滅んでしまった王国の元騎士は自由気ままな暮らしを満喫したい

川村直樹

第1話 フリント王国 1

 肥沃な大地に恵まれ農作物の生産で栄えたフリント王国は、今まさに滅亡へのカウントダウンが始まった。無欲なフリント王国の国王フリント四世は、何時しか隣国の脅威を忘れ軍備を疎かにしてしまっていた。その事を勢力拡大を目論もくろんでいた隣国のグランベルノ王国は見逃す訳が無く、三万の軍勢を率いて侵攻してきた。

 

 一万五千の兵力で侵攻を食い止めようとしたフリント王国騎士団の健闘は虚しく、三日も経たないうちに戦力は三分の一へと減少した。それでも、彼らは諦めず前進して来るグランベルノ王国の軍勢に立ち向かう。

 最前線では息絶えた仲間達の屍が累々と積み重なっていく。必死に戦う彼らを目前にするグランベルノの騎士達が剣を上げ歓喜を上げ始めた。


 戦場の空気が一変する様な出来事に、フリント王国の騎士達は後ろを振り返った。

 城はどうなったのだ? 

 俺たちの国は、大丈夫なのか?

 城を守る仲間達も懸命に戦っているはずなのに、この歓声はいったい。

 

 そんな彼らのはかない望みは、虚しく消え失せる。自国は陥落かんらくしてしまったのだ。城壁の上では、剣と盾が描かれたグランベルノ王国の旗が風でなびいていた。


 城が敵の手に落ちてしまえば、フリント王国の騎士たちは敗残兵となる。彼らに残された選択は、最後まで戦いここで死ぬか、敵国に捕まり奴隷と成り下がるか、戦場を放棄し生きるために逃げるかだ。


 残された騎士達が、背を向け戦場から逃げ出そうとする中で、一人だけ諦めず戦う男が居た。クリス・アラート、十七歳の若手騎士の彼は、乱れた銀髪を風でなびかせながら、片膝を付き戦いですり減った双龍のレリーフが刻まれた重い盾を捨てる。両手で剣を握りしめる彼は、最後の力を振り絞り傷だらけの重たい鎧を持ち上げる様に立ち上がった。


 終わっていない、まだ終わらせないとクリスは、前に進む。

 何が彼をここまで戦いに執着させるのか、彼自身にも分からない。

 父は、彼の幼い頃にグランベルノ王国との戦争で亡くなった。

 母は、亡くなった父を追いかけるように病気で命を落とした。

 早く功績を上げ父の名に恥じない家にしようと約束し、この前線で一緒に戦っていた兄達は、昨日の戦いで戦死したと聞いた。


 絶望の淵に立つ彼の後ろは、逃げ場のない絶壁。前から来るのは、腹を減らす獣と化した敵騎士達。行き場の無い状況なのに、クリスは身震いする。恐怖など全く感じない。もはやこの戦は彼にとって名誉でも無く、失った家族や国の弔い合戦でも無い。彼の本能が、まだ戦いたいと訴えてきたのだった。


 グランベルノ王国の騎士達に囲まれたクリスは、笑みを浮かべ自分の本能に従い剣を振り上げた。その瞬間、天から光が降りて来るのが見えた。彼は手にしていた剣を地面に落とし、呆然と自分に近づいて来る光る物体を見つめる。彼を残し、この世界の時間が全て止まった。


 目の前の光は人の形をしているが、あまりの眩しさと神々しさでまともに見ることが出来ない。腕で目を覆うと、光の中から声がした。


「私の名は、クルシュトワ。この世界の創造神である。クリス・アラート、お前の行動は面白く、興味をそそる。なぜ、まだ戦おうとする?」


「分からない。国が陥落してしまったので、戦う意味は無いが、このまま終わる意味も見いだせない。戦いたいから立ち上がっただけなのかも知れない」


「私の創り出した命は予想外の行動をする。それが時に私を楽しませてくれるから意外だ」


「俺の行動は、あなたを楽しませているのですか?」


「そうだ。死を目前にしても、なお戦おうとするお前の姿に興味を持った」


「ああ、でも俺はもう直ぐ死にますよ」


「死なない。いや、死なせない。それより私の気まぐれに付き合ってくれないか?」


「気まぐれですか? 俺が神に何かをするのですか?」


「何も要求はしない。お前は自分が思うままに生きれば良い」


「そんな事を? 俺の人生なんて平凡に終わるかも知れないし、きっとつまらないですよ」


 創造神クルシュトワが何を考えているのか、クリスには見当もつかない。

 ただ、思うままに生きる事には、興味が沸く。

 正直、彼は騎士になりたかった訳でもない、この戦いに参加したかった訳でもない。

 騎士の家に生まれたから何の疑問も持たず兄弟達と同様に自分も騎士になった。

 騎士になれば王に忠誠を誓い仕えたから、この戦いに参加しているだけだ。


「私は、この世界を創造する者。私が作り出した命は、全て平等に愛している。人族、魔族、獣族、それに自然や動物、魔獣も全てだ。しかし、私が作り出した命がどの様な一生を送るのかは、それぞれの命が決める事。その中で、輝きを放つ命に目を奪われ興味を持つ」


「どう言う意味ですか? 与えられた命の使い道は、俺の自由だと言う事ですか?」


「そうだ。だからこそ、お前は自分のしたい事をすれば良い。その姿や行動で、私を楽しませて欲しいのだ。お前の命の輝きに興味を持った」


「そうですか、変わった趣味ですね。でも、出来るのなら俺も神がおっしゃるように、自由に生きて見たい」


 良く考えてみれば、種族に関係無く国や社会を作ったのは彼ら自身だ。

 法や秩序などは、支配者が支配しやすくするために作った産物なのだ。

 何故、そんなものに従う必要があるのか。

 他人に迷惑を掛けなければ、己の為に生きて良い。


 神は、命を創造する存在。生まれた場所や環境で、それぞれの命の立場や身分を決めるのは誰だ? 俺を騎士だと認識させるのは、第三者ではないか。自分自身で決めても良いのだ。

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