人間はみんな金ぶくろ

ちびまるフォイ

金がながれる人

「チクッとしますよ」


看護師が注射針を刺したとき、中から出てきたのは血ではなく金だった。

慌てた看護師が医者を呼んだものの、医者も頭を抱えた。


「なんで金が出ているんだ……」


「俺はそういう病気になったんですか!?」


「それもわかりません……」


「せ、先生! こっちの患者さんからもお金が!!」

「あっちの患者さんからも!」

「重症の患者さんからはとめどなくお金が出ています!」


「そんな馬鹿な!? 人間ぜんぶが金を出すようになったというのか!?」


自分だけが金を生み続けるわけではなく、

人間全部がお金生成マシーンと化してしまっていた。


病院での診察を終えると皮膚に残った注射痕をなでつけた。


「もっと傷口を作ればお金が手に入るのかな……」


けれど自分の体を傷つけるのは抵抗があり諦めた。

変な体質になってしまったがこの変化を受け入れようと思った。


けれど、環境は人間の進化に合わせて変容していた。


「ぎゅ、牛乳ひとつ 1万円!?

 これ高級な牛乳じゃないですよね!?」


「ええ、昨日まで139円で売られていたものと同じです」


「値段釣り上げすぎでしょう!?」


「何言ってるんですか。こっちも商売なんでね。

 今じゃ誰でも億万長者。これくらいにしないと売上やっていけません」


「誰でも億万長者って……」


ふと見ると店内でリストカットしはじめる客が多くいる。

出てくるのは血ではなくお金。


「ちょっと! 私が流した金よ!!」

「こぼれたぶんはお前のじゃないだろ!」

「お客さま、店内でケンカしないでください!」


一気に店内は学生運動のような荒々しさとなった。

その場にいるのも怖くなり外へ出ることにした。


「やれやれ、インフレしすぎだよ……」


あらゆるものが高額になってしまったことに毒づいていると、

背後から車のエンジン音が近づいてくるのがわかる。


振り返ったときにはもう遅かった。

すれちがいざまに窓から身を乗り出した男にバットでぶっ叩かれた。


「痛ってぇ!!!」


頭からは金が吹き出して、痛さのあまり床を転げ回る。

抜き去った車は先の方で一時停止し、中から人が向かってきた。


「出たぞ! 金だーー!」


「お……お前らぁ……」


俺の体から流れた金を拾い集めた男たちはまた車でどこかへ行ってしまった。

このケガもあって家でしばらく療養することになった。


世俗と切り離されたのはむしろよかったのかもしれない。

人間の体からお金が出るとわかると、ますます治安は悪くなった。


ひとりで行動している人がいるとお金目当ての集団が殴りかかる。

親が子供の体からお金を搾り取ろうとし、子供は従うしか無い。


物価の上昇が暴力の呼び水となり、終末世界そのものだった。


「こんなの人間じゃない……! なんでみんなそんなにお金がほしいんだ……!」


このままでは人が人でいられなくなると思った俺は

家庭菜園で植物人間を作ることにした。


意思もなく、言葉もなく、姿かたちは人間そっくりの植物人間がたくさんできると

それらを切り刻むことで大量のお金が生み出された。


「やった! 植物人間からもお金が出てくるんだ!

 これをみんなに配れば争うこともなくなるはずだ!」


人々が暴走しているのは生活苦によるものが大きい。

だったら自分が植物人間で作り上げた資産を分配してしまえば余裕が生まれて暴走は収まる。


もうお金目当てで友達を殴り、子供にケガをさせ、親を殺す必要が失われると思った。


「さぁ、お金をどうぞ」


「どうしてワシみたいな貧乏人に恵んでくださるんですか……?

 いまやワシの体からはろくなお金も生み出されないのに」


「あなたが生きているだけで財産なんですよ。

 それはお金よりもずっと価値があるものなんです」


「ありがとうございますありがとうございます……」


恵まれた男は拝み倒していたが、その手にしていた金を黒服の男が奪い取った。


「お前! その人の金だぞ!!」


「なにを言っているんですか。植物人間を殺して作った汚い金を渡すなんて犯罪ですよ」


「犯罪……?」


「あなたがしていることは慈善事業に見せかけた経済破綻行為。

 それを我々上層部が許すとでも思っているんですか」


「だったらこのまま人間がお金のためにケンカしあってもいいってのか!?」


「あなたの意見は聞いていません。そして植物人間の栽培は犯罪になりました。

 近々、あなたのもとへ近衛軍を派遣して焼け野原にしますからそのつもりで」


黒服の男は徴収した札束をぐしゃっと手で握りつぶした。


「あんた……早いとこ謝ったほうがいい。

 上層部に睨まれたら終わりだよ……」


「でもこのままでいいわけもないでしょう!?」


「あんた、殺されちまうよ。近衛軍には何百万人もの人がいる。

 そして戦いとなったらいくらでも徴兵されるだろう」


「しかし……」


これらはすべてハッタリでビビらせるためのものだと信じたかったが、

近衛軍が本当に派遣されて自分の家が包囲されたのを見て諦めた。


『そこに隠れているのはわかっているぞ!

 人間を造って殺して金儲けするクズめ!』


遠くから聞こえる声は近衛軍のリーダーだった。


「ちがう! 俺は植物人間から金を作っているだけだ!」


『そこのどこに人道がある! 植物人間も姿形は同じ人間だ!

 我々、上層部直属近衛軍が正義の鉄槌を与えてやる!!』


「くそ! 議論すらさせちゃくれないのか!!」


近衛軍はうおおと声を上げながら突撃してきた。


けれど、こちらもただ近衛軍が来るのをのんびり待っていたわけではない。

さながら要塞にも近い状態となった家から徹底抗戦した。


周囲に張り巡らされた感電網。

自動で相手を撃ち抜くゴム弾砲台。

相手を無力化するもので迎撃する。


植物人間により無限に生み出されるお金をつぎ込んだ。


「く、来るなら来やがれってんだ……!」


家にこもって護身用の銃を持ちながらぶるぶる震えていた。

いつ近衛軍が壁をぶち破って来るのか怖かった。


家の外でなり続いていた銃声が収まると、恐る恐る窓から外を見た。


「え……? た、倒しちゃったのか……?」


お金に糸目をつけずに準備したとはいえ素人武装。

近衛軍を撃退できるかはギリギリだと踏んでいたのに、あっさり倒せてしまった。


外へ出ると気絶している近衛軍の人たちが折り重なっている。


「なんだこの武装。ほぼ一般人じゃないか」


近衛軍の着ていた服はぺらぺらでケガを防ぐことは出来ない。

武器も農具や工具ばかりであまりに頼りない。


「どうしてこんなしょぼいものばかり……。

 これじゃ負けにきているようなものじゃないか。

 上層部が本気出せばもっといいものを揃えられるだろうに」


すると、近衛軍のリーダーがやってくる足音が聞こえた。

とっさに近くの草かげに隠れた。


リーダーは倒れている近衛軍が気絶していることに気づくと残念そうにつぶやいた。


「なんだ死んでないのか。殺傷武器を使ってくれればいいのに」


男だけが持っている本物の銃で倒れている仲間たちの頭を順番に撃ち抜いていった。

銃弾で体に開けられた穴からはとめどなくお金が流れて、あたり一面のは金のじゅうたんになった。


近衛軍のリーダーは一旦引き返し、待機している第二軍へゲキを飛ばした。


「さぁ、あの家に隠れている金の肉袋としか思っていない鬼を倒すんだ!! その生命に代えても!!」



その言葉を聞いて、この戦いをけしかけられた意味を悟った。

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