へ出る。そんな展開、この俺が許すとでも?」


 少年は不意にポケットに手を入れる。


「……」


 ガードが間合いを詰め、一気に掴みに行く、すると――


「これをみろ!」


 !?


 少年はポケットから素早く長方形の物体を取り出した。


 その瞬間――


 ゴッ!


 ガードはいとも簡単に、少年を地面に組み伏せた。


「しってるさ、スマホだろ? 以前もこんなことをされた。そいつを出したところで、何も起こりはしない」


 !


「あんた、それでいいのかよ……」


 少年がなにやら言い出す。


「ルーシーは大事な宝石をなくして困ってる。母親の形見だ。助けてやらねえのかよ!? 衛兵なんだろ!」


「……」


「国民のために働いてんだろ!? 守ってやれよ! その体術はそのためにあるんだろ!」



「目を覚ませよ!」



――!



 キレてそのままボコボコにした。こいつらはいつも口だけだ。少年の目を覚まさせてやった。


「バカが。いっちょ前に人間の言葉しゃべってんじゃねえぞドウター風情が」


 ガードは町娘を家に帰し、少年をしょっぴく。詰め所に寄って書面を受け取り、大事な宝石とやらの紛失物届けの処理を行った。その後非番であったにも関わらず、自ら手続きを済ませ、直接牢まで行った。


「鉄牢のほうに入れておけ。厳重にな。スキを見て少女が助けにくる展開もありえる。抜かりなくな」


「はっ!」


「あとこいつらは巧妙なたらし文句をよく使う。女看守かんしゅは担当させるな」


「了解しました!」


 看守に伝えて退去する。平和は守られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る