別れ

お花見してから二ヶ月後。

だんだんと暑くなってくる。

学校の制服も夏服がちらほらと見られる。

というのに。


「うぅ…うぇぇ…ひっく…ひっく…ぐすぐす…」


家の中はもう梅雨寸前の湿気だった。

なぜならメンヘラ姉が泣いてるから。

かれこれもう五日になる。

「姉ちゃん、元気だせよ」

「うぅ…やだぁ…ま、まーぐん…うっ、ひっ…うわぁあん…!」

そのまーくんに買ってもらったという大きな猫のぬいぐるみを抱きしめながら、一日中ぐすぐすやってる。

それだけでもため息をつけるのに、問題はその姉ちゃんにベタベタしてる親(?)バカ兄貴だ。

「恵ちゃーん…泣き止んでおくれよ…」

「…いつ兄、何してんの」

「うぅ…たまくん、恵ちゃんが泣き止まないんだよ…」

泣きすぎて黒縁メガネが曇っている。

なんなんだ本当この兄妹は…。

いつ兄こと、樹兄は俺たちの保護者役だ。

これでも二十歳を過ぎていて、市役所でバリバリ働く社会人だ。

そんなはたからみたら出来る兄貴なのだが…欠点がある。

「恵ちゃんが泣いてたら兄さんも悲しいよ…」

それがこれ。

シスコンでブラコンなのだ。

妹弟に対する過度なスキンシップ(例えば抱きつく、ベタベタする、あわよくばちゅーしようとするなど)はいくつ数えてもキリがない。

今にも姉ちゃんに抱きつこうとするバカ兄貴を鉄拳制裁する。

「おいセクハラ兄貴、仕事はどうした」

「恵ちゃんがこんななのに仕事なんかいけないよ…」

「行けよ」

俺の無表情を見たのか、いつ兄はしゅんとして玄関に行った。

「たまくんひどい…」

「はい、行ってらっしゃい」

「昔はよく行ってらっしゃいのちゅーしてくれてたのに…」

「そんなのしてない!早く行けバカ兄貴!!」

玄関が閉まる。

なんかどっと疲れた。

「ほら、姉ちゃんも。学校行くよ」

「いーやーだー!行きたくないぃ…まーくんに会うもん!」

そんなことを言う姉をずるずる引きずって外に出る。

外はまだそんなに暑くないはずなのに、俺だけすごく暑かった。


学校から帰ってくると、姉ちゃんはなぜかるんるん気分でソファーに座っていた。

「どしたの?」

姉ちゃんはそれはもうにこやかに照れながら言った。


「一目惚れしちゃったっ♡」


語尾にハートがつきそうだ、いや、ついていた。

なんでも同じクラスにまーくん似の人がいて、落とし物をわざわざ拾って届けてくれたらしい。

「絶対あれは私のこと好きにやってくれたよ!だから明日からアタックするんだぁ〜」

「…良かったね」

俺はその人の平穏と姉ちゃんの幸せを願うばかりだ。

きっと無理だろうけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る