047 告げる時

 それは龍斗にとって信じがたい発言だった。


「PTを抜ける……?」


「勘違いしないでほしいんだけど、別に龍斗のことが嫌になったわけじゃないよ」


 がっつり勘違いしていた龍斗は、ホッと胸を撫で下ろす。


「ならどうしてだ?」


「色々とちょうどいいタイミングかなって。クラーケンの狩りを終える頃だし、私自身もアーリーリタイアできるだけのお金が貯まったから」


「あぁ、そういえば、そんなことを言っていたな」


 仁美は最初から「長々と冒険者をしているつもりはない」と豪語していた。遊んで暮らせるだけのお金を貯めたらアーリーリタイアするのだ、と。


「でも、今の貯金って4億か5億くらいじゃないか。もう少しあったほうがいいと思うけど」


 これに対して、仁美は「まぁね」と頷く。


「定年間際でリタイアするならまだしも今は24だからね。税金を払った後に残るお金って2億か3億くらいだろうし、そう考えたらもう少し稼いでおきたいという気持ちはある」


「ならなんで」


「父親がね、もう長くないんだ」


 仁美が悲しそうに窓の外を見る。


 脳裏には闘病中の父親の姿がよぎっていた。


「医者が言うには年明けまでもつか分からないんだって」


「そうなのか……」


「幸いにもまだ話せる状態だし、お父さんの残りの時間を一緒に過ごしたいと思っているの。だから、少し早いけど、冒険者から足を洗うのにちょうどいいかなって」


「なるほど」


 事情が事情なので、龍斗も引き留めようとは思わない。


「そういうことなら仕方ないな」


「ごめんね、事前に言えなくて。それに、クラーケンではコカトリス以上に寄生させてもらったし」


「構わないさ。事前に言えなかったことも、寄生になったことも問題ない」


「ありがと」


 微笑む仁美。


 その笑顔はどこか儚げだ。


「それで、あと一つは?」


「えっ」


「言いたいことは二つなんだろ?」


「あー」


 そこから先の言葉が出てこない仁美。


「言いにくいなら言わなくてもいいが」


 龍斗が気を利かせる。


「いいや、今、言わせてほしい」


「分かった」


 ここで再び静寂が訪れた。


 仁美は目を左右に泳がせ、体をもじもじしている。


 言いたいけど、どう言えばいいのか。


 本当に言ってもいいのだろうか。


 色々と考える。


 考えた末に、言わないと後悔するぞ、と結論づけた。


 覚悟を決めて、口を開く。


「龍斗、あのね」


「おう」


「何言ってんだこいつって思うかもしれないけどさ、聞いてほしい」


「そんなことは思わないと思うがどうした?」


「私ね」


 仁美は目を瞑り、唾を飲み込む。


 深呼吸をすると、閉じていた目を開いた。


 真っ直ぐに龍斗を見つめ、気持ちを口にする。


「私、龍斗のことが好きなんだ」


「へっ」


「友達としてじゃなくて、恋愛感情として好きなの」


 窓の外では木枯らしが吹いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る