037 海
8月半ばのある日。
いつもの如くコカトリスクイーンを狩った帰りのことだ。
「明日は休みにして海に行かないか?」
鷹ノ巣山の洞窟を出たところで、唐突に龍斗が言った。
「海!? 龍斗が海!?」
まずは仁美が仰天する。
「いきたいなのです! エルフの里には海がないので羨ましいのです!」
ポポロは小さな体をぴょんぴょんさせて目を輝かせた。
「で、いきなりどうして海なの!? 龍斗のことだから『夏と言えば海じゃん』なんてセリフを言うわけないでしょ?」
龍斗は「まぁな」と笑った。
「実は友達に誘われたんだ」
「友達? 女の子?」
仁美の脳内に一ヶ月前のことが蘇る。車の中で信号を待っている際、目の前の横断歩道を龍斗が歩いていた。可愛らしい二人の女の子に腕を組まれながら。
「実はそうなんだ。べ、別に、恋人とかじゃないんだぜ。二人いるし」
恥ずかしそうに人差し指で鼻の下を掻く龍斗。
(やっぱりあの時の女の子たちだ!)
仁美は確信した。
「で、その友達がさ、海に誘ってきたんだけど、明日って平日だから狩りの予定だったじゃん。だからそう言ったら、PTの人も一緒にどうかって言い出したんだ。だからまぁ、こうやって確認してみたわけだ。気が乗らないなら断るが」
「行きたいなのです! 仁美、海へ行こうなのです!」
ポポロは仁美の服の裾を引っ張りながら興奮する。
「ポポロもこう言っていることだし、私もオーケーだよ」
「決まりだ! 今日の狩りでレベルも98になったしちょうどいいな!」
明日はみんなで海へ行くことに決まった。
◇
そして翌日――。
龍斗たち一行は海に来ていた。仁美がレンタルした赤のSUVに乗って。
「今年初めてのぉ……海だぁー!」
水着姿の麻衣が海に向かって走っていく。
「人生初めての海なのですー!」
その後ろをポポロが追いかける。
「若い子は元気があっていいわねぇ」
仁美は砂辺のビーチチェアに座ってくつろぐ。傍には設置型の日傘があり、強烈な日差しから守ってくれていた。
「愛果は海辺に行かなくていいのか?」
仁美と同じくビーチチェアに座る龍斗。
仁美とは反対側の隣で、愛果も同様のチェアに座っていた。
「私は……龍斗君の傍にいたいかな」
頬をポッと赤くする愛果。
(なるほど、愛果ちゃんは龍斗のことが好きなのね。麻衣ちゃんは愛果ちゃんの応援係って感じかな? でも、麻衣ちゃんも密かに龍斗のことが……?)
目の端で龍斗と愛果を一瞥しながら、仁美は龍斗たちの関係性を考えていた。一ヶ月が過ぎて龍斗に対する片思いをどうにか吹っ切ったが、それとは別に若者の色恋沙汰には興味津々だ。
(私もいい男を見つけないとなぁ)
と、仁美が思ったその時。
「お姉さんお姉さん、俺たちと遊ばない?」
見事に日焼けしたチャラ男たちが寄ってきた。彼らは龍斗が傍にいるにもかかわらず、迷うことなく仁美をナンパする。
「そっちの子も可愛いけど……どう見ても未成年だからパス!」
これは愛果に対する発言だ。どうやら法令遵守の精神らしい。
「悪いけどナンパはお断りよ」
「そんなことを言わずに連絡先の交換だけでも! 是非!」
「別にいいけど、私の父親は薬丸組の組長よ。それでもかまわない?」
見え見えのハッタリだが、効果は絶大だ。
「や、薬丸組っていえば……ヤク○じゃねぇか」
「失礼しやしたー!」
チャラ男たちは逃げるように散っていった。
「へぇー仁美の父親ってヤク○なんだ」
平然とした様子で「知らなかったなぁ」と呟く龍斗。
その隣で「ひぃぃぃぃ」と顔を引きつらせる愛果。
「愛果ちゃん、安心して。冗談よ。さっきのは男除けの嘘だから」
「ホッ」
仁美が海のほうへ目を向ける。
麻衣とポポロがこちらへ向かってきていた。手に何やら持っている。
「みんなー、スイカ割りしようよー!」
麻衣がスイカを掲げる。
「夏の風物詩なのです!」
ポポロはスイカを割るための棒や目隠しを持っている。
「スイカ割りか、面白いな。こういうちょっとしたことで理論のクオリティを上げるような発見があるかもしれない」
龍斗がビーチチェアから立ち上がる。
「じゃあ最初は陣川が挑戦するかー」
「おうよ」
「頑張るのです、龍斗!」
「任せておけ」
ポポロから目隠しと棒を受け取ると、龍斗はその場で回転を始める。
「49……50! よし、陣川、始めるんだ!」
「おおぅ……って、やばいなこれ、バランスを保てん」
棒を振り上げながらフラフラする龍斗。
そんな彼に対して、女子たちが方向を指示する。
右、左、そっちじゃない、あっちじゃない、そこ、行き過ぎ……。
「ここか? ここでいいのか?」
いよいよ狙いが定まってきたので、龍斗が最終確認。
しかし、それに対する返事は、イエスとノーのどちらでもなかった。
「でたぁあああああああああ!」
「魔物だぁああああああああ!」
「逃げろおおおおおおおおお!」
周囲の悲鳴だ。
龍斗は慌てて目隠しを取って海を見る。
海からは二足歩行の大型トカゲ――リザードマンの大群が迫ってきていた。
その数は優に3000体を超えていた。
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